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接触

作者: 有明未明

会話文の練習

 「誰かのことを想う時、想像上の彼等に、心の中の彼等に慰めを感じる時、僕は酷く自己嫌悪にかられるのです」

 「それはどうして?」

 「想像上の彼等は、彼等そのものではない――僕は彼等その人を、そのありのままを愛しているのではなく、自分が勝手に作り出したイメージを愛しているのに過ぎないのではないか?そんな疑問が、脳裏に浮かんできてやまないのです」

 「真面目で、愚直で、本質主義的だね。ホンモノとニセモノをそんなに区別するなんて。――ねえ、知ってるかい?」

 「何を」

 「私達は、物質的には、本当に触れ合っているわけではないってこと。……手を出して……そう、私と君の手が触れ合う、皮膚から伝わった電気信号が神経細胞を伝って脳に届く、認識が生まれる、感覚質(クオリア)がある。でもね、原子のレベルで見ると、二つの手の間には隙間がある。私達を形作る原子、その周囲を飛び回る電子――負の電荷をもつ粒子――は、お互いに反発し合って、くっつくことを妨げる。今この感触も、『物質のそのもの』ではなく、反発した自分の電子という、間接的な媒介によって成り立っている」

 「そんな……」

 「でも、これは福音でもある。もし、本当に、何の障害もなく私達の手が触れ合えたとしたら?――そこにあるのは破滅だよ。電子の殻、その反発を押しのけて互いの原子が触れ合ったら?答えは、核融合。水素爆弾さ。E=mc²の法則に従って、放出された莫大なエネルギーが二人を、いや、辺り一帯の物事を一切合切消し飛ばして、見事にお陀仏。ぞっとしないね」

 「……精神的な知覚、接触の話ですよ。物質的な物事とはわけが違うし、それでもって『じゃあ、仕方がない。相手をありのまま、偏見なく見ることを諦めよう』という結論には至れない」

 「そうだね。物質と精神、働いているメカニズムが違う。例えば、先の話だと被害は広範囲にもたらされていたわけだけれど、精神の場合でそんなことを想定するのには、集合的無意識の通俗的解釈やシェルドレイクの仮説における形態形成空間といったオカルト紛いが必要だ。或いは心霊主義か。――けれど、メタファーとしては?己の精神というシステム、その自己再生産的自律性(オートポイエーシス)を打ち破って異質なものに『直接』触れる。そこに一切の危険性が見いだせないとでも?」

 「……それでも、自己の殻に閉じこもり続けることが、他者を『本当に』見ないことが、誠実であるとは思えません。これは理性というロジックではなく、僕に深く内部化され、切り離すことの不可能となった倫理観、即ち、感性の問題であるのです」

 「……強情者。潔癖すぎるのも考え物だ。そこまでラディカルに考えなくとも、全くの無謬見は不可能、乃至困難と考えて、その上でその状態へと近づけるようにする――『あるべき状態』と『実際の状態』の二つの現実、その乖離に苦しむのではなく、『あるべき状態』を未来上の一点に打ち据えて、それを指針として現在の地歩を固めていく、その様なスタンスで行った方が楽だろうに」

 「……まあ、それが妥当で、現実的な所なのでしょうか。話を聞いていただき、ありがとうございます」

 「ああ――ところで」

 「?」

 「君は、相手のことを偏見なく知りたいという。ありのままを見たいという。だが、現実にはそれは困難で、少しづつ近づいていくほかない……では、どうだろう。その、練習として、今度私と共に出かけるというのは――私を知り、そのありのままの姿を見つめ、その気持ちを理解する……その関係へと、近づくために」


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