歴史は繰り返すといいます。
「知らない天井・・・だ」
覚えのない部屋で、薄暗い部屋の中でこれまで多くのライトノベルで使われてきたであろう言葉を敢えて口にする。
高校の文化祭での劇、それもやる気のない生徒がするような棒読みで、途中から口に出した自分が恥ずかしくなった。もちろん、自分に対するツッコミなんてものはただ虚しいだけで。
目が覚めてからというものお腹の中をグルグルかき回されているような不快な感覚が続いていて、ぼんやりと前を見つめるだけ。
うっすらと見える壁には、謎のキャラクターが描かれたポスターが貼られており、焦燥感が襲ってきた。
「あれ・・・もしかしてまた・・・」
そう、お酒に酔って最後までの記憶が完全ではないのだ。おまけのように二日酔いが今現在自分を襲っていた。短期間において二度目となる出来事に現実逃避したくなるような事実に自分でも驚きを隠せない。
「うわ・・・マジかー」
全くもって自分は学習しない。
それにしても、ご丁寧に枕元に貴重品などが入った自分のカバンが置かれており、纏う服も特に崩れた様子はない。お酒のペース配分は学習しないくせに、変なところでしっかりとしていたということだろうか?自分のことながら、ほとほと呆れてしまう。
肝心の記憶は所々靄がかかっており、この部屋に辿り着いた正確な情報がハッキリとしない。しかしながら優し気な香りに包まれているこの部屋で過ごしていたからなのか、どこか不思議と悪い心地はしなかった。
うーん、今日の学校はどうだったっけ。
火曜日である今日は少し気を抜いても大丈夫だっけか。確か朝イチの授業はないはずで・・・
―――いやだめだ。気が緩んでしまっている。
昨日はバイト先である居酒屋『陽だまり』のメンバーと飲みに行った。僕が長年の彼女と別れてフリーになったことへのお祝いだった。
・・・いや、それがお祝いと呼ぶのが適しているのか、今も甚だ疑問であるのだが。
まあそれはそれとして、まず間違いない失敗はビールすら碌に頼めない、そんなお酒初心者の自分に完璧に合うお酒と出会ってしまった。
その感動にお酒を運ぶペースが最後まで全く落ちなかったことが、今回の要因として最も大きいだろう。
・・・おいおい、本当になにやってんだって感じだよな。
弱いことを自覚しているくせにお酒のペース配分も考えられずにまたやってしまったのか。
ただ100%失敗と言えることなのかと考えると、正直そんなお酒との出会いに感謝したいという気持ちにもなってしまう。
自分のそういった一面を理解した僕はきっと救えないのだろうね。
つい最近の大失敗を思い出せばどうか。
主催した合コンでカラオケルームで寝落ちしてしまい、目が覚めると彼女と親友の浮気現場の真っ只中だったなんて強烈なインパクトだったろう?
今もハッキリと光景が鮮明に浮かぶことにげんなりする。
まあ、あのことは僕だけのせいではないはずだけど。
二日酔いで体調が悪い上に、不快な記憶を思い出して気が滅入る。鈍い痛みを発している頭を振って乱暴にあの時のシーンを打ち消した。
「いや本当に、どこかな此処・・・」
学校で涼介に会って話したら、こんな僕を笑ってくれるかな。
いや、あいつのことだからぶちギレるかもしれない。
自分のことよりも僕を大切にしてくれる傾向があるから、変にヘラヘラしたりすると激怒してきそうだ。
ああ、本当に自分にうんざりする。本当に反省しないといけないな。
とにかくだ。
反省も後できっちり行うとして、今どうするか考えないと。
日が昇ってくるような時間帯なのか、ぼんやりと薄暗い周囲を見渡す。壁に貼られたポスターにもう一度目を向けると、どこか見覚えがあるような、ないような。
シーンとした空間だが、耳を澄ましてみると扉越しの部屋から僅かに賑やかそうな音楽がこちらまで聞こえてくる。
誰だろう・・・?
部屋に香る良い匂いに包まれながら、まずはゆっくりと記憶を辿っていくことにする。
◆ ◆ ◆
『まだまだ夜は長い!』
1件目の隠れ家的居酒屋を出たあと、そう息巻いたのは、お酒を飲んで何時もより陽気で強引なヒカリさん。
「次は私のお気に入りのバーに行こう!」
なんて調子で僕と美鈴を導いていった。
この間の失敗から学んで、飲み過ぎではないかと感じたので、心の底ではお開きを望んだ僕。
だけど、普段は見せないような、幼くクシャッと笑うヒカリさんの姿に言葉を飲み込んだ。
ビジュアルが爆発してるんだって・・・
いつもはクールで目つきもキリっとしている人が、破顔一笑させるととんでもない威力になるね。
「そこの店主と私、仲良いんだー!」
「さっすがヒカリさんですね!」
「そうでしょー?たまには年長者のことを尊敬するといいよ!」
「おー!どこまでも付いていきます!」パチパチと拍手する美鈴。
ただ、尊い。
思わず見惚れてしまった僕のことは置き去りに、嬉しそうに楽しそうに美鈴と話している。普段よりも前屈みになっているヒカリさんの姿を見て、断ることなど不可能だった。
日本人の性だというか、その例に漏れず押しに弱い意志薄弱な僕だけど、最終的には後悔なんてなかった。
―――この場合は推しに弱い・・・というのか。
ともかく!
僕の心臓はうるさく鳴り響いていたんだ。
つい恥ずかしくなって、ヒカリさんから外した視線の先には美鈴。いつも小生意気で遠慮がなく、無軌道なキャラクターに助けを求めた。
ノリノリでヒカリさんの号令に従う彼女を見て、いつものようにツッコミを入れようとしたその一瞬、ヒカリさんに抱いた思いと同じような感覚に陥り、時が一瞬止まる。
「なになに、慶次くん?」
コテんと首を斜めにかしげるその表情は、何というかズルい。
ヒカリさんと同じようにお酒が入り、頬は赤く。そしていつもよりも物理的な距離も近い。
そういえば、今日のコイツは他所行きのスタイルだった。
いつものバイト時にはまとめられている長く艶やかな髪を今日はストレートに下ろしてあり、前髪も綺麗にセットされていて・・・
もちろんいい意味で随分と印象が違った。
子生意気な女の子としか見ていなかったが、しっとりとした雰囲気を纏い、大人の魅力に溢れている。
特徴的なクリっとした瞳は、今この場に置いて自分だけのものではないかと錯覚しそうになるほど輝いて見えた。
身近に居る2人がとんでもなく魅力的に映り、しばらく思考がショートしてしまった。
まあそんなわけで、目の前の2人に対しまるで思春期の学生のようにタジタジになっていた僕は、2軒目へと移り行く流れに逆らうことができずに、帰る選択肢を自然と外していた。
さて、2件目のバーは店内はそれほど広くなく、全体的に色の数は少ない。黒を基調とした内装、店の奥にある少し広めのソファ席に誘導された。
バーのマスターは女性で、男装の令嬢然とした美しい人だった。キビキビとした動作でお酒を作り上げていく様は目が離せないほど。
これは同姓のファンが多そうだ・・・など、この時は余計なことを考える余裕があったような。
ちなみにヒカリさんとマスターはすごく近しい関係だったようだ。
このお店のマスターの方が年上のようだけど、同じように女性で、それも若い年齢でお店を切り盛りしている同士、気が合うんだそうな。
それぞれの手元にお酒が届いたタイミングで、このお祝いと名された飲み会が再びスタートする。
「改めまして、慶次くんのフリーをお祝いして・・・乾杯!」
「乾杯!」
フリーになるのがめでたいものか。
やはり納得しかねる音頭だけど、生粋の日本人たる僕は、そのことについては触れなかったんだ。
乾杯の後、経過する時間の流れとともにグラスが一杯、また一杯と空く。
何とかペースを抑えながら、とは思っていたはずが2人と会話するのがとても楽しくって、ついついグラスに手が伸びる。
多くの話題を共有したと思うが、いくら時間があれど皆の話題は尽きない。
実は1件目では全然話題に上がらなかった元カノとの話が、このタイミングで2人から質問があったり。
未練は今あるのかとかどうとか。
酔っているからなのか、感情の起伏がいつもよりも顕著で、僕の心を心配するような気遣いがとても嬉しかったんだ。普段の無遠慮で距離感が近い美鈴のイメージからかけ離れており、同世代だというのにお姉さん気質に富んでいた。
それとは逆に、いつもは控え目なヒカリさんもグイグイと来る。酔っ払うと性格が2人して逆転するのか?
終始ペースを乱されてしまっていたように思う。ご馳走さまと言えば良いのか!?僕の心はやはりパンクしていたに違いない。
順番に記憶を辿っていくと、率先してお酒のペースを上げたりしなかったであろうことがわかった。
結局、思い出すことが出来なかったのは精算も終わって帰るころ。
ポカポカと身体が熱を発しており眠気も出てきた。
美鈴の方が僕よりも先に限界がきたようで、バーの席で寝てしまったところを見て、お開きの流れとなったのである。
・・・と、精算を終えたのはいいんだけど、それではなぜこの部屋で寝ている?とまだ繋がっていない。
確か美鈴がフラフラしていたから、ヒカリさんの家に運ぶ流れになり、僕はフェードアウトするつもりが・・・
と、単純に考えると、ここはヒカリさんの自宅という感じかな。
そこまで家が離れすぎていたこともないから、自力で帰ると言っていたはずなんだけど・・・
数時間前の僕よ、押しきられるとは情けない。
歴史は繰り返すと言いますが、不名誉な歴史は繰り返さなくて結構です。