【短編】鉄道にまつわるエトセトラ 〜親友の京浜東北線と一緒にいると彼女の中央線がうるさいんです〜
擬人化第二弾。
都心部に住んでいると何気ない路線の形状も一歩退けばボーイミーツガールに見えるのです。
……私には見えました。
大都市・東京。
その日本の首都をナワバリに都心部で環状運転で都民たちの生活を支えることが我が使命。世界トップクラスのターミナル駅を複数抱え、一部を除くその殆どから都心の外へ伸び、私鉄各社や地下鉄と接続が可能。
我が名は山手線。
東京の都心部にあって最重要の公共交通機関だ。その性質、形状から首都圏どころか全国的に高い知名度を誇る東日本旅客鉄道の顔である。
「次は品川……か」
品川駅は山手線南部のターミナル駅である。
内回りの俺は大崎駅を出発して呟いた。アイツとの再会にバツの悪さを感じたのだ。
「また田端駅まで京浜東北線と一緒に走らないといけないのか」
京浜東北線。
俺の相棒の名前だ。
同じく東日本旅客鉄道に属する同僚ではあるがハッキリ言って周囲の評判は良くない。緑を至上とする俺の横を走るアイツは最高の相棒であると同時に青のストーカー。
常に俺と何方か早く目的駅に到着するかを議論される存在。
内回りの場合は品川駅で再開すると田端駅まで俺の横をチョコマカと付き纏う存在だ。
……と言うのが周りからの評価。
肝心の俺にとっては真逆の存在である。
「山ちゃん、今日も元気そうじゃないか」
「浜ちゃんは早起きなのに今日も元気だね」
山ちゃん浜ちゃんと呼び合う親友同士、会うなり軽口で挨拶を交わす。
「山ちゃん、急にしかめっ面になってどうしたのさ」
「最近思うんだよ。いくら親友だからってベタベタし過ぎじゃないかって」
「僕のことが嫌いになったの?」
京浜東北線は寂しそうな表情を浮かべて、俺に問いかける。
不安そうに、
「嫌いなら嫌いって言って欲しいんだ。僕は僕が大好きな山ちゃんに嫌われたくないんだけなんだ」
と本音を覗かせる顔は俺の心を抉ってくる。
「そうじゃない、ただ……」
「ただ?」
「央ちゃんが俺たちの悪い噂を流すんだ。しょっちゅう山手線が京浜東北線の家から朝帰りするんだって。池袋車両基地じゃなくて、おおみや車両基地から出ていくのを見たってアリもしないことを言いふらすんだ」
中央線の央ちゃん。
新宿駅から東京駅まで山手線を横断する彼女は俺に好意を寄せてくれる。央ちゃんは三駅しか山手線と交わらない、対して浜ちゃんは十六駅。
山手線と京浜東北線と言う肉を中央線で串刺しにしたバーベキュー型の線路形状なのだ。
これは央ちゃんの単純な嫉妬。
彼女は中央快速線と呼ばれる最高速度100キロ、八王子−高尾駅間は130キロを計測する猪突猛進型のパワーガール。列車線兼貨物線として開業した彼女は俺よりも強い使命感を抱いて生を受けた。
パンタグラフと言うアホ毛が似合う美少女だ。
「央ちゃん、僕より十五歳も歳上だから怒られると逆らえないんだよなあ。この前も神田駅で人身事故を起こしちゃってすっごく怒られた」
「俺の方が央ちゃんより五つ上だよ?」
「うーん、山ちゃんは軌道が丸いからか凄く接しやすいんだよ」
環状線と呼ばれるものの俺はまったく感情とは無縁のタイプだ。住みやすい街を土台にした路線だから怒りの感情など感じたこともない。
それに引き換え中央線は速度は早いは快速だから通過駅は有るはでストレスが溜まりやすい。中央本線と言う括りで考えれば央ちゃんのストレスは当然だ。
そこは彼氏の俺がシッカリとフォローしないといけない。
因みに東日本旅客鉄道の乗客員ランキングは一位、二位が山手線と京浜東北線で三位は中央線だ。
「昔、浜ちゃんが電化柱の倒壊を教えてくれたことがあったよね。あれから俺たちは親友になったんだったっけ」
「もうアレから7年かあ」
2015年、京浜東北線の神田−秋葉原駅間で山手線の内回りと外回りの線路間に建植されていた電化柱が倒壊し線路を支障したことがあった。激しい運休で四十万人に影響が出た事件だ。
「浜ちゃんの運転士が俺を止めてくれて重大事故には至ら無かったんだよね」
「恥ずかしいなあ。でも、あの時はあれで良かったんだと思う」
瞼を閉じて、その時の光景が昨日のことの様に思い出される。
本当に酷い事故で鉄道ネットワークの崩壊を引き起こして9時間以上の不通となった。
俺は本当に友達に恵まれていると思った出来事だ。
すると、ふと思い当たることもある。
「そっか、央ちゃんは浜ちゃんみたいに事故を教えてくれる様な友達がいないんだ」
「中央線は遅延して当たり前みたいに見られてるからね。きっと抱えるストレスは僕たちには到底及ばないのかもね」
首都圏で生活する人間にとって中央線の事故は想定の範囲内。昔から踏切事故が多発して、その度に彼女は枕を涙で濡らしていた。
都心部からベッドタウンを走る、関東圏に住む人の生活に欠かせない沿線、それが中央線だ。複雑な複線との連絡や過密ダイヤから「開かずの踏切」が多数存在する央ちゃんはオリンピック開催に向けて解消しようと大手術が検討されていた。
人口の多さと利便性のキープしつつ危険の排除が難しい央ちゃん、彼女の当時のストレスは今更だった。
「山ちゃん」
「浜ちゃんどうしたの?」
「もしかして央ちゃんの怒りが噴火したのって高輪ゲートウェイ駅も理由だったりする?」
高輪ゲートウェイ駅。
山手線としては西日暮里駅以来の新駅で東京オリンピックと共に新設が計画された駅だった。
あの時は俺も浜ちゃんは心を踊らせていた。ストレスを抱える央ちゃんを気にも留めずに騒いていた記憶が掘り起こされた。
今更になって彼女の苛立ちの原因を知ってしまう。
「……もしかして俺、やらかした?」
「かもね。僕も気づかなかったよ」
「央ちゃんって中央本線繋がりで愛知、岐阜、長野、山梨、東京、神奈川の六県を跨ぐからストレス抱え込みやすいタイプなんだよなあ」
「僕も埼玉、東京、神奈川の三県跨いでるんだから早く気付けば良かった。二人して新駅新設にはしゃいだのが悪かったのかな?」
そうな風に俺たちは二人のやらかしを反省する。既に件の高輪ゲートウェイ駅は通過して神田駅を出発して東京駅に差し掛かった時だった。
俺の視界が一つの列車を捉えた。
いつも通り、その性格そのままに真っ直ぐな線路を走る彼女の姿が美しい。
俺も浜ちゃんも二人で彼女に見惚れてしまう。
「央ちゃんって乗客数ランキングで僕に負けたのも気に入らないみたいなんだよね」
「そこは……俺もフォローか難しいかも」
「央ちゃん、また留年したらしいから山ちゃんがフォローしてあげてよ」
路線には鉄道記号が存在する。
山手線の俺はJY、中央線の央ちゃんはJC。つまり彼女は万年女子中学生、央ちゃんより年下の京浜東北線の浜ちゃんは実はボクっ娘の鉄道記号JK。
十五歳差ながら浜ちゃんは飛び級で央ちゃんより上の女子校に通う秀才だ。
「それは俺にも無理だよ」
そう呟く俺はいつもと違う央ちゃんの姿に改めて見惚れていた。
同様に浜ちゃんも央ちゃんの変化に気付いたらしく、
「今日はあずさ号かあ。央ちゃんは本当にオシャレさんだよね」
と言葉を漏らす。
好きな女性をよく言われると気分がいい。
央ちゃんは特別特急も兼任するスーパー女子中学生なのだ。青くお化粧を施した彼女はいつも以上に美しく、最高速度130キロで突っ走る姿は、やはり美しかった。
「山ちゃん、神田駅の次は東京駅だよ?」
「うん。覚悟しとくよ」
「そうじゃなくてさ」
「何?」
「彼氏なんだし偶には褒めてあげなよ」
言われてみれば、その通りだった。
俺は浜ちゃんに促されて生まれて初めて央ちゃんをどうやって褒めるかを頭を抱えながら駅に向かって走った。
呆れる浜ちゃんのため息を近くで感じながら東京駅のホームへと突入するのだった。
面白いと思ったら下の評価やブクマに感想など頂ければ嬉しいです。
執筆の糧になりますので、どうぞよろしくお願いします。