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 中井博信《高慢》は変装することでおれ達に気付かれず潜伏することに成功していた。近藤は気付いていたのだろう。だが、知らんぷりをしていた。プレーヤーでない彼に指摘する権利もなければ、罰する理由もない。


 銃を拾い、気を失っている中井《高慢》を引き摺って資産家の間に入れた。大磯孝則を殺したのは、自分が死んだと中井《高慢》が周りに思わせるためのものだったのであろう。沼田光《貪食》の首を自分の部屋から外に捨てたが、これはそんなどころではない。トリックとは言えないフェイクだ。非道さもかかけ離れている。なんたって大磯孝則は命運を共にした自分の秘書なのだ。


 中井《高慢》がまた起き上がってきたら、やっかいだった。急いでロープでグルグル巻きにする。おれは壁を背にし、床に腰を落とした。


 リビングを見渡せば、シャツやら女物の下着やら服が、とっ散らかっていた。ここで田中《姦淫》と中小路《怠惰》はキスや愛撫をしながら、服を脱がしたり、自らが脱いだりしていたのだろう。その二人は当然、寝室のベットの中だ。


 いい気なもんだ。


 だが、安心はした。大家敬一《貪欲》と黒田、そして、小西には悪いが、中井博信《高慢》を捕縛出来たのだ。これで殺人の恐怖からは逃れられる。ふと、己の顔を触る。血まみれであるのが分かった。口の中も相当切れているのだろう、鉄臭い味がした。


 荒い呼吸が落ち着くと、腰を落としたそのままで田中《姦淫》を呼んだ。体は一ミリたりとも動かせられない。そもそも田中《姦淫》を無事、東京に帰すことが、おれが己に課した使命であった。ほかのやつらは残念だったが、払った以上の対価は得た、と思えた。田中《姦淫》も喜んでくれるだろう。


 声を発してすぐに、寝室のドアが開いた。田中美樹《姦淫》が全裸で立っていた。行為が終わった直後だから髪は乱れていてもおかしくはなかったが、目が死んでいる。至福の一時を味わったとは思えない怪しげな雰囲気も醸し出していた。


 何がどうなっている。おれは田中《姦淫》が驚き、そして、喜ぶという、期待をしていた。それが裏切られている。いや、思ってもみなかった。田中《姦淫》の柔肌の至る所が血に染まっている。ふらふらと虚ろに歩いて来て、おれを通り越し、ソファーに腰を下ろした。


「中小路を殺したの」


 まさか、と思った。あんなに仲が良かったのに? 「なぜ?」


「この殺人サバイバルで、」 鮮血の田中美樹《姦淫》が言った。「わたしが唯一殺せるって思ったのが、中小路。始めから目をつけていたの」


 唖然とした。いつもくっ付いていたのはそのため?


「わたしの父は中小路のように綺麗な顔をしていたわ。お金も持っていて女にはこと欠かなかった。いつも違う女の人を連れていてまるで花の中心にいるような人生を送っていた。なのに父は、それでも満足しなかった。人生に絶望していて、何事にも無気力で、どんな誘惑にも無防備だったし、逆にそれを楽しんでいたわ。そもそも父は愛情を貰うだけ貰うのだけど、相手には与えることが出来ない。愛情ってものがどういうものか分からないんでしょうね。でも、それでは、女はつまらくなるわ。で、最後は金目当てになる。すれ違いの生活を送り、いつしか別れて、また新しい女。そしてその繰り返し。中小路もそんな男だと思ったの。で、結果は思った通り、彼は男を警戒するけどわたしにはしない。愛情をたっぷり上げたわ。案の定、彼はわたしに酔った」


「何言ってんだ。お前、人を殺したんだぞ。分かっているのか」


「今日で勝負が決するのでしょ。銃声が聞こえた。ついてるわ。上手いぐあいに連続殺人犯も捕まったことだしね。後はあなたがその男を殺すだけ」


 田中《姦淫》が指差した。その先にある中井博信《高慢》は未だ意識を取り戻していない。


「おれは殺すつもりはない。このまま救助を待つ。もうおれ達を狙う者はいないんだ」

「あなた、主人に逆らうわけ?」


「どうかしている。お前、いつからおれの主人だ? おれの雇い主はお前ではない」


「今更何言っちゃってるの。その男を殺せば終わりなの。分かるでしょ、いくら馬鹿なあなたでも」


「出来ない」


「じゃぁ、わたしがやる」 田中《姦淫》はソファーを離れた。近付いて来て、手を差し出した。


「私の銃、返して」


「断る」


 クスクスと田中《姦淫》は笑った。


「そういうこと。本当は、あなたもわたしがほしいってわけね」


 おれの頬を田中《姦淫》の指先が悩まし気になぞっていく。それが首筋に達した。


「触るな。下がれ」


 銃を田中《姦淫》に向けた。


「やるといいわ。でも、あなたには、私は殺せない。あなたもマスターに殺されるから」


 銃を向けられても田中《姦淫》は動じていない。口角を上げていた。逆におれの額には大粒の汗が流れていた。この女を止めないといけない。口で言ってもダメなのだろう。仕方がない。ぶん殴るか。


 ふと、橋本《妬み》の言葉が脳裏を過った。「従者の中に犯人がいる」


 ああ、なるほど、と思った。


「そもそも中井は、マスターの従者なんだ。だから夜間どこの部屋でも入れた。そしてマスターの持ち部屋は、あの塔だ」


 そう言った矢先、頭には新たな疑問が浮かび上がる。従者は従者なのだろうが中井博信《高慢》には政治家の間が与えられていた。与えられたからには『ルール』をクリアしたといえない。


 狂ったように、田中《姦淫》が笑っていた。


「だったらここに呼ばれた全員が殺される運命だったってことになる。生き残った一人だけ助かるというルールは守られてなかった」


 そうなのだ。マスターの目的はそこにある。誰一人として返さないつもりだったのだ。マスターは塔でモニターを監視し、殺しを楽しんでいる。あるいは、小西が言った通り、映像をDVDに落としているのかもしれない。スナッフビデオにでもして裏市場に流す。題して『七つの大罪』。


 中井《高慢》がおれを襲ったのは、資産家の間をガードするおれを排除しようとしていたのではなく、おれが拳銃を持っていたから。始めっからおれの拳銃が目当てだったんだ。おそらくは、銃弾が二発装填されているのも監視カメラで分かっていたのだろう。中井《高慢》は、大磯孝則、大家敬一《貪欲》、黒田洋平、小西明を撃った。手持ちの銃弾は使い切ったはずだ。田中美樹《姦淫》、中小路雅彦《怠惰》を撃ち殺すなら二発、新たに銃弾が必要となる。


 ルールは全員殺すための罠。夕食から十時間、部屋の持ち主は他人の部屋に入れない。それでおれ達を縛って部屋の行き来を無くし、各々隔離した。


 だが、腑に落ちない。おれ達がここに集められた理由が、小西が言ったスナッフビデオだとしよう。演出かなんだか知らないが、おれ達をルールで縛っておいて、七つの大罪で煽り、それでルールはフェイクでした、のオチじゃぁ、誰も大金を支払わない。製作費を掛けた割には面白くもないB級映画にも劣る超駄作。


 いいや、ストーリーなんてものはいい。人が無残に殺されていくことこそスナッフビデオのだいご味。現に田中《姦淫》は恐怖に耐えきれず、殺人を犯したではないか。これこそが真の目的。マスターは一般人が壊れていき、最後に人を殺す様を映像にしたかった。演出じゃなくてリアルな殺人。


「さぁ、銃を渡すの」 


 田中《姦淫》はまた、殺人を犯そうとしている。これじゃぁマスターの思うつぼだ。


「何を迷うことがある?」 田中《姦淫》が笑みを浮かべている。「この男を殺せば分かるじゃない。わたしたちが生きて東京に帰れるか、ここで殺されるか」 


 殺されるのは目に見えている。マスターが生き証人を逃すわけがない。あるいは、殺人を犯した者をいたぶる。そこからがこのビデオの本番なのかもしれない。


「それを言うなら、救援を待つか、逃げるかだ。生き残るチャンスはどちらにもある」


「わたしは人ひとり殺しているのよ。救助されたってさらし者になる。だったら勝者となってこの洋館を出る。ここで起こったことは誰にも言わない。わたしの中で無かったことにするの」


「冷静に考えろ。マスターは元々帰さないつもりでおれ達をここに集めた」


「ああ、めんどくさい」 田中《姦淫》は頭を掻きむしった。「もうめんどくさいから言うけど、正直、あなたもいらない。中井の次にあんたを撃ち殺してやる」


「お前なぁ!」


 かっとして、田中《姦淫》を拳銃のクリップで殴り付けた。言葉を知らないガキにはちょうどいいお仕置きだと思った。


 グリップは首筋に当たり、田中《姦淫》は白目をむいて崩れ落ちる。が、手を出すなんてことはしない。どん、と床に頭を打ち付ける鈍い音がした。







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