第一話 始まり
「「「陛下!!!お帰りなさいませ!!!」」」
私を含め、その場に居る一同は膝をつき頭を下げる。その光景を見て満足気に笑う男はこの国、トルトーノ国の国王だ。彼は深紅のカーペットの上を威厳に溢れた所作で歩き、滅多にお目にかかれない程豪華な玉座に座る。
「陛下、お耳に入れておきたい事が」
王の前で膝まづき話しかけているのは大臣だ。彼はスラッとしていて張り付いた笑顔が特徴的だ。決して悪い人では無いのだが何だかいかにも裏が有りそうな言動や顔のせいで少し印象が悪い。
「何だ、言ってみろ」
「例の反逆者達の行動が活発化しています。このままではこの国の存続自体危ういですが、如何なさいますか」
「うむ……」
王は自慢の茶色いあごひげを弄る。彼の考え事をする時の悪い癖だ。
「各方面の警備を強化しつつ引き続き反逆者の正体を探れ」
「しかし奴らはかなりの手練。隣国に助けを求めるのも視野に入れておいた方が良いのでは?」
「うぅむ……致し方ない…………いや!あいつらの力は借りぬ!」
「ですが…」
「えぇい!借りぬと言ったら借りぬのだ!分かったらさっさと儂の前から去れ!」
大臣は少し納得がいかない様な表情をしつつも、お辞儀をして玉座の間を去る。そりゃあ自分の住む国が危ういのに王が最善を尽くさないとなると納得がいかないのは分かる。しかし王の言う事は絶対だ。
我らが王は決して国を見捨てる様な無責任なお方では無いのだが、個人的な理由で隣国を目の敵にしているせいで明らかにこの国では解決出来ない問題があっても交流を試みないせいで今回の騒動は中々犯人を捕獲出来ないのだ。
「そうだ。おい、アリス・サスフィン」
!?
突然王に指名され驚く。な、何故急に私の名を呼ぶんだ!?まさかこの仕事をクビにされるのか!?
正直心当たりは数え切れない程ある。私は恐る恐る口を開いた。
「ひ、ひゃい!わわわわ私どもが何をををををを致したのでしょうか!?くっクビだけはご勘弁願います!!」
緊張のあまり羅列の回らない私を見て他の同業者である近衛兵達は苦笑いをしている。王もあまりに情けない私の姿を見てため息をつきながら話を続ける。
「今ベリーとローズは塾に行っている。よって今日はもうお前の仕事は終わりだ」
「は、はい!お疲れ様れす!」
お辞儀を三回程しながら急ぎ足で玉座の間を出て行く。
私は普通の近衛兵とは違い、王の息子であるベリー君とローズ君の面倒も見てるので彼らが居ない時は早めに仕事が終わるのだ。それにしても本当にクビじゃなくて良かった…
長い長い階段を降り、ようやくお城から出る。こうして見るとやはり大きい城だな。私の家の三万倍ぐらい大きいんじゃないか?
………必死に働いてるのにこのお城の千倍も小さいと考えると何だか涙が出てくる。
涙を堪えながら小さな我が家を目指し歩きだす。
だがしかーし!お城を出たからって私の仕事が終わった訳では無い。道中平和を乱す様な輩が居たら力づくで黙らせなければならない。
私は用心深く帰り道の賑わった商店街を観察する。意外と人目につくような場所で事件が起きる事もあるのだ。おっと!噂をすれば大人達に囲まれた青年が!
「待て待て待てーい!あなた達怪しいですね!?」
「あん?なんだぁ嬢ちゃんは?」
「私は偉大な王の偉大な側近の騎士である!あなた達その子に何をしてるんですか!?」
「騎士…の格好をしたコスプレイヤーか?」
「違う!あんまり舐めてると強制連行ですよ!」
いつもこうだ。私は子供の頃からずっとこの低身長、童顔をキープし続けているせいで威厳が全く無い。今年だけで少なくとも十回は迷子と間違われている。
「あ、あの?騎士さん?」
「大丈夫!私が直ぐに助けてあげるから!」
「えーっと…僕はこの人達に道を聞いてただけで何も悪い事はされてませんけど…」
(………)
私は何も言わずにその場を去る。後ろから男達が何かを言っているが、私には何も聞こえない。私が今考えている事はただ一つ、恥ずかしいと言う事だけだ。
最近反逆者騒ぎ以外は結構平和だからなぁ。久しぶりに取り締まれると思ってテンションが上がって早とちりしてしまった。………それにしても反逆者かぁ。
反逆者は平和だったこの国に三年前現れた謎の集団だ。彼らの目的は未だにはっきりとは分かっていないが、神出鬼没に至る所で出現し、関連性無く破壊行為等をしている事からただの頭のおかしい愉快犯の可能性が高い。国を挙げて犯人捜索中だが先程の大臣の言っていた通りこのままだと国は崩壊してしまう。早く何とかしなければ。
「そこのお姉さん。辛気臭いカオしてないでうちの商品買ってってよ」
ぼーっと歩いていると隣から声を掛けられる。って今聞き逃せない単語が!?
「も、もしかしてお姉さんって私の事ですか?」
声を掛けて来たのは売店で物を売っているお兄さんだ。彼はいわゆるモデル体型で、髪型はポニーテールだ。はっきり言ってイケメンだがそんな事はどうでもいい。私に向かってお姉さん!?
「も、もう一度言って貰っても良い!?」
「え?……そこのお姉さん辛気臭いカオしてないで商品買ってってよ?」
あ〜!生まれて初めてお姉さんって言われた!今までこの見た目のせいで常に年下に見られていたが、お姉さんと言うのはなんと良い響きだ。何回でも言って欲しい!
「というかそんな事より早くうちの商品見てくれないかな?」
「あ、はい……ごめんなさい」
向こうから呼んでおいて何だか少しイライラしている様子だ。不気味な笑顔で机を指でトントンしている。怖い…
気を取り直して商品を見てみると何だか変なラインナップに違和感を覚える。りんご、木の板、可愛くないパペットに白い宝石。
「ここって一体何屋さんなんですか?」
「さーね、こっちが聞きたいよ」
お兄さんは大きなため息をつき、指でトントンの速度を早める。彼の表情からは笑顔は消えて変わりに苛立ちが見える。何だか罰ゲームで負けた人みたいだな。
「まぁまぁ。そんなにイライラしないで下さいよ。りんごと宝石一個づつ買いますので」
私がそう言った瞬間、お兄さんの顔色が変わる。喜んで居る訳でも怒っている訳でも無い。ただただ驚いた様な顔だ。数秒間見つめあった後、お兄さんはやっと口を開く。
「毎度あり。55Gだよ」
お代を払い、りんごと宝石を持ってその場を後にする。ふと振り返るとお兄さんはまるで別人の様な目で私を見ていた。