週末のこととか。
バイトがあるからということで、茜ちゃんが先に帰った後も、何だかんだ涼介とダラダラ一緒に話していた。
やっぱり2人だと余計な気を遣わなくて済む。
入学式以来の腐れ縁となりつつあるコイツ。いつもの、ほぼ貸切となっている喫煙スペースで駄弁ってから帰るのが日課であった。
そうそう、この貸切状態の喫煙スペースだけど、教室や教員の研究室、職員が働いているエリアからは遠いという、利用者にとって非常に悪い立地から積極的に利用する喫煙者は少ない。それでも俺たちがこの場所を利用しているのは、とても静かで景観がいいからという事に他ならない。
立地の良い混雑する喫煙スペースでは、多種多様なタバコの煙を吸い込むことになるから、正直近づきたくないってのがあった。雑音も多いし、とにかく一服って感じがしなかったからさ。
それでも、何とか比較的空いている時間を探しつつ利用していたが、ある時、仲のいい先輩からこの場所を聞き、それから利用している。
独占するつもりはないのだけれど、今では俺たち以外に利用している人は少なく、何とも心地いい時間が過ごせているのだ。
次から次へとイベントが転がってくる大学生活において、こう定期的に息抜きが出来る時間は、お互いのリフレッシュになっていた。
ちなみに、涼介が提案した甘いものはまた今度ということになったようだ。
シュンとなっている涼介は無視した。茜ちゃんがバイトなんだから仕方ないだろうに。
「そうだ、慶次。この間の飲み会メンバーで今週遊ぶだろ?
あの子達は多分、あの時の状況を正しく理解しているだろうから、純粋に楽しめるかもな」
そういえば。
すっかり茜ちゃんの話でぶっ飛んでしまっていた。そんなイベントがあったか。
例の飲み会のメンバー。具体的な内容は聞いておらずとも、とにかく予定は入れないように言われていた。
「もしかしたらお前のこと、気にかけてるのかも知れないな。いや、案外俺のことが気になって場合もあるか・・・すまんな、慶次」
なんて、哀れにもボケてしまっている。
どこにそんな根拠があるのか問いただしたい。俺もお前も、酔いが回って寝ていたんだから可能性なんてものはないだろうに。
元カノである桐生きりゅうめぐみが連れてきた2人だ。陰山瞳さんと山川千鶴さん。
理由はよくわからないけど、あの一件のすぐ後に俺たちと遊ぼうなんて、物好きなのか何なのか。そして涼介のお膳立てがあるが、どうなることやら。
「んー、まあ向こうが気まずくなければ何でもいいよ」
「まあそこは大丈夫だ。俺が責任持つって。
そう言えば何だっけ、あー、誰もが羨むくらいの恋愛だっけ。早速チャンスじゃねえか」
変な顔をしてこちらを見てくる。なんだ、俺のモノマネでもしているのか?
「・・・何?喧嘩売ってるの?」
軽く拳を固めて涼介を見つめる。
「ちょっ!ごめん!・・・痛い痛い!」
慌ててのけぞる涼介の背中辺りを軽く叩く。昔からなんか顔がムカつくんだよな。
「ま、まあそのことは俺に任せといてくれよ。ひとまず18時に向こうと合流するからそのつもりで。
・・・大丈夫。お前にとって悪くない話だと思うよ」
「ん、わかったよ」
どこか真剣味を感じさせる表情で言われると了承する他なくなる。
オンとオフの切り替えというか、この辺のバランス感覚に秀でているコイツのこういった部分は信用しているんだ。
そんなこんなで話を続けてから、帰路に着く。
他にも色々と話していたがいずれも大した話ではなかった。が、それはそれとして心地いい時間が流れると心は潤うものだ。
今日のこと、明日のこと、昨日のこと、バイトのことだって何でもいい。話にオチも要らない。肩肘張らずに駄弁れる仲間がいて良かったとつくづく感じる。
何だかんだで今日も朝から色々あったな。
大きく変わったことと言えば茜ちゃんとの関係性だろうな。慕っていた誠一とは決別し、俺たちとの距離を詰めることを選んだ。
これまで俺と涼介だけの時は滅多に近くに来ようとしなかったから、正直驚きが強い。まあ、彼女は誠一の隣というポジションを確保していたことから、その流れで俺たちとも話す機会自体は多くあったが。
昔から茜ちゃんは、誠一へと向ける特別な気持ちは隠しておらず、その好意的な仕草や行動、そのどれもがやはり真っ直ぐに誠一へと向いていた。
だからこそ俺と涼介としてはそういうものだと理解し、彼女の想いが成就するように祈っていたのであった。
ただ肝心の誠一はというと、そんな茜ちゃんを見ておらず、1人の女性としてと言うよりは、仲の良い妹と接するような間柄に感じていたのだろうね。
何にせよその茜ちゃんが誠一を見限るとは・・・。
・・・にしても一体どんな話をしたんだよアイツは!?
自分にとって都合が悪い話なら、好意を向けてくる後輩にわざわざ告げる必要なんてないだろ。いっそひた隠しにでもすれば良かったんだ。
そう俺が思うことは可笑しいのだが、現に俺も涼介も誠一のしでかしたことを大っぴらにしていない。だったら尚更隠し通せばいいはず。
仮に噂が広がるなんてことになっても、勝手に言ってろとか適当な言葉で片付ければ少しでも自分を守ることが出来たんじゃないのか?
それとも、敢えて茜ちゃんに直接伝えたという事は、“コイツは何を言っても一緒に居る”なんて自惚れていたのか?
もしそうだとしたら、ただのクズじゃないか。
吐き出す相手を完全に間違えている。
真っ直ぐに誠一を見ていた茜ちゃんからの好意を気付かない、なんてことはなかったはずだ。それなのに自ら犯した行為を、都合の良い相談相手として吐き出すのか?目的は?共感を得たかった?
俺は今まで、誠一に対して怒りや憎しみは沸いてこなかった。もはや個人的には過ぎ去ったこと。今後関係修復もないだろうし、望んでもいない。
今後、アイツが謝罪に来る可能性もあるかもしれないが、どうだっていいことだ。今更それを受け入れる、入れないなんて悩む時間すら無駄だと思っている。仲が良かった頃のアイツはあの時に死んだ。今の彼は別人であり、これからの人生において関わることはもうないのだろう。
だからこそ、何も感情が沸いてこなかったんだ。
・・・が、茜ちゃんへの扱い聞くと、さすがに何とも言えない感情になる。
ただ、彼との決別を選んだ茜ちゃんの意思をただ尊敬を。一番辛いのは彼女だろうから。きっとこれからはもっと良い関係性を築いていけるだろうし、多くのことを共有していきたい。
・・・こちら側の状況としてはこんな感じだけど、もしかすると、めぐみの方でも同じように大きく人間関係が変動していたりするのかな。
さっき涼介が言っていた。
『あの子達は多分、あの時の状況を正しく理解しているだろうから、純粋に楽しめるかも』
ということは、きっとあの時にどちらかが起きて状況を知っていたんだろうね。
もし自分が彼氏と違う男と不貞を働いていたなんて学内で噂として拡がっているならば、めぐみ自身辛い状況になっているんだろうな。
本人はスクールカーストを気にしがちなところがあるから、病んだりしないだろうか。
まあ、本人の身から出た錆だ。きっと上手く対応していることだろう。今更俺が気にする必要もないかな。
あの時の2人というと、お酒が入っていたけどよく覚えている。どちらも人見知りしない性格で、その場では話も弾んでいたと記憶している。
周囲への気配りがよくできるが、どこか少し抜けている印象の瞳さんと、その姿を見てニマニマしている千鶴さん。こちらは同い年なのに纏っている雰囲気は年上のようで、お姉さんのような印象。
どちらも美人で話しやすさも感じた。気になるとすれば、その2人がやはり今改めて俺たちと接点を作る要因である。情報収集がしたいなら涼介と意見を交わすだけでいいんじゃないか?とは正直思う。
こんなことは考えても全くわからないな。
・・・今回のことは涼介に任せて俺はそれに従うだけでいいか。
少し違和感があるけど楽しむことにしよう。いつまでも答えの出ないことに悩むのは時間の無駄かもしれないし。
さ、バイトに向かうことにしよう。
先週は飲み会だったので、水曜日に入るのは久々だった。そしてお店に着けば相変わらずのヒカリさんと美鈴。
更なる飲み会の計画をしているとのこと。これから定期開催されそうな予感までする。
・・・まあ、それも悪くないか。