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 気温が上がり、昼は過ぎただろう。蒸し暑さと潮のベト付きとで、おれ達三人は目を覚ました。そして、互いが己の置かれた状況を再度確認する。助かったはいいが、絶望的なのだ。航海は八日目の八月七日。カウントダウンの数字から残り四十八時間は切っている。


 誰も助けは来ないのは明白だった。もし救助隊が来たとしてそれは八月十日以降。船が港に着かないのに右往左往し、救助を出して海上を捜索しようってことになる。だが、時すでに遅し。船は海底にあって見つけられない。


 辛うじてだが、この船にはゴムボートがある。それに賭けるしかないのだが、乗り換えたとしておれ達に待っているのは、飢えと渇き、灼熱の太陽。あるいは、また嵐か。前向きな考えにもならず、おれ達は虚ろに目線を漂わせていた。


「あーあ、友達だなんて言わなければよかったなぁ」 山下の独り言である。まだ続ける。「狩場さん、僕がうなされていた稲垣の夢の話、聞きたかったんでしょ」


 返事をする気力もない。それでもなお、山下はおれに言った。


「花火大会の日に僕がみんなに言ったんだ。ずっと友達だって」


 島田は吐き気を催したようだ。可哀そうに、もう出すものが胃にはない。涙やら鼻水やら涎やらを垂らして、舌を出して喉を押さえている。山下が気だるそうに立ち上がった。


「犯人は誰だかさっぱり分からない。僕は混乱している、そう思ってもらって結構だ。もしも、もしもですよ。陽一がこれをやらかしたとして、まぁ、どうやったか分からない。死ぬ前にやったでいい。いいや、なら、正人や加奈子はどうして死んだ? だったらそれこそ幽霊の呪いだって別に構やぁしない。実際僕は、陽一に、やつの自殺の手伝いをさせられたことだし」


 はぁ? こいつ! なんて言った、今。「自殺の手伝いぃ?」


「そうさ。僕はハメられたんだ、陽一に」


「ということは、おまえ。おまえが稲垣を殺したことになるんだぞ」


「僕は陽一の仕組んだトリックにハマっただけのこと。後で考えたらそうなのかも、と思っただけ。確証はない。ないけど、そうとしか考えられない。まぁ、やつは、そういうやつなんだしな、ちょっと気味が悪いところがある。人の心を読むとか」


 それで山下はとち狂っていた。悪夢を見るのもそう言うことだったのか。航海に出る前に、山下は壊れてしまっていたんだ。


「ちょっと待て。だから、どうなんだ。稲垣の死に、あんたはどういう風に係わったんだ」


「ぼかぁぁ今、そんな話をしていなんだよ!」 山下はキレていた。「いいですかぁ。警察も陽一の死を焼身自殺と決めたんですよ。そんなことよりパスワード。ぼかぁぁ、今、その話をしているんです」


 くそ! 話にならんレベルか。「心当たりがあるのか!」


「陽一がパスワードを入れるとしたらなにか、って僕はあの嵐の中で考えた。花火大会の日、僕は言ったんだ、僕達はずっと友達なって」


 そうか! なるほどそれだ、と思った。


 おれがピンと来たのを察したんだろう、山下が言った。


「そうです、パスワードは、ともだち」 


 山下は何かにとりつかれたようにフラフラッと、GPSのディスプレイへ向かった。そして、パスワードに文字を打ち込んで行く。が、何も起こらない。表示された“ともだち”という四文字はコンピューターに掻き消された。


「ね、分かったでしょ。僕は間違っていた。それに恵美、こう見えても彼女のことはよく分かってるし、どう考えても解除のパスワードは僕にも恵美にも無理なんですよ。このことはもう、あのひっくり返りひっくり返りの船の中で分かったことなんです。で、パスワード、あんたなら分かるはずだ。そうでしょ? 狩場さん。もうあなたしかいないんです」


 やれやれ、最終的にはおれか。「言っている意味が分からんが」


「あんたが陽一に頼まれたんだ。だってそうでしょ。三割五分の株を何もしないやつに渡しますか?」


 助けてもらってぇ? あの嵐の中を誰が船を操舵していたと思っているんだ。「冗談にしてはつまらんが?」


「僕は大真面目ですよ。実はあなたがフライングデッキで操舵している時、これしかないって思って、ともだち、って打ち込んでみたんですよ。大変でしたよ。文字一つ入れるのに命がけだった」


 命がけぇぇぇ? おれの同意もなくパスワードを入れて? ああ、それでもう分かったっていったのか。だとして、間違ったパスワードを入れると爆発するって仕組みだったらどうなっていたんだ? おれがフライングデッキで必死こいて操舵している。お前がメインキャビンでパスワードを入れる。ボンっだ。もうやってられっかぁぁぁ。


 自分の中でプッチン切れる音がした。山下に歩み寄る。


 すかさず山下が言った。


「得意の暴力ですか?」


 が、思い直す。そうなんだ。こいつはぶん殴る価値もない。


「いや、おれが犯人てことでいいや。こうなってしまってはその方が幸せかもな。希望がある」


 ふと、山下が笑いだした。何が可笑しいかさっぱり分からない。完全に壊れたようだった。腹を抱え、大きな声を上げて笑っている。


「大丈夫か?」


 山下はまだ笑っている。「いやね、もうパスワードはいらないってね」


「可哀相に。気休めかもしれないが、こんな状況になれば誰でもそうなる」


 船が爆発するまでまだ時間がある。今日のところはそっとしておこう。


「何言ってんですか、狩場さん。僕は正気です」


「もうパスワードはいらないんだろ?」


「あなた真犯人じゃありませんよね」


 だからなんなんだ、こいつ。人を犯人だと言ってみたり、犯人じゃないって言ってみたり。付き合ってたら、こっちまで気がふれてしまう。


「だからおれが犯人でいいじゃなか。そう思ってお前は幸せな気分に浸って、黙ってじっとしていろ。おれは色々と考えなければならないことがある。こう見えても忙しいんだ」


「さっきも言ったでしょ。もうパスワードはいらないんです」


 ますます分からない。もうこいつは使いもんにならない。やはりおれが何とかしないと。「そうだな。違う方法を考えないとな」


「その必要もないんです。聞こえませんか、狩場さん。ヘリの音を」


「へり?」


「そう。ヘリの音が聞こえるんですよ。ヘリコプターの音が」


「どこに!」 サイドウィンドウから西の空、東の空と確かめる。「あ、あれか」


 太陽が見える方向に低空でヘリが飛んでいた。米粒より小さいかもしれない。機体が太陽の光に反射している。青い空に一点、輝きが見えた。


 おれは、島田を見た。島田はうなずいた。


「助かる」


 が、ヘリはというと、余りにも遠くでどっちの方に向かっているのかもよく分からない。あるいは、離れて行っているのかもしれない。


「向こうは気付いてくれてるのか」


「さぁ?」


「何とか信号を送らなくてな」


「だったら狩場さん、船を動かして下さい。爆発させるんですよ。そしたら相手は否が応でも気付くでしょ。犯人じゃなかったら狩場さん、協力してくれますよね」


 当然だ。「分かった」


「僕と恵美はボートを出します。僕がGOと行ったら船を出して下さい」


「了解!」 


 おれは操舵席についた。







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