覚醒した悪役令嬢カレンの暗躍 1
七歳の誕生日、はしゃぎすぎたカレンは、ドレスの裾を踏んづけて屋敷の立派な柱にこれでもかと頭を打ちつけた。
一晩経っても目を覚まさないカレン。
亡き妻の忘れ形見である愛しい娘までもこんなに幼くして失うかと思うと、カレンの父であるバーンスタイン侯爵はなりふり構わず眠る彼女に縋りつき、どうか娘を助けてくださいと神に祈り続けた。
そのまま二晩目が過ぎ、三日目の朝に目を覚ましたカレンに誰よりも先に気が付いた侯爵は大声をあげてカレンを抱きしめると、徹夜続きで憔悴した顔を涙で濡らし、これまでの冷淡な態度からは程遠い調子で娘に何度も目を覚ましてよかった、愛している私の大切な娘と言って小さな体を抱きしめ続けたのだった。
侯爵は亡き妻を心から愛していた。
だから心の奥底では我が子のことを愛おしいと思いつつも、妻を亡くした悲しみに引きずられていた上に、母親を失ってしまった娘とどう接していいのかわからずにいたのだ。
元々、侯爵は表情が乏しく、めったなことでは愛する妻にさえ甘い言葉の一つも言えなかったほどの不器用さであったため、妻にはその愛情が充分伝わっていたことが唯一の救いだったものの社交界では彼らを仮面夫婦だと認識していたくらいだった。
当然、幼い娘には侯爵の愛情はひとかけらも伝わっていなかったし、改善しようにも親子関係は年々冷え切るばかり。
娘は次第に我儘放題になり、侯爵はそんな娘の姿を見るのが辛く、屋敷を留守にしがちだった。
しかし、そんな侯爵の後ろ向きな気持ちは、娘がもう二度と目を覚まさないのではないかと思わされた日々によって打ち砕かれた。
娘が生還してからというもの、娘のほうから侯爵に寄り添おうとする行動をとってきたこともあり二人は穏やかに一から親子関係を築き直すことになったのだ。
二人の関係は劇的に変わった。
そうでなくとも侯爵は、同じ年頃の子供の中でも特に評判の悪い我儘娘のためならどんな願いも叶えてやりたいと思い詰めるくらいには娘を愛していたのだが。