09
大家敬一の提案に、依然として中井博信は高圧的に大磯孝則を見ていたし、ストライプは従者を信じているのか、俯いたままである。それを言うなら田中美樹である。いかないで、という目でおれを見ていた。もちろん大家敬一のところに行く気はないのだが、なるほど上目遣いでうるうるした目を向けられれば大抵の男は言うことを聞く。
「大切なお話の途中でしょうが」 執事が割って入ってきた。「まだ、わたくしどもの話は終わっておりません。ルールは他にもあります。部屋の持ち主は夕食から十時間、他の方の部屋に一歩たりとも入ってはなりません。お使いになる部屋以外で、言い換えれば他人の部屋で夜を過ごしてはいけないということです。ただしロビーに居て頂いても結構ですし、リビングルームに居て頂いても結構です。共有区画でお過ごしは認めますが、部屋の持ち主は夕食から十時間、他人の部屋に一歩たりとも入ってはいけません」
大家敬一が言った。「それにどういう意味があるんだ」
「マスターのお考えです」
―――マスター。そいつがここにいない以上、話題の発展は望めない。先ほどの、このゲームの目的を訊いた大磯孝則の質問もしかり。
これから何にでも注意を配る必要がある、と思った。ヒントをかき集めて必ずマスターにたどり着く。おれ達は何にしても、マスターと呼ばれる者に会わなければならないのだ。
執事が言った。
「ゲームに当たって、アタッシュケースがあっては不自由でしょう。外しましょう」
執事の両脇に黒覆面の男がそれぞれついた。驚くことに右側の男が持つ盆の上には回転式拳銃が七つあった。執事が続けた。
「その前に説明しときましょう。アタッシュケースを外された方にはこの三十八口径をお渡しします。弾は各拳銃に一発。自殺するもよし、相手を倒すもよし」
冗談じゃない。そう思う一方で、ぐるりと顔を見渡した。皆がどういう反応をしているか知りたかったからだ。総じて戸惑いの表情であったが、その思いは深いところでは違うのだろう。ストライプのスーツの男のように伏し目がちな者もいれば、大家敬一のようにポーカーフェイスを保とうとしている者もいる。中井博信なぞは目をカッと見開いていた。
執事はさらに続けた。「手順はこうです。わたしが名前を呼ぶのでここに来て頂きます。皆様から見て左側の男が身体検査をしますので、それが終わったらわたしの所に来てください。手錠を外します。しかる後、皆様から見て右の男から銃を受け取って頂きます」
信じられないことだが、その手順通りことが進められた。先ず、呼ばれたのは衆議院議員中井博信とその第一秘書の大磯孝則であった。身体検査され、ボールペンやスマホ、車のスマートキーを取り上げられた。因みに執事によると、この館内ではスマホは通じない。電波を遮断しているからだそうだ。
執事が鍵を取り出し、中井博信の手から手錠を外した。中井は手首をさすりつつ、右の男の前に移動する。待っていたのは拳銃だ。中井はそれを受け取ると弾倉を確認する。銃を下に向けシリンダーを開いた。何も言わずシリンダーを元に戻す。執事が言う通り、弾は一発だけ入っていた。
次に日本原子力開発機構理事長の橋本稔が呼ばれた。相棒の西田和義はというと、もういない。
「井田勇様」 プーマのジャージの男だ。
「中小路雅彦様と執事の小西明様」 ストライプのスーツのぼーっとしている男と知性を感じさせる男の対照的なコンビである。
「大家敬一様と株式会社大家の取締役、黒田洋平様」 ヤクザコンビであるが、先ほどのやり取りといい、考えがもっとも実質的で合理的なコンビだ。
「沼田光様」 プルオーバーのセーターが腹の所で肌蹴ている。
まるで儀式のようだった。水を打ったような静けさの中、皆の重々しい足取りと待つ間の従順さ。執事の背中のマリアの絵が悪い。手首から爆弾を外してもらうだけなのに、なぜか神性を感じてしまう。
「田中美樹様と狩場探偵事務所の狩場大輔様」
黙って田中美樹の後ろをついていき、田中が手錠を外してもらうのと銃を手渡されるのを見守った。
全てを終えて執事が言った。
「申し遅れました。わたしは近藤と申します」 自身の腕時計を確認した。「現在午後三時。もう一度確認させてもらいますが、皆さま、ルールは絶対です。もしそれに抵触したならば必ず罰を受けてもらいます。罰は御存じのとおり死です。くれぐれもお忘れなきよう」
誰もが硬い表情であった。頭が混乱しているのだろう。当然だ。殺し合えって言われたその途端、うぉーってな感じで乱闘になるのもなにか不自然な感じがするし、殺し合わなければならないんだという実感がまったく湧いてこない。
そもそもそんな唐突に、人を殺せと言われたって実際人なんて殺せない。精神が病んでいるか、よっぽど追い詰められないと出来ないのだ。逆に、自分の身を守れと言われる方が、実感が湧く。そうだ。政治家先生や原子力の先生が言っていた。国家権力が許さないと。きっと二、三日待てば助けが来る。それまでの辛抱。その間、おれはしっかり田中美樹を守ればいい。
奇妙な儀式が終わってもリビングルームから離れない十一人に、執事の近藤は、おやっと思ったのであろう、言った。
「これはわたしとしたことが大変失礼いたしました。西田様のことがありましたし、色々とあって説明の順番が狂ってしまったので、すっかり忘れておりました。当館を皆様方にご案内させて頂きます」