誰もが羨むくらいの
「でだ、慶次。まだ何か他に言ってないコト、それか言いたいコトはあるか?」
「・・・いや、もう何も無いよ。今回ばかりは自業自得だと思っているからね」
「そうかよ」
そう言って本日何度目か分からない盛大なため息が、親友である真田涼介の口から吐き出される。
そうだよ、またもや記憶が曖昧になるくらいまで飲んでしまったこと、そして言われるがままにバイト先のマスターの家に泊まり、大変にお世話になってしまったこと。一緒にフリーをお祝いしてくれたヒカリさんや美鈴のことなど、文字通り全てを吐き出した結果、烈火の如く涼介に怒られた。
何となく昨日、目が覚めた時に涼介から怒られそうだなと、そんな予感はしていたさ。それが見事に的中して、そのまま事情聴取に至り、大目玉を食らった訳。まあ、猛省しないといけないことだし、怒ってくれていることに感謝しないといけない。
それにしてもこの怒りようは凄まじく、正直ここまでとは予測できなかった。いやはや、何の反論も出てこない。
本来ならば昨日の時点でコイツに言っても良かったんだが、昨日の涼介の雰囲気がいつになく真剣であり、どこか焦りのような感情を表に出していたことから、何となく話をすることが憚られるようだったんだ。おまけに彼は学校終わり直ぐに帰って行ってしまったから、こんな話をすることが出来なかったって訳。
それにしても、涼介の隣に座る大原茜。一体何故君がここにいるんだ?
というか俺が怒られているのを全て見ていて、何なら涼介と一緒に非難してくるんだ。これまで踏み込んだことはあまり俺や涼介には言ってこなかったから少し不自然だ。そもそもこの子は誠一のことを好いていると思っていたから。
「な、なあ涼介。一つ聞いていいか?」
怒られたばかりなので、少しだけ緊張しながら問いかける。
「ん?どしたよ」
「茜ちゃんはなんで俺らと一緒に居るの?」
「あー・・・どうする?俺から説明しようか?」
そう言って隣に座る茜ちゃんに問いかける涼介。ふむ、距離感が近い気がする。
「いや、それは私の方からさせてください」
決意の籠った顔つきに変わり、背筋を伸ばしてこちらを向く。逆に隣の涼介は少し心配そうに茜ちゃんを見ている。
「慶次先輩。私、合コンの時の話を聞きました。それは、誠一先輩から直接。それと、昨日は涼介先輩から同じようにその時の話を聞いています」
「・・・そっか」
誠一がどんな話をしたのか気になる。が、きっと禄でもないような話だったんだろう。俺に対して色々と良くしてくれたアイツはもう居ない。元カノであるめぐみと一緒にあの時に亡くなったんだ。
だからこそ今の誠一やめぐみが、あの時のことを思い返してどう思っているかなんて些かの興味も沸かなかったが、誠一を慕っている茜ちゃんにその時のことを語ったというのならば、少し興味がある。
そして茜ちゃんがそれを聞いて尚ここに居る要因も気になる。
「まずは私、誠一先輩とは今後金輪際関わることはありません。そう決めています」
「へえ。別に俺としてはアイツとつるんでいようが何とも思わないよ」
これは本音。アイツの交友関係を潰すなんて、考えたことも無いとは言い切れないけど、結局はするつもりは毛頭ない。ただの他人であると。それだけだ。
「そして今日、私は慶次先輩に謝るためにこの場にいます。少し長い話になるかもしれませんが、どうか聞いて頂きたく思います」
「・・・うん、わかったよ」
「ありがとうございます。
既にお気づきかもしれませんが私は誠一先輩に憧れの感情を持っていたんです。
過去に私のバイト先で、社員の方からしつこく言い寄られていた時期があって、それを相談していた誠一先輩に積極的に動いてもらって、助けて頂きました。それ以来、ずっと想い続けていたんです。
明るく優しくて、少し強引なところがありましたけど、慶次先輩と涼介先輩と対等に楽しそうに接している誠一先輩がキラキラと輝いて見えてたんです」
そうだったな。アイツは少し奥手な自分や他の人達を楽しいことに巻き込むのが上手だった。だから人から好かれていただろう。
「ですが、自分の好みの女性に対して、節操が無くなること。そのことがずっと引っかかっていました。要は女癖が悪く、浮気性でもあった。最も近くに居ながら、私はあの人の本質的な悪癖を、ずっと分かっていたのに皆さんに伝える事が出来なかったんです」
「いやいや、それは考えすぎだよ。人は自分の弱さをさらけ出すことを極端に恐れるだろうし。人にそういった一面を知られれば、自分から離れていくってことを理解していたんだろう。それに、俺たちもそういった一面を気づくことが出来なかったってことだけだよ」
「それでも、前の失恋の話もあります。慶次先輩が合コンを開催しようとされた要因ですね。事実、誠一先輩が当時の彼女に振られた原因はまさしく手癖の悪さです。誠一先輩の浮気が発覚して、こっぴどく振られたんですよ」
「・・・」
今思い返せば明らかに不自然な振られ方だっただろうか。長く片想いをし、ようやく結ばれたと聞いたが、あまりに短期間のうちに破局をしていた。そうしてこっぴどく振られ落ち込んでいた誠一を励まそうと俺は・・・
「そんな事実を、私は皆さんにお話することもできず、ただ目をそらすだけで・・・そうですね。自分のことだけを考えてました。私なら上手く先輩を御せる。そう思いあがっていたんですよ。
だから・・・。だから慶次先輩。本当に申し訳ありませんでした。私の愚かな片想いのせいで、慶次先輩の恋愛を潰してしまったんです。私がそういった一面を持つ誠一先輩のことを慶次先輩たちに告げることが出来ていれば、誰も傷付くことはなかったんだと思います。私のせいです。本当に、本当にすいませんでした」
ここで涼介が横から入ってくる。
「慶次、勝手に茜ちゃんにこのことを話してしまって申し訳なく思っている。だけど、俺らともこれまで仲良くしてきた茜ちゃんに対して筋は通さないといけないと思ったんだ。本当にすまん。
そして、もし出来るんなら茜ちゃんを許してあげてくれないか?ずっと憧れていたんだよ誠一のことを。それなのに自分の恋心が、ただ虚しくて惨めな気持ちになって消え失せていくって感情は、どう考えても辛いと思ってな・・・
それに、俺だってアイツの本性を気付くことが出来なかった。ああ、後悔ばかりだ。親友のことを傷付けたアイツのことが腸が煮えくり返るほど憎い。
だけど、辛いことを言うけど、アイツの本性に気が付けなかった俺も、慶次も・・・さ。きっと落ち度があるんだと思う。
茜ちゃんは全部と向き合って、その結果、憧れていた誠一を切り捨てて、俺たちと一緒に過ごしたいと言ってくれたんだ。な、どうかな慶次?」
2人が同じような態勢で頭を下げ続ける。
「・・・」
おいおい、なんか俺が悪者みたいになってないか。
「なあ、頭を上げてくれよ。2人とも」
別に俺は誰かを非難したりする必要性も感じないし、そもそも自分が辛いなんて思ってもないんだよ。
「俺はさ、あの日大切だと思っていた人を一夜にして2人失った。これは事実だしもう元には戻ってこないことだよな。
だけど今、2人を失った出来事以上に心の中が今は温かいんだ。活力が向上している。毎日ワクワクするし、強い希望を持って生きてるよ。
だって、あの出来事を経て改めて気が付いたんだ。自分のこと以上に、こんな俺を気にかけてくれる存在が多くいた事実に」
考えてもなかったけど、言葉はスラスラと出てくる。
「涼介。普段はおちゃらけてばっかりだけど、底抜けに明るいお前の存在があるから、俺は自分を保てているよ。
見えないところでもきっと俺のために戦ってくれてるんだよな、本当にありがとう。大丈夫だよ、俺は今幸せだ」
「茜ちゃんも、きっと今日ここに来ることは簡単なことじゃなかったと思う。それでも多くの選択から、自らの意思でここに辿り着いたことを素直に尊敬する。誠一のこと、1人で抱え込む必要はないよ。そして、良ければ俺たちとも仲良くしていこう」
ちょっとキザだったか。でもまあ本音だ。なんか最近こういう展開が多いな。きっと今まで感謝の気持ちを表すことが滅多に無かったからツケが回ってきたんだろう。
「お前、顔真っ赤じゃねえかよ」
涼介からそう突っ込まれる。うるさい、自覚しているさ。
「うるせえ。そういうてめえは涙拭けよ」
隣に茜ちゃんがいるにも関わらずお人好しな俺の親友は、見かけによらず涙脆い。
そんなところが茜ちゃんにも伝染したのか、目の前の2人はハンカチが手放せないような状態になっている。
「うっせえ。早くさ、次の恋愛でも見つけろよ」
「人のこと言えねえ癖に偉そうなんだよてめえは。まあ、いつかな。いつか誰もが羨むくらい、誠実な恋愛をしてやるさ」
プッと吹き出す涼介。
「そうだな、誠実さが大事だよ何事も。それにお前に取っては最優先な要素だ」
「私も!慶次先輩の恋愛を応援してます!そして、私だって誠一先輩よりももっといい人見つけて見せます!」
「ああ、ここにいる全員の課題だね」
少し変な感じにまとまってしまったが、きっとこれが正解なんだろうな。憑き物が落ちたように笑う目の前の2人、もしくは俺含めて3人か。こんな風に笑えるのはいい。
「なあ、なんか甘いものでも食べに行かね?考え事が続いたから疲れたわ」
「涼介先輩って本当に甘いものが好きですよね」
雨降って地固まる
昔の人の表現が上手い。
能天気な会話を耳にしながら思う。