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 小西が言った。


「もし井田さんが失踪したとして、狩場さんはそれを見かけましたか? ずっと通路にいたわけでしょ。離れたのは、近藤さんに食事を持ってくるようにダイニングルームに言いに来た午後七時過ぎ。我々も、ダイニングルームに顔を出したあなたを見たわけですから」


「通路に狩場君がいたから誰も入れない」 大家《貪欲》が言った。「だが、離れたタイミングだけが出入りを可能にした。たった一度だ」


 小西は釈然としていない。


「そうなんです。そして唯一部屋に残っていたのは田中さんです。ところが狩場さんが離れている間、井田さんの部屋に入って井田さんを殺して、その遺体をバラバラにして部屋を出るなんて芸当、男であろうとも無理です。井田さんは殺されたと見せかけて姿を消したのかもしれない」


「さすが、皆さん、すばらしい。もう結論に達しそうですな」 橋本《妬み》はおれ達を見渡し、言った。


「中井さんの事件も部屋の出入りというなら、分かったことは出るだけでした、あの氷で花瓶を落とすトリックで。そして、その時の前提条件も今度と同じように大磯さんが通路にいました。狩場さんが言うように、井田さんが死んだと見せかけたトリック。あれはあながち間違いではない。が、しかし、残念です。井田さんの場合、中井さんと決定的に違うのは偶然出来あがった状況であること。井田さんは自分から縛られたいと言ったわけでもないし、狩場さんが通路に立ったのも狩場さんの一存。誰からも命令されてはいない。それが中井さんと同じような形になるとはあまりにも出来過ぎです。裏があるとしか思えません。で、わたしは考えた。逆にこれは誰かに誘導された結果ではないかと。まず、昨日の話し合い。意図して井田さんを追い詰めた。次に井田さんを拘束すると決めたこと。最後は狩場さんの見張りです。この三つを総合して考えると一つの結論に達します。小西さんは中小路さんからのスパイではないかということ。犯人は中小路さん。理由の一つ目は御承知の通りでしょう。議長が小西さんだった。二つ目はその小西さんが井田さんをふん縛れと大家さんをそそのかしたであろうこと。三つ目は中小路さんが田中さんを意のままに操っていること」


 橋本《妬み》は『妬み』の罪人だけあってどうしても推理が感情的すぎる。説得力が皆無だったが、話を逸らす効果はあったようだ。ありもしない田中《姦淫》への疑いは別のところへ移ろうとしていた。とはいうものの、難癖をつけられた小西としては当然黙っていられない。


「皆が井田さんを怪しむ方向に持っていくために、井田さんを犯人に仕立て上げるために、わたしがこの状況を作ったと? いくらなんでも無理があるんじゃないですか。逆に、井田さんを取り巻く環境が中井さんと同じになったので、それを犯人の井田さんが利用しただけだとも考えられる。それに中小路さんが勝者となれば、必然、僕は殺されてしまう。それをどうお考えになる?」


「そんなの簡単だ」 橋本《妬み》は自信満々だった。「あなたは死を賭しても中小路さんを救わなくてはならない理由があった」


 小西が鼻息を荒くした。


「でたらめだ。わたしがいつ議論を誘導した? あなたでしょ。議論をめちゃくちゃにしたのは。それを言うに事欠いてわたしのせいにして。これ以上いい加減なことを言うといくらこのわたしでも許しませんよ」


 おれとしては渡りに船なのはいいが、なんなんだ、これは。井田《怒り》は大家《貪欲》に捕まってまた縛られるのが嫌で、この洋館のどこかに隠れている、でいいじゃないか。これ以上橋本《妬み》に喋らせてはいけない。


「まぁ、待て、小西」 大家《貪欲》は小西が裏切り者だと指摘されても、平然としていた。「橋本さん。あんたは一貫していない。何を言おうとも俺の耳にはさっきからずっと、自分だけを安全圏に置こうとしているように聞こえる。それにあんたの言動は皆を不和に陥れようとするふしもみえる。その点についてどう答える、橋本さん」


 確かに橋本《妬み》は、大家《貪欲》が怪しいと言ってみたり、中小路《怠惰》が黒幕だと言ってみたりで一貫性がない。ただ単に上げ足をとっているだけのようにも感じる。彼にはもともとアイデアなんてないのだろう。だから推理も右往左往してしまう。問題なのはそれを本人が気付いてないことだ。人が言ったことの弱点を指摘して、自分がいい気持になっているだけなのだ。それに自分の従者が早々に脱落してしまったのも、精神的に影を落としている。この人にはもう正常な判断を期待できない。利用しとして言うのもなんだが、もううんざりだ。


「もう答えなくてもいいですよ、橋本さん」


「黙れ、狩場。腹が立たないか?」 大家《貪欲》がキレた。「こいつは俺たちをかき回すだけかき回す気なんだ。推理なんてどうでもいい。俺はそれをこの場で明るみにして、赤っ恥をかかせてやる。おまえは横槍を入れるな」


 カチンと来た。


「明るみ? そもそも推理なんて橋本さんには出来ないのは皆、分かっているじゃないか。第一、橋本さんはおれ達を馬鹿だと思っている。だから、自分がおれ達に批判されるのはプライドが許さない。絶対に自分から推理なんて言い出しませんよ、このひとは。あなたの質問に答えたとしても的外れで、しかも、お得意の揚げ足取りで、おれ達の馬鹿さ加減を高らかに宣言させるようなものだ。本人は気分よくても、こっちは最低な気分になる」


 誰もが白けた視線を一斉に橋本《妬み》に送った。さっきまで意気揚々の橋本《妬み》は、顔を真っ赤に染めている。


 大家《貪欲》が言った。


「分かったよ。狩場君の言う通りだ。あんたはもう俺たちに係わらないでくれ」


「話にならんよ!」 そう言うと橋本《妬み》は部屋を出た。「勝手にしろ!」


 ややこしいやつは去った。これで一息つけると思った。


 それにしても、誰がマスターか。間違っても橋本《妬み》ではなかろうが、疑い始めたらきりがない。やはり殺人者の残した形跡を追跡する他に手はない。脳裏には中井《高慢》の姿があった。グレー系のスーツで薄笑いを浮かべていた。


 『ルール』、『ノコギリ』、『大磯の死』、『マスター』。この謎を解かなければならない。そして、その形跡の追跡をするのであれば、まずは死体の解体に使った『ノコギリ』だ。今回の殺人でノコギリの紛失はなかった。後悔してやまないが、おれたちはもっと早く家探ししてでもそれを捜しあてなければならなかった。


 そうすれば、中井《高慢》が犯人だと言う推理に一歩も二歩も近づけたのかもしれない。


 いや、それはない。各部屋を確認していくならまだしも、館全体を家探しするのに中井《高慢》が犯人だと持論を説明しなくてはならない。大概、馬鹿にされて終わりだっただろうが。


 なにしろ、『大磯の死』がクリアされていない。中井《高慢》の従者、大磯孝則が殺されたってことは中井《高慢》は死んでいるはずなのだ。そして、『ルール』は守られている、と近藤が言う。


 となれば、やはり『ノコギリ』だ。銃弾の痕跡を消したいのが理由なら剣でも大鎌でも、いくらでも首を斬り落とす方法がある。それでもって人をあやめたわけでもないのに、なぜ犯人は一本のノコギリにこだわるのか。妙に引っ掛かる。いや、こだわっているのはおれの方か。あるいは、犯人は目的を達成していて、すでに『ノコギリ』は窓から外に投げられたのかもしれない。


 ともかく犯人は、たたみ掛けてくるはずだ。おれ達が失踪してもう三日目だ。望月望もちづきのぞみが通報しないとしても、もうそろそろ警察がここを突き止めてもいい頃だ。テレビも話題にしているはずだ。犯人としても、もう時間を掛けられない。あるいは、次の犯行に銃を使用して来るのかもしれない。

 

 悔やんでも悔やみきれない。通路で見張っていたのに、中井《高慢》を捕縛するチャンスをみすみす取り逃がしてしまったのだ。それを念頭に行動していたなら事態が変わっていたのかもしれない。田中《姦淫》に何と命じられようとも無視して通路に立っていさえすれば。


 相手はすでに退場したと思われる中井《高慢》なのだ。おれが阻止する以外、やつの行動を遮るものはない。







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