第五話 最初の戦いは終わり…
男が呪文を唱えた瞬間、先程と同じ様に杖の先から大円形の物体が現れる。そして無慈悲にもこちらを殺害しようと向かってくるのだった。
「アリスさぁん!!!」
遠くでは男達を倒したテニーちゃんがこっちへ駆け出している。駄目だ、テニーちゃんじゃあこの男に勝てない。頼むから早く逃げて……
そんな事を考えている間にも死のカウントダウンは進んで行く。短い生涯、まだまだやり残した事が沢山あったな……
こんなに泣いて、こんなに絶望するなんて私らしく無いな。涙を拭うとふと首に掛けた赤石のペンダントが気になった。
無性にペンダントに触りたくなり、ギュッと握る。するとかかとに違和感を感じて、足が一瞬浮かんだ様な気がした。
「うおぉぉう!?」
「ふん。小娘が」
男はそこに私が居ない事を確認すると背を向ける。そして泣きじゃくったテニーちゃんと対峙した。
「よくも……よくもアリスさんを…!」
「ほう、あの二人を倒すとは中々の手練と見た。だが安心すると良い。貴様も直ぐにあいつの元へ送ってやろう」
「ほざけぇ!!!」
テニーちゃんは右手に持っていた剣で男を切り裂こうとするも案の定杖で防がれてしまう。すかさず左手の剣で突き刺そうとするが男はしゃがむ事によって回避し、右手の剣を杖で払う。
テニーちゃんは体勢を崩し一回転しながら後退し、再び剣を構える。あまりに実力差がある事は彼女も分かっているだろう。しかし彼女は引かない。もう一回男に攻撃しようとした時、上空を見て呟いた。
「あ、アリスさん!?」
「何!?」
そう、私アリスは今現在男の真上に居る。先程石を握った時に足が上に引っ張られ、上空を今まで飛んでいたのだ。
男は落ちてくる私を迎撃しようと構えるがもう遅い。奴が呪文を唱え出す前に刃は彼の頭に刺さっていた。そしてそのまま落下の勢いで男は真っ二つに切れる。
(人を殺すのはこれで二回目か……相変わらず気分の悪いものだ)
それにしてもこの石は一体何なんだろう。ただ握っただけで魔法使いでも何でもない私が浮かび上がるなんて。お兄さんの落し物だろうから次会う事があったら聞かないと。
床に転がっているローブの男に向かって拝んでいると後ろから抱きつかれる。そこには涙でくしゃくしゃになった顔のテニーちゃんが居た。
「アリスさんっ……!死んだかと思ったぁ…!!う、うぅぅぅ…」
出来るだけ優しく微笑み、彼女の頭を撫でる。私が死んだと思って余程怖かったのだろう。絶対に居なくならない、とは約束出来ないけど今はとりあえず慰めよう。
どうやらこの地区全体の戦いは終わったらしく、消化隊が駆け付けて炎を消して回っている。ずっと五月蝿かった戦闘音や泣き声も鳴り止んでいる。これにて一件落着だ。
…………………
「えー、コホン。諸君。街の防衛、ご苦労であった」
「「「ハッ!!!」」」
あの悲惨な戦いの後戦士達は玉座の間に集められ、王から賛美の言葉を贈られる。正直そんなの要らないから今日の仕事はもう上がらせて欲しい。
「まさか儂が寝てる間にそんな事が起きてるとは驚きだが、まずそんな非常事態にも関わらず何も出来なかった王を許して欲しい。本当に済まない」
王は数秒間頭を下げ、話を続ける。
「今回は死亡者零名、負傷者三十四名と比較的被害は少ない。国民に変わって御礼を言う。本当にありがとう」
「王様、そろそろあの話を」
「うむ。実はとある者の協力で今回の騒動のリーダー格の人物を捕らえることに成功した」
とある者……恐らくロイさんの事だろうか。彼は向こうの組織の人物にも関わらずこちらに加担してくれた。王を潰すと言っていたのは嘘で最初から裏切るつもりだったのか?
「よってこれから長い時間を掛けてその人物を尋問し、奴らの組織の目的を探る。これが上手く行けばあの忌々しいテロリスト共を全滅させる事も出来るかもしれん」
王は「それと…」と言いかけたが言葉を飲みこみ、解散を宣言する。
騎士の中にはやっと休憩する事が出来ると背伸びをする者も居ればようやく反逆者達のしっぽを掴んだと喜ぶ者も居る。
今回の戦いでは死亡者は居らず敵組織の人間を捕えれたという事でかなり良い結果となった。暫くテニーちゃんが私に引っ付いて離れなかったのは大変だったけども。
私は玉座の間を離れてお城の廊下を歩く。私のもう一つの仕事をこなす為だ。その仕事とは王子の面倒を見る事。ほぼほぼメイドや家庭教師の様な事をする仕事だ。
王子達二人は中々人には懐かないのだが、私の事を気に入ったのでその日から本来の仕事の後に彼らの様子を見に来る事になっているのだ。
すれ違うメイドさん達に軽く挨拶をしながら暫く廊下を進んでいると「王子」と書かれた扉が見えた。私はいつものように軽くノックをしてから入る。
「お疲れ様です、アリスさん」
「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」
そこにはそれぞれのベッドの上に腰掛けている二人の少年が居た。
髪が赤くもう一人に比べると数cm高いのがローズ君。12歳。彼は身体能力が高くて常に見下す様な態度を取っているが実はかなりの努力家の元気な子。髪の色は女王様譲りの様だが、女王様は五年前に他界しているので私は見た事が無い。
金髪で眼鏡を掛けたおっとりした雰囲気の男の子はベリー君。11歳。ローズ君とはまるで正反対で、運動が不得意で礼儀正しい。しかも学力はずば抜けて高く、将来この国を十分背負っていける器だ。髪は王様譲りだね。
「ごめんね。反逆者との戦闘があったから遅くなっちゃった」
「その…大丈夫だったんですか?怪我とかしませんでした?」
本当は怪我どころか命まで失ってたかもしれない、なんてこの子達の前ではかっこ悪くて言えない。正直足はまだ痛むけど私は常にこの子達にとってかっこいいお姉さんでいなくちゃ!
「超強いお姉さんはあんなテロリストなんてちょちょいのちょいでやっつけたよ!恐るるに足りなかったわ」
「ふんっ。どうせそんな事言って死にかけたんだろ」
うぐっ。何と鋭い子だ……まさか私ってそんな雑魚キャラに見える?
「…その動揺っぷり、死にかけたんですね?」
「ぐぅう……はい…」
「何やってんだよ。ダッセー」
さ、流石に年下の子からダサいと言われると堪えるなぁ。戦いの真っ只中よりも辛いです、今。
あからさまにテンションが下がっている私を見てベリーはローズに言葉遣いを注意するが、ローズは「ふん」と言い顔を背ける。
「き、気を取り直して今日も勉強を始めようか」
「そうですね。確か今日は経済の勉強を…」
「そんなダルい事やってられっかよ。それよりも戦いの授業しようぜ!あんた一応騎士なんだからよ」
「駄目ですよローズ。ちゃんと言われた通りにしないと…」
ギャーギャー喚くローズをベリーと一緒に何とか宥める。全く手のかかる子だ。
「しょうがない。じゃあ特別に今日は君達に戦闘の事を教えてあげよう」
「っしゃあ!!!」
「は、はい。分かりました」
こうして三人で仲良くお城の中庭へと向かうのであった。