ここから始まる物語
ヤラーンは左腕を顔の高さに、右腕は一段低く少し後ろ。両拳は握り締められ、足と脇は大きく開かれた構えだ。
俺は左半身を前にし両腕を胸の高さに、手を開き足も肩幅程度に開いて力を抜き構えを取った。
2人が見合う。空気がはりつめる。
ユイが2人の間に流れる空気を見つめて瞬きすらしていない。
俺は動かずヤラーンの出方を待つ。ヤラーンは血走った目をこちらに向けながら俺の隙を伺っている。共に動かない。
「和泉……」
祈るようなユイの声が俺に向けられたその瞬間、ヤラーンがしびれを切らしたのかこちらに向かって走ってきた。
攻撃範囲内に入るその数歩前でヤラーンの身体が左に傾いた。右脚が真上に上がり180度近く開脚する。天からカカトが降りかかってきた。フライングニールキックだ。
俺は最小限横に動きカカトを躱すが、右足が地面に着いた途端に次は左脚による蹴りの連撃が来た。追加攻撃を避けるため一旦敵の手の届かない範囲まで後ろに飛び避ける。
ヤラーンは素早い動きで、俺が飛んだ瞬間を見逃さず詰め寄ってきた。俺の着地の瞬間に合わせて右腕で大振りのパンチをする。左腕でガードせざるを得ない。ガードの衝撃で動けない所にヤラーンの打撃。
拳、拳、肘、膝、足の甲、肘、拳、ここまでは全て防ぐが、髪の毛を掴まれヒザ蹴りを顔面にモロに食らう。
よろけた所にヤラーンのラリアット、それを俺はあえて懐まで飛んで受け、さらに顔面に右エルボーを食らわせる。
畳み掛けるなら今だ。左腕を振りパンチを繰り出すが、その拳はヤラーンの右腕に止められる。ヤラーンの左拳が俺に襲いかかるが、その手首を右腕で弾き、そのまま右正拳突きを腹部に叩き込む。しかし今までと違いその拳がめり込むことはなく、腹筋にダメージを軽減されてしまう。
右腕が掴まれ、鉄球を食らってしまった額に頭突きをされる。さらに右回し蹴りを頭部に当てられ吹っ飛び転ぶ。そこにヤラーンのストンプ。転がり躱すが、脚を掴まれ振り回されて投げられる。
受け身を取りすぐ立ち上がる。ヤラーンはアマレスのようにタックルしてきたので、頭部に真正面から雄叫びをあげながら右正拳突きを叩き込んだ。
「うおおおおお!」
よろめいたヤラーンの上半身を、俺は左ボディブローののちに右アッパーで丁寧に叩き起こし、ガラ空きになった脇腹に左フックを当てる。
すると俺の右手首をヤラーンは左手で掴んでいた。そして笑いながら空いた手で俺を殴る。負けじと殴り返した。お互いノーガードだ。
ヤラーンが俺を殴る。俺が殴り返す。俺がヤラーンを殴る。ヤラーンが殴り返す。2人の顔はドンドン腫れていく。
ヤラーンは俺を殴った瞬間握っていた手を離した。距離を取ろうとするが、殴った右手首を次は俺がつかみ返し、ヤラーンを挑発する。
「まだ続けるよなあ?」
「うおあああああ!」
ヤラーンは挑発に乗り左腕を振りかぶるが、パンチの前に掴んだ腕を肩に回し、そのまま背負い投げた。宙に浮いたヤラーンの腹をさらに殴り吹っ飛ばす。
地面に転がったヤラーンに追撃をしようと俺が近づいたところを、ヤラーンは腹ばいのまま俺の方に飛んできて、足首を掴まれ転ばされる。
ヤラーンは転ばされた俺の後ろに素早くまわり、右脇の下から首に腕をまわす。裸絞、またの名をチョークスリーパーを決められてしまう。
空いた左手で、首を絞める腕を外そうとするがビクともしない。首が絞められ、息ができないどころか骨を折られそうだ。ヤラーンの手首を掴み何度も何度も引っ張る。次第に意識も遠のく。
「和泉ぃぃい!!」
耳をつんざくような大きさのユイの叫び声がした。
そうだ。俺は一旦左手から力を抜く。そして一気に力を込めてヤラーンの手首を握りしめる。ビチビチと肉の千切れる音がする。俺の指がヤラーンに食い込み血が出る。
「熱い!!」
そう言いヤラーンの力が弱まる。腕を引き離し裸絞から脱出。止まらず握った腕とは逆の腕に腕十字固めを決める。
握られたヤラーンの手首は、俺の手の形の外側に沿って裂け、さらに火傷している。あまりの圧力に温度が上がったのか。なんにしろ骨も折れて役に立たないだろう。
ヤラーンは立ち上がり、腕十字を決められた腕ごと俺を持ち上げ、頭から2度、3度と地面に叩きつける。後頭部から血が出る。
ミシリ、と肉と骨が擦れ合い潰れるような不快な音。
俺がヤラーンの腕を折ったのだ。腕から離れヤラーンの目の前に立つ。そしてヤラーンは生まれてから1番情けない声をあげた。
「あ、ありえねえ! そんなパワー! 身体が持たねえ、あっていいはずがないんだあ!」
「うるせえ!」
みぞおちへの正拳突き。肘近くまでヤラーンの身体にめり込んだ。そこにはまた拳の形に火傷があったらしい。
ズシリと音を立てヤラーンの身体が落ちる。死んだのだ。
「勝ったのね、和泉君……やったのね」
「さあ、ねぼすけを起こそうぜ」
俺はロックを指差しながら言った。
ーーーーー数日後
俺はヤラーンを倒してからタリナーの隠れ家のベッドの上にずっといた。ロックはバスローブに守られていたので大したケガ無く、2日寝たら仕事と言って出て行ってしまった。俺がする事はご飯と睡眠以外は、ユイが来てお喋りと、彼女が持ってくる本や新聞だ。
新聞には暴動でヤラーンは殺されたので、法に従いスグ新しいカプカム守護を決め、暴動を鎮圧したらしい。
実際にはその守護はタリナーの根回しによって決められた人物なので、暴動も自然と消滅しただけとユイが話していた。
たらふく食べてたらふく寝た俺は、額の傷口も消えて殴られた身体中の痣も消えて、なんなら戦闘前より元気で少しふくよかになった気さえしていた。そんなある日、ロックがユイと一緒に俺の部屋に久し振りにきた。
「和泉お前だいぶ元気になったな! んで急でわるいけどよ、明後日には超東京目指してカプカム出るぞ! こいつも連れてな」
ロックはユイの肩に手を置いた。
「え、急だな。まあいいけど。あと何でユイも?」
「コイツは親代わりだったオバちゃんも居なくなっちまって、俺はここに残って一人暮らし薦めたんだけど、寂しいからどうしてもってさ!」
「もうロック。たしかに、そうだけど。ここには何も無いし、色んなものがある超東京に行くのもいいかなーって思って」
「へぇ。賑やかでよやそうだな」
「うっし。じゃあ明日は丸一日準備して、明後日に昼飯食ってから出発だ」
「どうやっていくんだ?」
「タリナーのみんなが車くれたんだ! それもタイヤがバカデッカくてスッゲエかっこいいやつ!」
「ホントはね、あたしが付いてくって話してたらみんながくれたんだ」
「えっ!?じゃあユイが付いてこなかったらもしかして徒歩だったのか?!」
「いっいや、徒歩はねえんじゃねえかな……チャリとか」
「ありがたやぁ〜ありがたやぁ〜」
俺はユイの膝下で手をすり合わせた。彼女がヘッヘーンと胸を張る。ロックが咳払いをして話し始める。
「そんで計画だがなあ、まずトツカ森林地帯を抜けてカフーク村ってデッケエ村に行くんだ。キョリ的には大したことないんだけどよ、トツカ森林地帯はほとんど整備されてねえからカフーク村まで数日かかっちまう」
「トツカ森林地帯を抜けてカフーク村と」
「んでカフーク村で船に乗ってハマナ大工業地帯だ。そこで一仕事したらもう超東京だ」
「えっ、すぐだな」
「あたしセントラルタワーまで行きたーい」
「ユイ、高いだけであの辺政治都市だしおもしれえもんねえぞ? しかも超東京の中心にあるから結構遠いし」
「ええーいいから行こうよー」
「とにかく着いてからだ! まずは明日の準備。目の前のことからやってくぞ!」
「はーい」
ロックがプリプリしながら部屋から出て行った。ユイはかなり浮かれている。
「ね、和泉、何もってく? あたしは化粧品忘れないようにして、野宿でキャンプするって行ってたから、夜に遊ぶトランプとかボードゲームが良いかな! あ、でも焚き火囲ってギター弾いたりしたい!」
「ギター弾けるの?」
「ううん」
「なんでい」
ユイが突然声を上げ指を指し
「あ! このポットとティーカップも持ってかなきゃ! お茶っぱも忘れないように。あ、便利さを考えると蚊取り線香もいるよね、森の中行くんだし。それなら山菜図鑑も……」
「ハハハ…… 楽しそうだな」
まるで修学旅行の準備をする学生のようだ。
みんなで3DS持ってってモンハンしよーぜ。でも没収されたらやばくね? じゃあ安定のトランプ? いやここはジェンガだろ。バカおめえ下にめっちゃ響くじゃん先生いたらスグ没収されんぞ!
俺はそんな懐かしい会話を思い出してますます自分の時代に帰りたくなった。
次回は戦闘なしで3人で楽しいことします。




