鮎釣りに行こう!そして、腹を割って話そう
昼ごはんをとった後、俺とロックは焦っていた。後部座席のユイが寝てるのを確認した後俺はロックにひそひそ声で話す。
「なあ、晩ご飯どうすんだ? 今日こそ猪狩るしかなくないか?」
「でも今日も猪見かけないぜ。あのお嬢様にも我慢ってのを覚えさせるいい機会じゃねえか?」
「そうかなあ。めんどくさそうな事になりそうだけど」
「でも俺の予想じゃかなり順調に進んでるから、ちょっと狩に時間を費やしてもいいかもな。ん? ありゃなんだ?」
目の前に突然、一瞬廃墟にも見える建物が現れた。しかしほんの少し壁がガラス張りになっているところから、蛍光灯の光が見える。こんなところに電気が通っているのだろうか。ボロボロの立て看板には『オトリ鮎あります』と書いてある。
車を建物の前に止め俺とロックは降りる。
「なあロック、オトリ鮎ってなんなんだ?」
「鮎を釣るのに必要な鮎だ」
そう言ってロックは建物に入ってしまう。俺も後ろからついて入った。
中は釣竿や釣り糸、釣り針に魚の形をしたおもちゃ等の釣り具ばかりだ。
「いらっしゃいませ」
「?!」
音もなく後ろにおじいさんが寄ってきていた。店と良い勝負なほどヨボヨボだ。白い髭を蓄えて髪の毛はもう無い。ロックは驚く様子をあまり見せず話しかける。
「えっと、店員さんですか?」
「はいそうです。ここの経営しとります釣沢匠と言います。釣りをしにきたのですかな?」
「いや用があってきたわけじゃ」
「それは誠残念でございます」
「ここは釣具屋なんですかおじいさん」
「その通りでございます。今の時期は鮎がよく釣れますぞ」
へえと返事をしてロックは店内を物色しはじめた。俺は近くにあった水槽の中の魚たちを眺める。
「よし! 釣りしてくか!」
「え?! 俺釣りなんてした事ないぞ。ロックは釣りできるのか?」
「俺も海でしかした事ないし、鮎の釣り方は特殊だ。でも釣り方は知ってるからなんとかなるだろ!」
「おお! それならこのジジイが付き添いで教えましょうぞ。どうせ他に客もこんことですし」
「それでいいのか……」
「確か鮎は友釣りって釣り方なんだよな」
「そうでございます」
「トモヅリ?」
「鮎は縄張り意識が強いから、別の鮎が自分の縄張りに来ると体当たりで追い出すんだ。その習性を利用して、囮の鮎を泳がせて体当たりして来たところを針に引っ掛けるんだ。で、あってるよなジイさん」
「その通りでございます。鮎の友釣りは初めてとのことで、釣り具一式はこのジジイが選びますぞ。車の中の人も合わせて3人分でよろしいですかな?」
「ああ、値段はどのくらいだ?」
「そんなもん後でよろしい! さっさと釣りにいきましょうぞ!」
「あのおじいさんノリノリだな」
「久しぶりの客で必死なんだろ。高いの売りつけられるかもしんねえから釘刺しとくか。ジイさん! あんまら高い釣り具選ぶなよ!」
車のユイを起こしてから店からすぐそこの川に移動する。その河原でおじいさんによる釣り講習が始まった。
「友釣りは基本的に川の中に入ってしますぞ。ここら辺は深くても腰には届かない水深で、流れも穏やかですし安全でございます。さあみなさんもそこに置いてあるのを身につけて川に入って来てくだされ」
俺たちは水を弾くでっかいズボン、いわゆるウェーダーを着て、滑り止めがついた長靴を履く。俺たちはおじいさんに付いて川に入った。
「この石をみてくだされ。藻が少し削れておりますな。これは鮎が藻を食べた後なのです。ここの川に鮎がおる証拠ですな。こういう岩に向けてオトリを泳がして鮎を釣るのがコツでございます」
おじいさんが水に浮かせてたオトリ鮎の入った容器を引き寄せる。鮎を1匹取り出し
「釣り針をオトリの鼻の穴とお尻の穴にこの通りに通すのです」
目の前でおじいさんがするがどの通りだかさっぱりわからない。
「こうかジイさん」
「そうです。なかなかセンスがありますの」
ロックはわかったようだ。俺とユイはなんとか釣り針を通す。
「そして鮎がいそうなところにオトリを泳がせて、こんな感じになって感触が変わったら釣竿をこうやってこうするのですぞ!」
これも何をしたのかさっぱりわからないが、オトリ鮎の後ろに鮎が針に引っかかってついて来ていた。
「こうか? おおっ! 釣れたぞ!」
ロックには釣りの才能があるらしい。ポンポンと鮎を釣り上げていく。おじいさんは河原に座って俺たちを眺めていた。ユイと俺はまだ釣れていない。釣れない2人でお喋りだ。
「全然釣れないね。水も重くて歩きにくいし日差しもキツイし、やめちゃおっかなー」
「まあまあユイ、あそこの石とかどうだ。流れも結構ゆるいしオトリを泳がせやすそうだけど」
「ここ? あ、オトリが自分から行った」
クイックイとユイの釣竿の先が今までにない動きをみせた。
「お、重くなった! 釣れたかも?!」
「し、慎重に引き寄せよう!」
「わ、わ、わ」
「ユイ! 網! 網に入れるんだ!」
「忘れてた! ええい!」
ポーンと2匹の鮎が水面から釣竿のしなりで持ち上げられ、ユイは上手く網でキャッチした。
「やったー! 釣れたよ! ロック、おじさん! つーれーたよ!」
「俺も早く釣らなきゃな」
おじいさんは笑顔でこちらを見ていた。まるで孫を見守る祖父だ。
そのあとロックはドンドン鮎を釣り上げ、それには敵わないがユイも釣果を伸ばしていった。
最終的にはロックが69匹、ユイが13匹釣り上げた。俺は、0匹。ボウズだった。
「あ、ボウズだ。早く魚焼いてよ」
「おいボウズ! 車に炭取りに行くならテントとかも全部持って来てくれ。今日はここに泊まるぞ」
「ホッホッホ、ボウズでしたな。ですが楽しそうに見えましたぞ。またチャレンジしてみるとよろしいですぞ」
ボウズだった俺は雑用をやらされた。テントを設営している間にロックは炭に火をつけ串に刺した鮎を焼き始めていた。
「こうやって遠火でじっくりが美味しくなる焼き方だ。まだまだ時間がかかるから、ヨダレをふけユイ」
「ジュルルルッ」
「ジイさん、釣り具のお代だが」
「ああ、ここは店の裏の河原ですし、ここに泊まるなら明日の朝で良いですぞ。鮎を味わってくだされ」
「いや今払うよ、財布は……ってあれ? ジイさんどこ行った? まあ明日払って欲しいなら明日払うか」
すっかり日が暮れると、ロックは事前に川で冷やしていた一升瓶の日本酒を持ってきた。
「っしゃじゃあ食うぞ!」
「美味しいな鮎!」
「うん! やっぱり生臭くないし何というか良い香りね! 内臓と頭に骨まで食べれる! 皮も当然美味しい」
「やっぱ酒に合うなあ!」
食べた分ロックが鮎をまた焼き始める。しかし途中からロックが酒に酔って寝てしまったので鮎を焼くのは俺の係になった。
鮎を裏返しているとユイが突然鮎を目の前に差し出してきた。
「はい、あーん」
「え、なんだ突然」
「いいから、ホラ手もうまってるし、あーん」
大人しく鮎にかぶりついた。少し照れくさい。でもなんだかあったかい気持ちになる。
ユイは口をとがらせて話した。
「ちぇっ、アツゥ! ってなるように火に近づけといたのに」
「い、イタズラだったのか」
鮎を全部食べた俺たちは炭に木の枝を入れて焚き火にした。ユイは今日は紅茶じゃなくほうじ茶を入れてくれた。火をかこみ、お茶を飲みながら話す。
「ねえ、和泉君。記憶喪失ってホントなの?」
「え?! 本当だけど、なんでだ?」
「それにしては覚えてることが多いなあって思って。ホントは嘘なんじゃないの? 私にだけ教えてよ」
「いや、その、うーん」
「もったいぶらずにさ、そんなに教えたくないことなの?」
「じゃあ、俺が2015年から来たって言ったらユイは信じるか?」
「へえ、聞かせてよ」
「俺が生きてたのは2015年なんだ。気がついたら2700年にいた。タイムトラベルしちまったらしい、凄い技術力の超東京に行って帰るのが目的でロックに付いてってる。どうだ、バカらしいだろ? 忘れてくれ」
「ううん。聞きたいな。2015年ってどんな生活してたの?」
「ふつうに高校に通ってた。毎日学校に行って、好きな授業は真面目に受けて、興味ない授業と休み時間は友達と喋り倒してた。時々先生に怒られるけど。放課後はそのまま友達と遊びに行ったり、帰って地元の中学の友達とバッセン行ったりしてた」
「高校? 中学? バッセン?」
「あーバッセンはバッティングセンターの事で、遊ぶとこ。えーっと、学校は分かるか?」
「うん。勉強するとこでしょ。子供の頃ちゃんと行ってたよ」
「2015年というか、俺の生きてた時代はな、小学校に6年、中学校に3年は通う義務があって、行きたい人は高校と大学に行くんだ」
「へえ、なんか楽しそうだね。話し方で伝わっちゃうぐらい」
「まあ実際楽しかったよ」
「家族は?」
「俺は一人っ子だったけど、親とは仲よかった方だと思う。おじいちゃんやおばあちゃんとも仲よかったし、叔父叔母とか大叔父とも良く夏休み会いに行ってた。」
なぜか今、ユイの前だと俺の口は止まらない。
「1年に1回親戚が集まって、遠い方の有名なテーマパークに行くんだ。近い方のテーマパークは良く友達と行くからもう公園って感じなんだけどさ、遠い方のは何回行っても、まさに夢の国って感じで、毎回子供に戻れるんだ」
「うん」
「そこで色ついた10個セットの消しゴム何個か買ってクラスにお土産で配ったらさ、みーんなこの消しゴム消えにくいって文句言うんだよ。俺がそのテーマパーク限定で売ってるプリントされた自販機の飲み物飲んだら、女子なんかそっちの方が欲しいって言ってさ。もちろん仲良い友達にはちゃんとしたお土産買ったんだよ」
「和泉君」
「あれ? なんで俺泣いて」
自然と涙が溢れていた。懐かしい家、友達、学校、先生、会いたい帰りたい。もう気持ちを止められない。
「帰りたい…… 俺、帰りたいよ」
涙が頬を伝う。鼻が詰まる。息が乱れる。
「俺の時代に、学校に、家に、帰りたい、帰りたいよ俺ぇ……」
「うん。帰ろう。私も手伝う。だから絶対帰ろうね」
「ゥグスッ、うん。ありがとう。絶対、絶対帰る」
「よしよし」
ユイが俺の背中を撫でてくれた。
「なあユイ、もうちょっと聞いてくれるか?」
「うん。気がすむまで話して……」
その時のユイの顔はとても優しい笑みだった。その時のユイの声は気持ちが暖かくなるものだった。
俺とユイは結局深夜3時ぐらいになるまでしゃべり続けた。
「おはようお前ら! 良い朝だな! 今日も運転しまくるぞお!」
「お、おはようロック」
「なんだ和泉寝不足そうだな、何時まで起きてたんだ? 顔グッシャグシャだぞ。川で顔洗ってこい。すぐ朝飯食べて、準備して出るぞー。おーいユイ起きろ。うわっお前もすっげぇクマだぞ?!」
俺は言われるままに顔を洗い、朝ごはんを食べてテントをたたむ。爽やかな朝だったがロックの声でそれは終わりを告げる。
「き、きてくれお前ら!」
「店の方から声したぞ。ユイ行こう」
「もう! 眠いのに、何の用かしらロック」
店に入ろうとすると、明らかにおかしいことに気がつく。窓が全部割れていたのだ。中の商品棚も倒れ壊れ、商品は散らばっている。蛍光灯も割れて水槽には汚水が溜まっていた。
その建物は数年とかそういうレベルじゃないぐらい風化していた。
「え、なんでこんなボロボロなんだ?」
「き、来たか和泉、ユイ。おかしいだろ? 俺たちが通ってきた道も突然、なんにも整備されてない獣道になってるし」
「そうだ、おじいさんは?」
「いねえんだが、その、奥に、白骨の死体が……」
ゾッと背中に寒気が走る。
「その、なんか、変に寒くなってきたし、そろそろ行こうよ、ね? ね?」
「そ、そうだな、さっさと行こう。出来るだけ早く」
俺たち3人はそそくさと車に乗り込んだ。
ガシャンッ!
建物が崩れた。店の壁は、とっくに自立できないぐらいに風化していたのだ。
ロックが無言でアクセルを踏みしめた。急加速で首が打ち付けられるが、誰も言葉が出なかった。
いつもより長くなっちゃった。




