第八話 お城を散歩
「アリスさん…?何でこんな所に居るんですか?」
「あー…いや、その……」
少年とベリー君の目が合う。少年を何処かに隠す時間も無かったのだ。多分浮気がバレた人って今の私と同じ様な気持ちなんだろうな…
「……僕はベリー・ロッドテール。君は誰ですか?」
「ジブンは…」
急いで少年の口を塞ぐ。彼の性格からすると空気を読まずに自分の正体を明かすかもしれないからだ。…いや、流石にそこまで大馬鹿野郎では無いとは思うが、一応ね?
「…どうしたんですか?」
「いや!何でもないよ!この子は…」
「この子は?」
「この子は私のお、弟なんだ」
特に何も考えず先程ロイさんの話に出てきた弟という単語を使う。他に誤魔化す方法は思い付かなかったし、これしか手が無かったのだ。
「弟さんですか。何故倉庫何かに居るんですか?」
「社会見学として来たんだけど、皆の邪魔になったら悪いと思ってね。見つからないように動いてたんだよ」
「姉の言い付け通りコソコソ動いてましたガ、流石王子。スグにバレましたネ」
「そうでしたか。邪魔になんかならないのでもっと堂々と見学して良いですよ。僕が許可します」
そう言ってベリー君はにっこりと笑う。良かった、何とか誤魔化せた様だ。
私達は倉庫から退出し、先程の中庭まで戻る。
「先ず何処から行きましょうか」
「そうだネ。王様の寝室とかどうだイ?」
文を言い切る前に彼の口を塞ぐ。社会見学に来た子供が真っ先に行きたがる場所じゃないでしょ!暗殺する気満々の発言にやや引いた。
「特に行きたい場所も無いなら適当に行きましょうか?」
「そ、そうだね」
とりあえず宛もなく廊下を三人で彷徨う。反逆者である彼にお城の間取りがバレるのは少し危険だが、もし無理に中断するとベリー君に怪しまれてしまうからなぁ。
そんなこんなで歩いていると美術室と書かれた扉に辿り着く。
いつもは私が王子達の先生代わりなのだが、私は美術に関して全く分からない素人なので代わりの先生がいつも待機している。確か今日は来れないと連絡があった筈なので中に人は居ない。
「これが美術室です。ここには歴代の王達の作品が飾ってあるんですよ。絵画や像、どれも美しい物ばかりです」
「へー。ジブンの描いた絵も飾ってイイかナ?」
「…すいません。失礼ながら断らせて頂きます」
「ザンネンです。次期王になるかモしれないのニ断られるのハ」
………………
「ここが厨房です。一流のシェフが毎日ご飯を作ってくれます。ってアリスさんどうかしました?」
「いやぁ……結構前に料理してたらやらかしちゃって出禁になってるからもう入って良いのかなって」
「何やってるんですか…」
厨房では今正にコックさん達が料理を作っており、集中のあまり私達に気付いて居ない様だ。凄まじい覇気だが、一人だけ溜息を付いているコックさんが居る。
「どうかされました?」
「あぁ、ベリー様か。いやね、最近スランプ気味で料理の味にしっくりこないのよ」
「うーム。確かニ微妙の一言に付きマすネ」
いつの間にか少年はコックさんの作ったステーキを勝手に食べていた。あまりに身勝手な行動に対し叱ろうとしたが、少年は私の声を遮ってコックさんに言う。
「少し冷蔵庫を借りまスヨ。ジブンが改良してやりマス」
彼は冷蔵庫から牛乳と数々の肉を取り出し、鍋に入れる。そしてポケットから謎の調味料を三瓶程取り出して鍋の中に振り掛ける。五分ほど混ぜると牛乳は緑色に変色し、肉は分解されて見えなくなった。
「…ねぇ、もしかしてふざけてる?」
「ふざけテませんヨ。あと完成でス。アナタの料理を渡して下サイ」
「え?お、おう」
コックさんは恐る恐る彼にステーキを差し出す。それを受け取った少年は自分の作った謎の液体に三秒程漬けてお皿の上に置く。
「さァ、どうゾ」
「い、頂きます」
コックさんがステーキを口に含むと表情が明るくなる。そして一口、また一口と食べてステーキを平らげてしまった。
「う、美味かった!あんた一体何をしたんだ!?完成品のステーキを液体に漬けるだけで美味くなるなんて!」
少年は誇らしげな顔をして答える。
「別に何もしてまセンよ。タダあなたの味ニ何が一番合うかを瞬時に判断シタだけでス」
少年は悠々と厨房を後にする。呆然としていたが我に返った私とベリー君も急いで追いかける。
……………
「はぁ……」
「どうかしました?」
「わたくし洗濯をしているんですが中々汚れが落ちなくて…」
「コレを水にカケて下さイ」
「これは……瓶?」
「これデ洗うと落ちますヨ」
「わぁ…!汚れが簡単に!ありがとうございます!」
………………
「んー…」
「アベルトさん、お疲れ様です。訓練中ですか?」
「そうなんだよ。だけど俺も年だからねぇ、疲れてしまってもうどうにもならないんだよ」
「これヲ飲むト良いですヨ」
「何だこれ、水か?………うぉっ!?力がみなぎってくる!まだまだやれるぜ!!!」
………………
「ありがとう!風邪気味だったけど治ったよ!」
「凄い!怪我してた箇所が治っちゃった!」
「なんということだ!働いても働いても疲れない!」
……………
「ねぇ、アリスさん」
「何?ベリー君」
「あなたの弟さん何者なんですか?」
「あ、あはは…」
なんと城中の問題が彼の取り出す数々の怪しげな飲み物の入った瓶によって解決してしまった。城を回ってる間私達はただただ放心していた。
「ジブンは調合が趣味でしてネ。なーんでも出来ちゃうんデス」
「……何でも?」
ベリー君が何でもという発言に食いつく。彼は言うのを躊躇っていたが遂にその言葉を口にする。
「君のその瓶で……死人を生き返らせる事って出来ますか?」
彼は想定外の質問をした。今まで死人を恋しがる様な素振りは見せなかったのだが、もしかしてお母さんに一度会ってみたいのだろうか?それともただ興味本位で聞いたのか。
「ははは、やっぱり無理ですよね。すいません。おかしな事を聞いて」
「結論から言うト可能でハありまス」
その言葉にベリー君は驚き、身を乗り出した。
「本当なのか!?それは!」
「しかシ……その場合元の人物の人格は失われマス。まるデ野生動物の様な立ち振る舞いで目に映るモノを全て破壊する怪物になりまス」
「そうか…」
ベリー君はがっかりした様な顔をして身を引く。何だろう、凄く悔しそうなのだが何だか不思議と別人の様に感じる。今この瞬間、私は彼に恐怖を抱いていた。
しかし王子はすぐさまいつもの笑顔になり、「変な事を聞いてごめん」と謝罪する。
「それではそろそろ暗くなってきましたしお帰りになった方が良いのでは無いでしょうか?」
「うん。それもそうだね。それじゃあ私達は帰るよ」
「じゃアねー」
「はい。左様なら」
ベリー君は手を振って私達を見送る。
夜になって少し薄暗くなったからだろうか、何だか一瞬ベリー君が化け物に見えた様な気がした。