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 中井《高慢》の行動を突き止めなければならない。やつなら井田《怒り》の部屋に出入り出来るタイミングが二回あった。昨日の夕食時、おれが近藤に食事を持ってくるように言いに行ったのと、さっきの朝食時だ。悠長に、ダイニングルームに集まって朝食をとって、ああじゃないこうじゃないと議論している場合じゃなかったのだ。


 そして、またしても犯行は夜間だった。バラバラにしたならそれなりの時間がいる。夕食時、教育者の間に入って、朝食時に部屋をあとにする。と、すればまた辻褄が合わなくなる。中井《高慢》は夕食後、他人の部屋に十時間入れないし、中井《高慢》の従者大磯孝則は見せしめとしてマスターの手の者によって殺されている。なのに『ルール』からはマスターとて逃れることは出来ない、そう近藤は話していた。


 『ルール』、『大磯の死』の真相に、いずれにしても答えを出さなければならない。この二つの謎が分かれば、皆への説明は言うまでもなく必然、『マスター』への謎へ迫ることが出来るはずだ。


「俺たちの感想だが、」 大家《貪欲》が言った。「やはり井田は殺されたと思う。裏の裏とあまりにも考え過ぎていた。こういう時はシンプルに考えるのが一番だと思わないか? でないと犯人の術中にハマってしまう。な、そうだろ? 狩場君」


 おれが思考を巡らせている間に、大家《貪食》、黒田、小西も三人寄って相談していた。そして結論に達したのだろう、大家《貪欲》が続けた。


「俺たちは当初の考えを崩さない」


 それはおそらく、田中《姦淫》か、おれを拘束するというものだ。いや、マスターが死ねばゲームは終了すると近藤が言った。拘束だけでは済まないのかもしれない。田中《姦淫》は呆気に取られ大家《貪食》を見ていた。殺されるのではないかと思っているのであろう、見る間に顔面が蒼白となっていく。


 小西が言った。


「誰がマスターかはともかく、井田さんを殺害できるとするならば、狩場さんしかいないんですよ」


 大家らは中井《高慢》の存在を完全に除外していた。歯がゆかった。声を大にして言いたかった。中井《高慢》が犯人であると。


 黒田が言った。


「なぁに、俺たちは殺しなんてしない。これも当初の考え通り、怪しい奴は縛り付けていく。もし、そいつが縛られているうちに殺人が収まったら、そいつが犯人だ。な、分かりよいだろ?」


 大家《貪欲》が言った。


「マスターのことは気に掛かるが、まずは狩場君だ。もし拒否するなら簡単な方を俺たちは選ぶことになるが?」


 簡単な方とは田中《姦淫》の拘束を言っている。もう言い逃れは出来ないのだろう。全てはおれのミスだった。田中《姦淫》を守るのが第一だと思っていた。犯人が中井《高慢》の可能性を視野に入れていたはずだった。田中《姦淫》にどう命じられても、田中《姦淫》と離れても通路の番をしていなければならない。それがどうだ、知らず知らず田中《姦淫》の犬に成り下がっていた。おれはそんなに田中《姦淫》に気に入られたかったのか。あんなガキに? お話にならない。


「いいだろう。縛られてやる。だが、その間に田中の身に何かあればどうする? 少なくとも、銃だけは取り上げないでくれるよな」


 大家《貪欲》が言った。


「田中が死ねば、あんたも死ぬしな。その条件、受けよう。さぁ、狩場君、黒田のところへ。井田には身体検査をしなかった。が、俺は同じ轍を踏まないのを信条としている」


 念入りな黒田の身体検査をおれは成すがままに受け入れた。そして椅子に座らされると肩や胴、腕だけでなく足も椅子脚に縛り付けられた。


 身動きは全くできなくなってしまった。糞もしょんべんも行けやしない。死んだ井田《怒り》のズボンも異臭を放っていたであろう。そんな自分の死の姿を想像してみた。


 だが、自分に降りかかった不幸を呪う気はない。川崎の鉄工所を辞めてからこの一年と五カ月、人の死を幾つも見た。世間にさらされもした。それまでずっと社会の底辺でひっそりと暮らしていたのだ。あの頃を例えるなら、いきなり子供に頭上の石を引っぺがされたダンゴムシのよう。おれは何が何だか分からず、気付けば社会に揉みくちゃにされていた。心底、疲れ果ててしまったのかもしれない。


 きっと今晩にも殺されるであろう。縛り付けられ抵抗も出来ず、おそらくはハンマーで脳天をかち割られる。そして、おれの死体は例の『ノコギリ』でバラバラにされ、窓の外へ捨てられる。


 いいきみじゃないか。自嘲した。望月望もちづきのぞみが言うのはもっともだった。そういう願望がおれの心の底にあったのだ。これでやっと楽になれる。


 その時を静かに待つことにした。目を閉じ、母の顔を思い浮かべる。心が落ち着いていくのが分かる。心臓の脈打ちも遅くなったような気が、心なしかした。






 いつの間にか眠っていたのだろう。悪夢なぞ見ない、それこそ夢の無い眠りだった。この一年五カ月、そんな眠りは一度として無かった。起きれば頭がすっきり。眠気もなく、片頭痛もない。晴れ晴れとしてその日が何もかも楽しく感じられる、と、なるはずだった。


 己の頭がかち割られたわけではない、大きな音がした。この教育者の間ではない。別の部屋からだ。


 ドンと床を撃つ音だった。館内に絶えず響く風の唸りは依然としてあったが、それははっきりと聞こえた。壁掛けの振り子時計が視界にある。それは真夜中、時計の針は二時を指していた。


 直観的に誰かが殺されたと思った。音の感じから、銃ではないと思う。想像するに、なたか、斧か、押さえつけられた上からそれが振り落とされ、勢い余ってその歯が床に食い込んだ。ちょうど中世ヨーロッパの首切り処刑を思い起こされる。あんな感じのことが行われた。


 今までのパターンから言うと撲殺されて、首を落とされた。だがやはり、思った通り今度は『ノコギリ』で根気よくガリガリ切ったわけでもなさそうだ。一刀両断、即完遂。今頃、犯人の姿は消えているのだろう。


 さて問題は、誰が殺されたかだ。大家《貪欲》では絶対にない。やつらは三人だ。事が起こったならこんな音で済まされない。だとすれば橋本《妬み》、中小路《怠惰》、田中《姦淫》の内、一人だ。


 いや、今夜一人とは限らない。まだ殺されるって可能性がある。犯人にも時間がないのだ。その証拠に縛られているにもかかわらず、犯人は従者のおれなんて目もかけない。


 誰か、部屋から出るやつはいないのか。歯がゆかった。この部屋に入れるのはルールから言えば従者、小西か、黒田だ。やつらは主人の大家《貪欲》の命令に従っている。大家《貪欲》にしてもきっと床を打つ音に気付いているだろう。どちらか一人だけでもいい。ここに回してもらいたい。おれは大家《貪欲》の名を連呼した。だが、いつまでたってもやつらは動こうとしない。亀が甲羅に閉じこもるように、きっと自分の部屋をびっちり固めているに違いない。


 許せない。カッとした頭の中で、ふと、考えが浮かんだ。執事の近藤を呼べばどうなるだろう。ダメ元で近藤の名を呼んだ。すると近藤が姿を現した。ものの二、三分だ。


「御用を承ります」


「この縄をほどいてくれ」


「かしこまりました」







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