奴隷であるはずの人間がオレたちヤギに反抗しているようなんだが~ヒエラルキーが逆転している世界でギルサンダーが見たものとは~
目を開けると、眩い太陽の光がオレの視界を大きく遮る。そして、少し目が慣れてくると、周りの光景がはっきりと見えてくる。
いったい、どこへ行きついたのか。
そこは、広い草原であった。土の甘い香りがオレの鼻をつつく。わが故郷の土の匂いもよかったが、こちらの世界の土もなかなかに良い香りがするものだ。
だが、ここはどんな施設なのだろうか。
あたりをよく見まわすと、どうやら大きな柵でこの草原は囲われているようだ。オレのいた国では、なかなか見かけない作りになっているようだな。
まるで、なにかを逃がさないように作っているような意図さえ感じられる。
ピー、ピー、ピー
軽く思考を巡らせていたところで、遠くから音が聞こえた。
なんの音だろうか。
閑散としたこの空間には不釣り合いなほどの大きな音が鳴り響く。それも、何回も。
初めのうちは、無視していたがいつまで経っても鳴りやみそうにないので、たまらず音の発信源へと歩みを進める。
まったく、やれやれだぜ。
なぜオレが故郷を離れ、遠路はるばる知らない世界へとやってきたのか。
それは少し前の話になる。
わが国ハルカ王国のヤギたちのなかでは、異世界旅行というものが一代ブームを巻き起こしている。特に、若い世代を中心に、冒険心に駆られてか、はたまた若気の至りなのか、異世界へと旅行をするものが後を絶たない。
これはひとえに、次元魔術が広く一般のヤギたちの間にも普及したことが要因といえるだろう。
まあ、異世界旅行自体は特に問題はない。見ず知らずに土地に赴き、ひと時の安らぎを味わい、再び戻ってくる。そんな非日常を味わえる体験などそうそうないだろう。
オレ自身は、執務が忙しくて、異世界旅行をしている暇はないが、いつかは妃と共にどこかの世界を旅してみたいとは思っている。
だが、そんななか、一部の旅行者たちが宿泊日数を過ぎてもハルカ王国に戻ってこないという事件が発生した。
それが、日本という国に異世界旅行したヤギたちは一匹残らず返ってこないのだ。いくら待っても帰ってこず、旅行会社たちも困り果てた末に、王室へと泣きついてきたのだ。
初めのうちは、あまりの楽しさに宿泊日数を過ぎているだけかと思い、軽い気持ちで調査隊を派遣してみたが、彼らも帰ってこなかった。
その後も、何度も調査隊を派遣するも、一方通行のままであった。
さすがに、これはまずいと思い、そしてこれ以上の犠牲を出さないために、国王であるこのオレが自らこの世界に来たというわけだ。
故郷の情景を思い出しながら歩いていると、ようやく目的地に着いたようだ。
だが、そこには衝撃の光景が広がっていた。
なんとヤギたちが人間から食料をもらっているではないか。それも、さも幸せそうに得体の知れない食料を口に運んでいるのだ。
あまりの衝撃にしばらく立ち尽くす。
いったいなにが起こっているのか。
「ほら、そんなところで立ってないでこっちに来なさい。エサがなくなっちゃうよ。」
呆然としているオレに恰幅のよい老人が声をかけてくる。
だが、あいにくと人間の言葉は理解できない。というか、する気もない。
「仕方ない子だな。」
見かねた老人は、オレを国民たちのもとへ混ぜようとしているのか、歩み寄ってくる。
この老人は並外れた魔術師なのだろうか。こんな数の国民たちを従属させるなど、故郷の軍隊でもできるやつはひずめで数えられるほどだぞ。
だが、危ぶむなかれ、オレは国王なのだ。恐れなど知らぬ。
歩み寄る老人に対して、オレは勢いよく駆け出す。
そして、老人が従属の魔術を発動する前に、オレの前蹴りがその顎にクリーンヒットした。老人は静かに後ろに倒れる。
あれ。おかしいな、こんなに弱いはずがないのだが。
まあ、そんなことはいまどうでもいい。
「メエー、メエー(お前たち、助けにやってきたぞ。さあ、我らが故郷へと帰ろう。)」
囚われた国民たちに呼びかけるが、反応は予想外なものだった。
「、、、メ、メェ~?」
困惑した瞳で、言葉として成り立っていない事を口にする国民たち。
もしや、あの老人の洗脳がまだ解けていないのか。
でも、そのわりには弱かったしな。
いや、待てよ。聞いたことがあるぞ。異世界へ飛ぶ際の負荷によって、記憶を失ってしまう事例が。
つまり、あれか、日本という世界に転移する際に、一人のもれもなく全員が記憶を失ってしまったのか。おそらくだが、この世界はほかの異世界よりも特殊な世界なのかもしれないな。
それは、別の機会に解明するとして、今すべきことは国民たちを無事に故郷へ返すことだな。
ふと、意識を失っている老人に視線を落とす。
それにしても、この世界は人間がヒエラルキーのピラミッドの頂点に立っているのか。そして我らがヤギたちはピラミッドの最下層に位置していることがなんとなくわかる。
この世界においては、われらヤギたちは人間にエサを与えられ、限られた囲いのなかでの生活を余儀なくされているのだろう。
言い換えれば、囚われの身といったところか。
ほんと、わが故郷とは真逆だな。
我らが故郷、統一都市国家ハルカ王国では、ヤギがヒエラルキーのトップに君臨し、人間たちは奴隷としてわれらの生活を支えるために日々働いているのだ。
そこでオレは1つの名案を閃いた。
せっかくこの世界にやってきたことだし、もっとこの世界のことを知ってわれらが住みやすい世界であることがわかれば、いっそのこと、ハルカ王国の第二都市として、人間からその支配の座を奪い取るのも悪くないかもな。
ハルカの勇敢な戦士たち、そして国王としてのオレの力をもってすれば、そう難しいことではないだろう。
それにしても、ここで呆けている老人はどうしたものか。
殺してもいいが、貴重な将来の奴隷を1人なくすのも惜しいし、形はどうであれ、わが国民を養ってくれていたからな。見逃してやるか。
老人の横を素通りし、囲いを軽くジャンプして超えて、外にでる。
記憶を失った国民たちは置いてくることにした。囲いの外がどんな場所かわからない限りは、まだあの場所の方が安全だろう。
少し道なりに進んでいると、地面の感触が急に変わった。柔らかかった感触が、いまやコツコツとした固い感覚になった。未体験な感覚に襲われるが、この灰色の整った道も悪くないな。
なんといっても、この歩く際の音が最高だ。
コツ、コツ、コツ、
道すがら、何人かの人間たちとすれ違う。驚きの顔を浮かべる者もいれば、平然としている者もいた。
だが、魔法力を透視してみたが、誰一人として魔法力は有していなかった。もしかすると、この世界には魔法という概念すらないのかもしれないな。
それに戦闘力も高くなさそうだし、征服しようと思えばすぐにでも出来そうだな。
そして、やはり確信する。この世界は、人間たちが支配しているということを。こんなこと、ハルカ王国で口にしたら、笑われてお終いだろうな。
人間たちが我らを支配できるはずがないと。オレも今日まではそう思っていた。
「あっ、こんなところにヤギちゃんがいるよ~。かわいい。」
「あれ、ほんとだ。ヤギじゃん。なんでいるの?」
「生で見るの、初めてかも~。」
、、、なんだ、このけばい連中は。3人とも総じて、ハルカ王国では見慣れない格好をした人間たちだな。その短い履物や胸元まではだけさせた服装は人間のオスでも誘っているのか。
ほんと、下等な生き物だな。そんなみだらな格好をして恥ずかしくないのか。
「よしよし。うわー、毛、フワフワしてるよ。ほのかと、りさも触ってみなよ。」
「噛まないかな?」
「大丈夫だよ、二人ともほら。」
「あ、ほんとだ。意外と抱き心地いいかも。」
「抱き枕感覚ってやつ。」
「あはは。」
待て、オレは触る許可など出していないぞ。わが肌は決して蛮族が触れていいものではないのだ。オレに触れていいのは、妃だけなのだ。
それに、さきほどから香ってくるこの奇妙な甘い香りはなんなんだ。人工物による香りだろうか、臭くはないが、強烈な甘い香りに思わず酔いそうになる。
「メエー(離れろ、人間。われに触れるな。)」
「うわー、鳴いたよ。」
「かわいいね。」
「意外と、声って野太いんだね。もしかして、オスとか。」
「なんて鳴いたんだろうね?」
「そりゃ、あんた、私たちJKギャルに囲まれて、嬉しいよ、もっと触ってよって言ってるにきまってるじゃん。」
「違いないね。」
「よしよし、いい子だね。」
言葉が通じてないのか。オレが人間の言葉を理解できないのはわかっていたが、人間もオレの言葉を理解していないとは。
それから、さんざん遊ばれるオレ。国王としての権威はどこへやら。
まあ、いいさ。奴隷たちと戯れるのもたまには悪くないからな。
だが、これだけはいえる、女はヤギに限るな。
「最後に写真撮ろうよ。」
「いいね。」
「じゃあ撮るよ、ヤギさん、こっち見て~。はい、チーズと。」
「見せて、見せて。」
「ウケル。あした、学校でみんなに見せようっと。」
「ばいばい、ヤギさん。」
ようやく解放されたオレ。疲れたな。というか、腹減ったなぁ。こっちにきてから、まだなにも食べていないということに今、気が付く。
そんなオレには、先ほどから微かに美味しそうな香りが鼻をつついている。
美味しそうな香りに誘われて歩いていくと、そこには大量の紙が陳列されている建物があった。とりあえず、なかにいた人間は睡眠魔術で眠ってもらい、その間に余すことなく、その大量の紙を食らいつくした。
なんだか、紙には写真やら文字やらがたくさん書き込まれていたが、まあいいだろう。紙は、魔法の底力になるからな。これで、こっちの世界に来るときに使ってしまった魔力分は回復できたはずだ。
腹も満たしたことだし、天気がいいのも相まって、近くにあった草むらで昼寝をしていたところ、突然近づくものの気配を感じた。
「きみが、通報にあったヤギだね。だめだよ、本屋さんの書物食べちゃ。」
青い服に青い帽子をかぶった人間のオスがオレに話しかけてくる。って、まてよ、その手に持つ網でオレを捉えようとしているのか。
はっ、なめられたものだ。
「メエー(オレがそんなもので捕まると思っているのか。)」
「大人しくしててよ、ヤギさん。」
そう言うと、青服のオスは白い網をオレめがけて放つ。
それを華麗にバックステップしてかわすオレ。
「こら、避けるな。」
「まあまあ、話しかけても通じないだろ。ヤギなんだから。」
「メエー(次、同じ無礼をはたらけば、ただでは済まないと思え。)」
そんなオレの忠告も聞かず、再び青服のオスが網を投げてくる。さすがのオレでも、2回も無礼を許すことはできない。
統一国家ハルカ王国の国王に対しての振る舞いではないな。身の程をわきまえろ。
炎魔術を使い、白い網を焼ききる。
「「え、、、」」
青服のオス2名は、驚きの声をあげ、固まってしまう。どうやら、我らヤギの真の力を思い知ったようだ。
固まる青服2名を横目にして、再び歩き始めるオレ。
さてさて、どうしたものか。記憶を失った国民たちをどうしたら早く見つけることができるだろうか。
今日これまでの様子からして、人間から危害を加えられた可能性は低いと思われる。
だが、誇り高き我らヤギを家畜として扱っていることは、断じて許しがたい。いち早く、彼らを解放しなくては。
「おいこら、待て、ヤギー。」
「もう逃がさないぞ。」
先ほどの青服2名がオレの後を追ってきたようだ。しかし、先ほどと違うのは、他にも数名のオスが加わっていることだ。
「猟銃会のみなさん、あのヤギです。」
「先ほどは不可解な現象が起こったので、注意してください。」
「あいよ、まかせな。」
追加したオスたちはみな黒くて長い武器のようなものを構えている。
バァン。
鋭い音とともに、その先端からなにかが飛び出してくる。複数の得体のしれない物体がオレ目掛けて飛んでくる。
だが、そんなモノがこの国王であるオレに当たるわけがない。
反転魔術を使用し、得体のしれない物体を発射したオスたちが自らそのブツの餌食になる。
「うわ、麻酔銃が猟銃会の皆さんに跳ね返ってきたぞ。」
「ヤバい、ヤバいぞ、このヤギは。」
ギロり。
「と、とりあえず、猟銃会の皆さんの手当てを。」
「そ、そうだな。」
青服2名が右往左往している間に、オレはその場を後にする。厄介ごとは、もうこれでこりごりだぜ。
「メエー(あばよ、オレの力を低く見積もった愚者たちよ。)」
それにしても、同志を見つける算段をどう着けるか。
まあ、とりあえず人口の多い場所にでも行ってみるか。人が多ければ、それだけなにかわかるかもしれないし。
オレは、移動魔術を発動し、前もって把握していた都心部と思われる場所へと移動した。
一瞬の光に包まれたあとには、人間のオスとメスが大量にいる場所に立っていた。やれやれ、日本という国はこれほどまでに人間が増殖しているのか。甚だ、驚きだな。
「あれって、ヤギだよな?」
「なんで、表参道にヤギいるの?」
「まさか、動物園から逃げてきたのかな?」
好奇の目に晒されながらも、堂々と闊歩するオレ。ヤギよりも下等な生き物の視線などまるで意に介さない。
しかし、木に蛍光色を付けたこの装飾はどうかと思うな。これが人間からすれば、綺麗なものなのだろうか。
我々とは、やはり価値観が合わないな。
「明日のお天気は、一日中晴れとなります。また一段と寒さが増してきましたが、このイルミネーションを見るために今日もたくさんの人で、ここ表参道は賑わっております。」
なにか、黒い箱のようなものをオスが背負っており、若いメスはそれに向かって一生懸命に話しかけている。なにかの通信機器なのだろうか。だとしたら、日本各地にいるわが国民たちに国王であるオレの声をぜひとも届けたい。
そんな思いを胸に、黒い箱に話しかけている若いメスへと近寄る。
「わっ、ヤギさんじゃん。なんでこんなところにいるの?今、お天気の中継中だからどっかほかのところに行こうか。」
どうやらオレのことを疎ましく思っているようだ。
「メエー(いいから、オレに話しをさせろ)」
オレの強い声に全身をこわばらせるメス。その声に釣られてか、黒い箱が今度はオレのほうへ向けられる。
これは、チャンスだ。
「メエー、メエ~(わが同胞たちよ、統一国家ハルカ王国の国王であるギルサンダーである。)」
「なに鳴いているんだろうな。」
「知るか、ヤギのことなんて。」
黒い箱を構えるオスたちがなにかひそひそと話しているようだが、気にしない。
「メエー(わが国民たちを故郷へ連れ帰るべくわたしはここに来た)。」
「メエーメエー(今は記憶を失い、人間どもに家畜のような扱いをされているかもしれないが、必ずやお前たちを救い出してやる。」
「ねえ、ヤギさん。もうあっちいこうか。」
ガブッ。
若いメスが追い払ってきたので、思いっきり手を噛んでやった。オレの演説中によくも入ってきたな。
「痛っー。おいこらヤギ、人間なめんなよ。食ってやろうか。」
なにかメスが顔を赤くして怒っているようだが、気にしない。
「メエー(最後に、わが国民にこの歌をささげる)」
「おいこら、ヤギ。どっか行けって。」
おい、ツノを引っ張るな。
フンッ。
ツノを引っ張るメスに渾身の前蹴りを食らわす。
「痛っ。ヤギの分際で調子乗るなよ。」
人間の分際でなにかまだ叫んでいるようだ。だが、まあ今は気にしないことにする。
「メエー(ハルカ王国の国歌、独唱)
メ、メエー(白き纏が覆い尽くすは、至高の国家、ハルカ王国)
メエー、メエー(歌い枯らせ、賛美歌を)
メエー(すべての軍勢が、その軍門に下る)
メエ、メエー(ハルカのヤギたちよ、祈れ、終わりなき繁栄を)
メエーーー(そして、叶えよう、すべての望みを)」
綺麗に歌いきる。
そして、しばらくの間、沈黙が流れる
「こわ、怖いんだけど、このヤギ。めっちゃメエメエ鳴くじゃん。えっ、これなにかの呪いなの?」
さきほどのメスが、まだ懲りずにオレに突っかかってきているようだ。
だが、まあいい。なにを言っているかわからないが、今のオレは国家独唱が出来て、非常に気分がいい。
なんだが、周囲が騒がしいが、気にしない。
「おい、ヤギが逃げるぞ。」
「まて、動物園に送り返してやる。」
いつの間にかオレを取り囲むようにして蛮族たちの輪ができていた。オレの歌声にほれ込んだ、とかではないようだ。
オレを取り囲む人間たちの輪が少しずつ狭まってくる。まさに、獲物を捉えようとしているような雰囲気がする。日常に浮き出た非日常を取り除こうとしているかのようだ。
オレには、人間たちが優雅に暮らしているほうがよっぽど、非日常的だがな。
迫りくるは人間たちの脅威。
だが、オレは焦らない。なんせオレは、羊たちとのマラータ戦争や牛たちとのテルモン戦争の最前線をくぐり抜けてきた男なのだ。
あの時の戦いに比べたら、これくらいどうってことない。
「よし、みんなで捕まえるぞ。」
「いまだ、押さえつけろ。」
数多もの人間どもがオレに覆い被さるが如く一斉に襲い掛かってくる。対するオレも、蛮族どもを迎撃すべく魔法を発動する。
安心しろ、人間どもよ。殺しはせぬ、お前たちを奴隷にする必要があるからな。
そのとき、人間たちが最後に見たのは、静かに笑うヤギの姿であった。
この日、この瞬間がのちに、人類に対してヤギたちが反乱を始めた、最初の日として記されている。
「英雄王ギルサンダーの叙述詩」として、幾年後かの日本において、ヤギたちの間で大ヒットセラーになった本の1ページにはそう書かれていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
本作は、ヤギを主人公とした作品となっておりますが、書いておきながらどの層をターゲットにした作品か、我ながらわかりません。
しかし、ふとしたきっかけから、ヤギを題材にした短編小説を書きたいなと思い、書いてみました。
少しでも、楽しんでいただけたなら幸いです。