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「面白いと思わないか」


 ここにいない山下に向けて言った。申し訳ないが、これはそう、ゴルフコンペの最終組の特権と同じだと思ってほしい。ドラコンもニアピンも似たような位置だったら最終組が一番強い。あんたもゴルフコンペに出たことがあるだろ? それぐらいのどおりは大人だから分かるよな。


 ここに来たのは警察ばかりではない。武内忍も姿を現した。救助のヘリや船を望月望に要請してくれたのは彼女だった。あの台風の発生が報じられてからというもの、武内はずっと無線で呼びかけていた、と望月は言っていた。


 それだけでない。こうも言っていた。「どうやら君は武内忍に気に入られたようだね」


 残念ながら山下と島田は助けられなかった。ヘリが到着した時は影も形もなかったそうだ。そして、島田が山下を刺したあのナイフ。あれは護身用だったのか、自殺用だったのか、あるいはもともと誰かを攻撃するために隠し持っていたのか。


 おそらくは、おれ達が船の内装を破壊している時、島田は果物ナイフを手に取っていたのであろう。一つ付け加えるなら、助けられた場所は緯度二十三度四十九分、経度百二十七度五十四分。つまり船は、死体を投棄した位置から全く動いてなかったということになる。


 ふと見ると看護婦が能天気に笑っている。今しがた来た望月望にその容姿を褒められているからだ。食事にも誘われている。そりゃぁ気分がいいだろう。今を時めく望月望だ。だが、何でお前がそこにいる? って思ってしまう。どう考えても望月にお見舞いされるいわれは、おれにないんだ。


 どうやら望月の目的は他にあるようだった。部屋付きの看護婦さんがいたくお気に召されたようだ。ちょくちょくやって来るのはいいが、ずうずうしくも勝手に部屋に入って来て、漫画を広げてくつろいだりしている。


 まぁ、百歩譲っていちゃつくのはいいが、望月も、看護婦さんも、そんなことはどこかでやってほしい。おれはこう見えても忙しいんだ。今回の一件を手紙に綴っている。それももうほとんど終わりに近づいているのだが、完成した暁にはびんに入れて花と一緒に沖縄の海に流そうと思っている。それもなるべく沖で。


 稲垣陽一に海流統計図を見せてもらったことがあった。それによるとあまり近い海だと潮に運ばれて本土の方に行ってしまう恐れがある。真相を知りたいと心より思っているのは警察やマスコミではない。他でもない山下、水谷、島田、横山の四人なのだ。それと稲垣。彼には結果を報告しなければならない。


 死者が海底にいる。それでびんでメッセージを流す方法をあえて選んだというのもある。が、事件の流れから言えば、これをやっておかなければ締まらないということを分かってしまった。心配はある。もしかしたら稲垣はこの行為をすでに行っているかもしれない。だとしたら重複するが、それはそれで仕方のないことだろう。このびんを海に流す行為をすでに稲垣がやったかどうかはおれには知らされてないのだ。


 それに、稲垣だって間違いはある。この行為をやってないとしたらそれは稲垣にとって重大な落ち度なになろう。前におれは、稲垣を騎士に例え自分はその従者とした。従者は騎士の尻拭いをしなければならない。乗り掛かった舟でもある。通常は、真相を書いた紙をびんに入れて流すのは真犯人の役目だ。が、しょうがない。代わりにやってやろうかとおれは思う。





――― 壜の中の手紙。《位置、緯度二十五度、経度百二十九度》


 山下賢治様、水谷正人様、島田恵美様、横山加奈子様 そして 稲垣陽一へ



 山下様、水谷様、島田様、横山様の皆様におかれましては、このような結果になり、心よりお悔やみ申し上げます。また一日も早く成仏出来るようお祈り申し上げます。


 特に島田様には申し訳なかったと思っております。最後の最後、貴方様はわたしを守ろうとして下さいました。ですが、貴方様をあのように動かしたのはわたしの言葉があったからだと推察致しております。それはうぬぼれかもしれませんが、わたしがいっしょに生還しようだなんて言わなければ貴方様は助かっていたのかもしれないのですし、後悔して止まないところですが、その一方で貴方様には今なお気の毒な思いをさせているんじゃないかと心配でなりません。おそらくは爆風で飛ばされた時、島田様は生きていたと存じます。ところが瀕死の山下様が貴方様を離さなかった。貴方様は山下様の道連れにされたのではないでしょうか。


 必死に逃げようとしているのを山下様が無理やり海底に引き摺り込んだのだとわたしは勝手に想像しております。そして、もしかすると貴方様は暗い海底でまだ山下様に捕まっているのではないでしょうか。私の、この考えが間違っていることを願いますし、もしそうだとしたら一日も早く解放され成仏されることを心よりお祈り申し上げます。


 さて、山下様、水谷様、島田様、横山様の皆様方におかれましては最後まで見届けられた者として全貌をお話しする責任がある、とわたしは感じております。申し訳ありませんが、しばしの間、お付き合いください。


 ですが、その前に武内忍から一つ、興味深いことを聞いたので記しておきます。稲垣の船の名前は『インディアナ号』というらしいのです。稲垣は映画のインディー・ジョーンズが好きでこの名をつけたそうです。ご存知の通り考古学者の冒険家が悪者から宝を守る、というか、奪い合うというか、冒険活劇ヒーローものです。


 が、武内の言うそれと稲垣の本心とは違う気がします。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』のインディアン、最近でいうと米澤穂信の『インシテミル』のインディアンなどですが、ご存知でしょうか。犯人の最後が似てなくもないという点で、どちらかといえばアガサ・クリスティーの方に軍配をあげたいのですが、如何でしょうか。


 そして、稲垣の言葉。彼はわたしにこう言ったのです。


「こういうのを太陽がいっぱいって言うんだろ?」 


 正直、あの時は稲垣を馬鹿にしましたが、彼はアラン・ドロンのように完全犯罪を狙っていたと言えるでしょう。事実、身代わりみたいなこともやりましたし、山下様が全て引っかぶった格好になりましたし。







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