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おれは言った。
「重要なのは、今夜辺り、いや、今日辺り、犯人は勝負を掛けてくるかもしれないということ。死んだのは四人。手持ちの銃弾も四つ。『怠惰』、『貪欲』、『姦淫』を殺すには十分だ」
朝食に欠席が無いように敢えて招集をかけたのはこの点を指摘するためであった。目の前にはトーストやスープが並べられていたが、皆思うところがあったのだろう、手を出す者は誰もいなかった。
中小路《怠惰》が言った。
「わざわざそれを皆に言うってのは、ちょっと変だな。犯人に警戒されるようなものだし、君の口ぶりだと、この中に犯人はいないって聞こえるが? 井田ってこともあり得るってことか? 昨日、井田は死んでいないと言ってたが、本当にそう信じているのか?」
「分からない。だが、少なくとも、この中に犯人はいないと信じている。おれたちは何らかのトリックにハマっているんだ」
大家《貪欲》が言った。
「近藤は、ルールは破られていないの一点張りだからな。夜間に殺人が起こっているっていうのに」
中小路《怠惰》が言った。
「井田の可能性は? 確かに死体が全部無いのもおかしい。なぜ、わざわざ死体を消した? 銃弾のためか? だとしたらそんなの、誤魔化しにも何にもなっていない。あるいは、狩場君の言い分は一理ある」
小西が言った。
「つまり狩場さんは、死体の全てがない中井さんか、井田さんが怪しいと? だったら大磯さんの件もある。犯人は井田さんだ」
「とするとルールに突き当たってしまう」 大家《貪欲》が言った。「近藤! もし、ルールをお前らが破っていたらどうする」
近藤が言った。
「ルールは破られていません」
「よそう。大家さん」 おれは言った。「どうせここにいる限り、なぶられようと何をされようと、彼らの手のうちなんだ。そんなことより、犯行のタイムリミットが近づいてきている。犯人が手口を変えたのもその証拠だ。今までは犯人にルールとやらを悠長に守ってもらっている。一晩一件で済ませてもらっているのをおれ達としては良しとしなければ。彼らはいつでもおれ達を寄ってたかって殺すことが出来る」
「裏を返せば、」と小西が言った。「彼らは、本当にルールを守っているかもしれない」
そうなのだ。寄ってたかって殺すことが出来るのにあえてそうしない。そして、そうしないのは訳がある。小西が言うのも一理ある。
近藤がニヤっと不気味な笑みを見せた。それをどう解していいのか。勝ち誇っているとも見えたし、自分たちの不知を見下しているとも思えた。いずれにせよ小西は間違ってはいない。
「とにかく、橋本さんの遺体を確認しなければ」
午前二時の音から察するに死体は凄惨極まりないのだろう。それにおれの考え。昨夜、犯人は罠を張ったわけだから、死体の処理はしていない。
皆で行く必要があるのか? この期に及んで? と言う意見が無かったわけではない。中小路《怠惰》だ。きっと田中《姦淫》を思ってのことだろう。
またもや、重い空気がダイニングルームを支配した。
この期に及んで? と、中小路《怠惰》が言う通り、誰が犯人かと言う段階ではもうなくなった。今日一日をいかにして生き延びるか。それがのみ重要だった。
「おれと小西さんで死体確認の用は足りる。だが、昼間はなるべくひとっ所に集まっていた方がいい。相手は銃弾を四つ持っているんだ。個々に分かれたなら不利だ」
中小路《怠惰》がちらっと田中《姦淫》を見て、言った。
「昼間は僕が彼女と一緒にいられる。田中君、君は僕の部屋に居たらいい。銃弾も、僕ら二人で二つになるし。な、それでいいだろ? 狩場君」
中小路《怠惰》が銃の扱いには自信があるのを知っていた。断る理由もない。中小路《怠惰》なら田中《姦淫》をしっかり守ってくれるだろう。
「では、そうして下さい。大家さんはどうします? 黒田さんと部屋に戻りますか?」
「部屋にいるより狩場君らといた方が安心だ。なんせこっちは四人になるんだ。反撃のチャンスもあろう。俺も行く」
覚悟を決めたってことか。あるいは、誰かを弾よけにでもするつもりか。だが、橋本《妬み》の部屋に向かう大家《貪欲》の足取りは、威勢よく言ったほど軽くはなかった。ダイニングルームで席から立つ時なぞ、よろけていた。そして実際、膝が震えている。次に狙われているのは自分かもしれないと思うと、さすがの大家《貪欲》でも平常心を保っていられないのだ。
渡廊のドアの前に黒覆面の男がいた。大家《貪欲》と黒田は虚ろな視線を投げかける。シャバで大手を振っている本来の大家《貪欲》であるなら忌々しげに睨んでいるところだ。あるいは、黒田とともに黒覆面をぶった押し、渡廊を突き進んで塔に乗り込んでいたのかもしれない。が、二人は並んでぼーっと突っ立っていた。
「なぁ、狩場君」 大家《貪欲》が言った。「俺たちに反撃のチャンスはあるのか?」
なんのことはない。彼らは生まれてこの方、味わったことのない敗北感に戸惑っているのだ。大家《貪欲》の気持ちは分からぬでもない。やられたらやり返すがおれの信条でもある。しかし、大家《貪欲》にはそれをやってもらいたくない。盾にされるのはごめんだ。もし、おれがやるなら単独。死ぬのは自分。カッコつけているわけではないが、おれの性分では連係とか、チームプレイとかは無理だ。
「生き延びれば、おれ達の勝ちです」
「心にもないことを」 大家《貪欲》は鼻で笑い、歩を進ませた。
居住区画に入ると六人は二手に分かれた。一方は中小路《怠惰》の部屋に消え、もう一方の四人は科学者の間、橋本 《妬み》の部屋の前まで来て、ドアを囲んだ。
「いいですか?」と断っておいてノブを握った。「開けますよ」
果たして、橋本《妬み》は死んでいた。沼田《貪食》の時と同じように首がない。血の海にうつぶせに倒れていて、死神が持つような大鎌を手に握っていた。
うずくまって、大家《貪欲》と黒田は口を押えたと思うと政治家の間の壁に走り寄って、嘔吐する。またしても奇妙な死体だったが、沼田《貪欲》の遺体を見ている分、おれと小西は平静を保っていられた。
小西が言った。
「犯人と戦おうとしていたのか? あれで」
あれとは大鎌のことだろう。そして、甲冑と戦斧が血まみれだった。
おれは言った。「いや、そうじゃない」
ドアの傍、ノブ側の床に台付の万力があり、その下にロープがぐちゃっとだらしなく広がっていた。
小西が言った。
「万力」
それはどの部屋にも置かれていたものだった。窓側にオブジェとして置かれている。あんな重いものをなぜわざわざ何で動かしたのか。答えは簡単だ。
「多分、トラップだろうな」 暖炉を指差した。「小さい鎌が二つ、暖炉棚の上に置いてあるだろ? それが元々掛けてあった壁を見てくれ」
「掛け金がない」 小西が見渡した。「壁と天井にある」
L字の掛け金は一か所に二つ、向かい合わせに設置されている。二つでゲートを形づくり、それが万力の近くの壁とドアの上にある。
小西が言った。
「なるほど、大鎌の刃と柄の継ぎ目にロープを結び、その大鎌をドアに立て掛ける。ロープはドアの上の天井、壁の金具に通され、台付万力に固定された拳銃の引き金に結ばれる。ドアが開き、大鎌が倒れたらロープに力が掛かり、引き金が引かれる。万力に拳銃がないところを見るとやはり持って行かれたのですね。橋本さん自身の拳銃も、おろらくはないのでしょう」