ただ伝えたくて。
◆ ◆ ◆
「――――――――・・・みちゃん?ねえ、聞いてる?・・・めぐみちゃんってば!?」
目の前には朝倉柚子ちゃんが私を心配そうに覗き込む。
少しだけ眉が下がっていて、とても可愛らしい。
「ん?・・・あっ、ごめんね。ちょっと考え事しちゃってたみたい」
遠くに行っていた意識が元に戻る。いけない。
「もー、今日はずっとそんな感じじゃない?大丈夫?」
「うん、平気だよ!ところで何の話してたっけ」
「やっぱり聞いてなかったじゃん!えっと、この間食べに行ったスイーツのお店が新しい商品が出たってSNSで紹介してたの!」
その表情はまるで子犬のようで、小さい手で私に携帯の画面を見せてくる。私の心にある暗い感情などまるで気が付いていないように、お構いなしに話しかけてくれる。
私としてはそれが凄くありがたくって。
「あ、本当だ」
画面には、お知らせの文章とピックアップ商品が並んでいる。つい先日まで秋一色だったメニューに、冬の商戦に向けたスイーツの紹介が載っていた。こういった情報が季節の移り変わりを感じる。まだ暑いのになあ。
「こないだの安納芋のスイーツも良かったけど、これからはチョコレート系のスイーツに力を入れているんだって!これから冬にかけて出てくるみたいなの!すっごい楽しみ!」
今度はウットリとした表情に変化した柚子ちゃん。誘って欲しいと顔に書いてあるようだ。相変わらず喜怒哀楽がコロコロと切り替わるところが何だか凄く面白くって、一緒に過ごしていて楽しい。
幼く見える外見の女の子は、どうやら私と一緒にスイーツを食べに行きたいらしい。
はっきりと言ってくれたらいいのにね。
「じゃあ、一緒に食べに行く?」
そう誘ってみると、食い気味に「いくー!」なんて返事をくれた。高くない身長を目一杯伸ばして喜んでいるところを見ると、何だか守ってあげたくなる。だけど当の本人は大人に見られたいようで、ボロが出ないよう大学では大人しくしているみたい。
「楽しみにしてるね」
「うん、待ち遠しいなー!」
帰りの電車、2人の貸切のような状況で会話が弾む。今日の午後の講義は休講で早めに帰ることになったから、利用者は夕方の時間帯と比べると少ない。
学校では大人しめの柚子ちゃんだけど、2人きりの時は饒舌だ。その後もエンジン全開で話が続いた。
「あ、じゃあ私はここまでだから!またTALKで連絡するね」
「うん、それじゃあまたねー」
見送ってから私も電車を降りる用意を進める。随分と話し込んでいたから気分は晴れやかだ。プシュっと音が鳴り、ドアが閉まる。
ドア越しに見える柚子ちゃんは大きく手を振っており、何だかおかしくてかわいくって。
残り短い電車の時間が、何だか寂しいような名残惜しいような感情に包まれつつ見送った。
携帯の通知にはさっそく柚子ちゃんからTALKでのメッセージが届いていた。
『ちゃんと最寄り駅で降りるんだよー?(* ´艸`)』だってさ。
キラキラしたメッセージを見ると自然と笑顔になる。・・・改めて柚子ちゃんと知り合いになれて良かった。地元が近くて長く一緒に居られるし。1人になると、押しつぶされるような気がして。
彼女のそのひたすらに明るい性格に私は救われている。
無事にホームに到着した。すっかり慣れた順路を進み、階段を下る。通路を進みエスカレーターに乗って。
あとは改札をくぐれば、見慣れた長閑な街並みが目の前に広がっていき、生まれ育った地元に帰ってきたことを感じさせる。といっても平日は毎日利用するから、大げさなことだけどね。
そこから家までは徒歩で家に向かう。
駅周辺の通りを歩くと耳に入る音はどれも聞き慣れた音で。
「はぁ・・・」
やっぱり、まだダメだ。
あの時からまったく時間が進んでいないような、そんな気がする。
色がついていないんだ。見慣れたこの景色が。
隣にはもういないのに。
思い出してしまうんだ。
過ぎ去った彼との思い出を。
・・・いつまで被害者ぶっているんだよって話なんだけどさ。
自分が裏切ったせいなのに、私が辛いなんて微塵でも思っちゃいけないのにね・・・
この自分の心の弱さが憎い。
自分が起こした行動・選択で誰に迷惑を掛けたのか。それを考えるといつまでもこういった感情で頭がいっぱいになってはダメだ。そう思う。
千鶴、瞳ちゃん、それ以外にも自分が所属するメンバーにも心配と迷惑を掛けた。
―――あの話し合いを経て、皆を一方的に避けてしまったことを自分なりに誠心誠意、謝罪した。
グループの皆は誰もが心配をしてくれたんだ。こんな私に対して。
手を取って抱きしめてくれたのが嬉しくて温かくって・・・
自分にとって、楽な方を選ぼうとする悪癖を恥じた。皆をこんな風に心配させるなんて、もう二度としまいと、心に誓った。
千鶴と瞳ちゃんとの話し合いの場で洗いざらいを話したこと、私はこの先も忘れることは無いと思う。
あの話し合いの場さえもお膳立てしてくれたのは千鶴と瞳ちゃんだったから、これはほんとに情けないことなんだけどね。やっぱり本来、私が切り出さないといけないことだった。
最終的に、所属しているメンバー皆には、深い理由までは話していない。彼氏と別れることになって、余裕が無くなり気が動転していたといったことをその場で伝えている。
私はそんな訳には筋が通らないって言ったんだけど、千鶴も瞳ちゃんも、それを止めてきた。その言葉に甘えさせてもらったのだ。
驚いたことに、瞳ちゃんも同じようにそう言ってくれたんだ。
正直、あの子は私とそれほど仲が良くなかったから意外だった。
話し合いの場では、私に向けた憤りを隠そうとはしていなかったし、ただ不快な思いにさせてしまったことが申し訳なかったんだけど・・・
彼女が私に言ったのはこうだ。
『私ね?ハッキリ言うとあの時のことは部分的に覚えているの。
今でもあなたの行動が、なぜ?としか思えないし、軽蔑する気持ちもある。だから正直、この場で少しでも隠そうとしたら帰ろうと思ってた。
・・・だけどめぐみちゃんは、ゆっくりだったけど包み隠さずに自分の言葉で話してくれたから。だから、それで良いんだと思う』
最初、それを聞いていまいち理解が出来なかった。単に言葉通りの意味を受け止めていたけど、ゆっくりと後から考えて『それで良いんだ』の本質的な意味を考えることになった。
私が打ち明けるという行為を避けて、皆のことも避けて・・・もしくは嘘をついて誤魔化して、なんてことを続けていればもっと悪い状況になっていたのかもしれない。
瞳ちゃんの言葉は、何故かズシンと重みがあって、その重みに気が付いた時は鳥肌が立つような感覚になった。
なんとか、こうして学校に通って友達と過ごして・・・という状況は、本当に恵まれているんだと思う。薄氷の上を渡るような状況だったことは明白だったから。
だけどなんとか失わずに済んだモノ。
これからの私次第、ということは何も変わらないのだけれど、心配事が少し減った。友人たちとの関わりは、本当に大事にしていきたい。
ありがたみを噛みしめながら、尚もあの時に失ったモノに尚も思い馳せる。
・・・もうそれは終わってしまったと理解しているんだけど。
何度もこの駅で待ち合わせたこと。
毎日毎日考えていなくても頭を占める。
高校からずっと続いていたことだから。彼が大学に進学して一人暮らしを始めてからも、何度も。
私がこんな気持ちになる資格すらないというのに・・・
まだ貴方には伝えられていないから。
ごめんなさいをただ伝えたくて。