第七話 加入
その人物は相変わらず黒と桃のダボダボパーカーを着ていた。そう、ロイさんと一緒に居たあの少年だ。
彼は私に付いて来るよう合図し、長い廊下を歩きだす。
この通路は倉庫にしか続いて居ないが何かあるのだろうか。
とりあえず侵入者を放っておく訳にも行かないので彼に付いて行く。
彼は倉庫前に着くと扉を開ける。倉庫は四六時中鍵が掛けてある筈なのに一体どうやって開けたのだろう。何処かから鍵を手に入れたのか、はたまた魔法か。
「連れて来たヨ」
「ん、案外早かったな」
薄暗い倉庫の奥にはロイさんが居た。彼は真剣な面持ちでこちらをじっと見つめる。
「また会ったな」
「もう会いたくありませんでしたよ、と言いたい所ですが聞きたい事が山ほどあります」
長い話が始まりそうな雰囲気を察知して少年は木箱の上に寝転ぶ。「終わったら起こして」と言う少年を横目にお兄さんは話し始める。
「分かっているさ。お前が聞きたいのは魔法とは何なのか、何故同じ反逆者同士が争っていたのか、何故王を狙うのか、そして何故ここまでお前に拘るのかだろう?」
「その通りです。順番通り説明して下さい」
「了解だ。それじゃあ魔法の説明を始めよう」
お兄さんは短く咳をすると、語り始める。
「魔法っていうのは元々王族だけが使える特殊能力だった。火を出したり、物を念力で動かしたり何でもありだった。そしてある日王達は他の王の能力を奪える事を知り、戦争を始めた」
「戦争ですか…」
「しかし魔法使い同士の争いは激しく、まるで世界全体が滅ぶかの様な勢いだった。そんな中戦争を止めるべく集結した一部の王が手を組んで欲に溺れた王達を倒すんだ」
「お、ハッピーエンドで終わったんですね」
「ところがどっこい。戦いを終えた王達がそれぞれ自分の国へ帰ると代わりの王が玉座に座り、彼らに言い渡した。」
「な、なんと言ったんですか?」
「魔法使いは世界を滅ぼす。二度とこのような惨劇が起きぬように王をこの世から消すべきと判断した、ってね」
「そんな……戦争を止める為に戦ってたのに酷い…」
「まぁ人間らしい判断さ。そして各国では王を重要指名手配犯として追い、一人また一人と王が殺されていった」
「魔法が使えるのに反抗はしなかったの?」
「戦争を止める為に戦う様な優しい人には他の誰かを傷付ける事なんて出来なかったんだ。こうして王の大半は死亡したが、僅かに残った王達は一般市民のフリをして何とか生き残る事が出来た」
「待って、そもそもなんで王様達が魔法を使えるの?そこが分からないけど」
「悪夢岩、って物のお陰なんだ」
悪夢岩。それが何なのかは分からなかったが少し心当たりがあった。私はペンダントに付いた赤い石を手のひらに乗せる。
「そう。それが悪夢岩の欠片だ。そいつに触れて念じると世の理を越えた不思議な事が起こる。お前も実感しただろ?」
確かに戦いの最中に触れただけで足が宙に浮かび上がったりしたが、やはりこの石のせいだったのか。
「それじゃあ王様達がこれを持っていたから魔法を使えたと?」
「いや、確かに彼らも悪夢岩を持っていたのだが、彼らは普通に使う事はせずに悪夢岩の構造を調べ始めたんだ。一体どういう仕組みで魔法が使えるのか。そして世間には公表しなかったが、遂に魔法のシステムを理解する事が出来た」
「え!?解明しちゃったの!?」
「そうだ。悪夢岩はそれぞれ一つの魔法しか使えなかったが、テクノロジーを理解した王達はあらたな魔法を創り出した」
「じ、じゃああの子も魔法の覚え方分かるって事!?」
ずっとこちらに背を向けて寝息を立てている少年を指差す。もし彼が魔法の使い方を教えられるのなら是非教わりたい。
「残念だったな。あいつは遺伝で魔法が使えるから仕組みを完全に理解している訳では無い」
なんだ、使えないなぁ。もうお師匠様と呼ぶ準備は出来てたのに……魔法覚えて大出世の野望が〜!
「まぁ魔法の事は大体分かりました。それじゃあ次は何故反逆者同士が戦っていたのかですね」
「あぁ、実は奴らは俺達とは別の組織なんだ」
「別の組織!?」
「いかにも俺達は王を潰すのが目的だが国で暴れたってメリットは無いだろ」
「それじゃああの人達は何であんな事を…?」
「あいつら…『正義執行機関』は正義と銘打ちながらただ殺戮を繰り返している、いわば目的も無く暴れている奴らだ。まぁあいつらもその内王を殺すつもりだろうがな」
なんということだ。まさかこの国に王を狙っている組織が二つもあるとは……仕事中は結構暇だったがこれからは常に警戒していないと。
「そして俺達が王を狙う理由だが……あの王は決して許されない罪を犯した」
「罪?あの王様が?」
「もう三十年前の話だ。あの男は自分の親を殺害して、トルトーノ国の王として君臨すると同時にこの国を悪魔に売った」
悪魔か……確か神話に登場する邪悪なる存在の事だが、本当に実在するのか?しかもたったの三十年前に。
「そして悪魔が支配する国で人々が絶望していると救世主となる人物が現れた。それは現王の弟だった。弟は突如魔法使いとして目覚め、光の刃で悪魔を切り裂いたという」
「ちょっと待って!何で魔法使いになってるの!?当時の王は皆平民として暮らしてる筈でしょ?」
「そうだ。そこが不可解な点なんだ。どうして王の血を継がない奴が魔法を使えるのか、知る者は誰も居ない」
「あと弟君が悪魔を倒したんだったら現王は国から追放されても可笑しくないんじゃ?」
「人々は誰が悪魔を呼び寄せたのか知らなかった。現王は全ての悪事を弟のせいにして、彼を死刑に処した。そしてこの三十年間ずっと悪魔を復活させようと企んでいる」
お兄さんは話を終えるがまだあまり納得がいかない。私は今二十代なのでその時には生きて居なかったが、そんな話は初耳だ。歴史書を隅から隅まで読んだが悪魔の話なんて何処にも無かった。
それに何故お兄さんだけがその話を知っているのかさえも語られない。何だか怪しく思えてきたな、我が王がそんな事をする様な人とは思えないし。
「それじゃあ最後の理由。私に付き纏うのは何で?」
「前にも言ったがあいつが予言したからだ。俺達の仲間になって全てを終わらせてくれるってな」
お兄さんは少年が予言したから予言したからって言うがあんな少年がそんな力を持っているのか?私は彼の事を知っている訳では無いが何故お兄さんがそこまで信頼を寄せているのかが分からないな。
「これでお前の疑問には全部答えた。改めて聞くが仲間になってくれるか?」
勿論NO、と答えようとするがここで私は閃いた。
仲間になる振りをしてこの人達の様子を見た方が良いんじゃないかと。もし彼らの信用を得て王を殺害する作戦になった時、信頼出来る内通者の私が裏切れば彼らにとって痛手だろう。上手く行けば両方捕らえる事が出来るかもしれない。
それに無いとは思うがもし本当に王が悪人だった場合、彼ら側に付いて一緒に戦う事も出来る。これから少し王の様子を探って不審な点があったらすぐさま寝返ろう。
とりあえずここでYESと答えるのは私にとって何の損も無いのだ。私、お主も悪よのう。
「…分かりました。あなた達に協力しましょう」
「本当か!?」
お兄さんの眩い程の笑顔を見て少し罪悪感に襲われる。だがしかし私も王を守るのが仕事。裏切ったとしても敵対勢力に心を許す方が悪い。
「話は聞きましたヨ。仲間になるんダッテ?」
今更少年が起きる。眠そうに目を擦りながら彼は続ける。
「それじゃアチーム名が必要ですネ」
「ち、ちーむめい?」
「ドキドキ☆王殺害チームアロエ団と言うのは如何でしョウ?」
「チーム名ダサいな!あとアロエ要素ないよ!」
「ふっふッフ。アロエは私達の頭文字から取ってるんですよ」
アリスのア、ロイさんのロ、少年の名前は知らないがエから始まる人なんだな、成程……でも嫌だなそのチーム名!
「馬鹿な事言ってないでさっさと帰るぞ」
「あいあいサー。それジャあまた…」
「アリスさーん!何処ですかー?」
ドキドキ☆王殺害チームロエ団の二人が倉庫から出ようとした時、扉の向こうからベリー君の声が聞こえてきた。今この二人が見つかったらまずい!
「ど、どうしまショウ」
「まずい、テレポートの悪夢岩は一つしか持って来ていない!」
「えぇ!?どうするのさ!?」
「アリスさーん!」
ベリー君の声と足音はどんどんと大きくなる。少年もどうやら瞬間移動は出来ない様だし確実に見つかる!
「…後は任せた」
「「ロイさん!?」」
ロイさん、いやロイの野郎は紫色の悪夢岩をポケットから取り出して一人で逃げ出した。この少年を私一人でどうしろと!?
「アリスさん、そこに居るんですよね?」
遂に足跡は止まり、扉が開いてしまう…!