継承の勇者
隣の禿げた大男が腕を破裂させて倒れた。
理解不能なことが立て続けに起きていた。
仕事をしていたはずが、気づいたら、昔見たファンタジー映画のような空間が目の前に広がっていたのだ。
なんだこれは?
若い女性がなにかしろと命令してきたが、私がこの会社の社長だということを知らないのだろうか。
そもそも派手な服装をしており、出社するには似つかわしくない格好である。
その後は古代ローマみたいな服装の男が若い女性を抱きかかえながら、神妙な顔をしている。
なんだこれは。
私は忙しいんだ。
下らん茶番に付き合ってはいられない。
私はふと周りを見渡した。
大量に黒いローブが積み重なっている。
女性も生気がない。
となりのみすぼらしい男は腕を失って倒れている。
気を失っているのに笑顔なのが不気味だ。
思考を整える。
考えられる可能性2つ。
死んだか、精神に異常をきたしたかだ。
死後の世界は誰も知らないのだから、これくらい理解不能でもおかしくはない。
どちらにせよ、うれしい話ではなかった。
足元に転がってきた杖を拾った。
杖というか高級な木の棒に近い。
女性は私にこの杖を使って世界を救えと言っていた。
死後の世界だとすると不思議な話だ。
ふと数週間前に亡くなった弟を思い出した。
あいつも今のような世界を見ているのだろうか。
「にいちゃん」
3年ぶりに弟に会った。
名家に生まれておきながら、自由に生きる身勝手な奴だった。
金に困ってそうな身なりをしていた。
銀行、商社、海運、あらゆる産業をグループ下に持つ、巨大企業群を率いる一族に生まれておきながら、なんの努力もせずのうのうと生きているどうしようもない奴だった。
「金でもたかりに来たのか?」
兄である自分に会いに来る理由など、金以外に思いつかなかった。
こいつが無能なせいで、自分は厳しい祖父と父のすべてを1人で受け継がざるを得なかった。
地獄のような子供時代だった。
弟は少し目線を落とした。
「違うよ。ちょっと会いたかっただけなんだ」
私は忙しいんだと、言い返そうとしたがそれを遮るように
「ごめん、忙しかったよね。帰るよ」
そういってどこかへ歩いて行った。
会社の前で突然話しかけられたと思ったら、何の目的もないとは。
時間の大切さを知らない愚か者だ。
弟のことがより憎くなった。
数日後、弟が死んだと連絡が入った。
特になんとも思わなかった。
やはり金に困っていたのだろう。
葬式は祖父と父が許さなかった。
墓にも入れないことが決まった。
無縁仏となるそうだ。
法定相続人である父と母が両方拒否したため、すべてを自分が相続した。
といっても、金も物も何も持っていなかった。
お菓子の缶だけが手元に残った。
中には子供の頃の写真や、絵が入っていた。
そして1通の手紙。
内容は短かった。
にいちゃんへ。
今までありがとう。
迷惑ばかりかけてごめんね。
昔くれた絵を返すね。
これがあったから今まで生きてこれた。
本当にありがとう。
クレヨンで書かれた絵を見た。
覚えていないが、私が弟に向けて書いた絵らしい。
2人の子供が手をつないでいる絵だった。
涙はぼれなかった。
というか何も感じなかった。
映画だったら大体泣くシーンだ。
自分がわからなくなった。
これを書いた子供と私は本当に同一人物なのか?
連続性を感じない。
この絵を描いた子供は今何を感じているのだろうか。
どんな気持ちで絵を描いたのだろうか。
笑顔の2人を見つめながら、そのまま燃やした。
我に返ると、変な言葉をつぶやいていた。
杖が光る。
知らない女の声が頭にこだまする。
「世界を守る世界を守る世界を守る」
繰り返し繰り返しそれだけを繰り返す。
また自分が自分でなくなっていく。
なにか脅威を感じた。
とてもつもない脅威だ。
何をするべきか理解した。
私は常に1から10を理解する。
世界を隕石から守ればいいんだろ。
そんな映画は何度も見てきた。
同じことだ。
最大級の、街々を覆う魔法障壁。
私はいつだって期待に応えてきた。
使命とあれば全うできて当然だ。
己の優秀さに一点の曇りもない。