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 はっとした。そうかもしれない。さっき考えていたではないか。真犯人は罪を誰かになすり付けようとしている。だが、裏の裏ってこともあり得る。


 目が、キッチンのデジタル時計に止まった。真っ赤である。真っ赤? 


「まさか!」 


 VIPキャビンに走った。そうなのだ。あの違和感。六月来た時にはVIPキャビンにはそんなの無かった。木目調の高級家具。イタリア職人の内装。そこに真っ赤な安っぽいデジタル時計。あまりにも不釣合いなのだ。稲垣がそんなのを置くはずがない。


 キッチンと同様、VIPキャビンのベッド脇の棚にもそれはあった。手に取り、メインキャビンに上がってきた。キッチンのカウンターにあるもう一方の横に並べると、階段の手すりを使って滑るように下りてスタッフキャビンに飛び入る。ドライバーセットを取ると階段を駆け上がった。


 二つの赤いデジタル時計。それを解体した。息を呑む。


 盗聴器。


 USBメモリほどの大きさ。これで一つ謎が解けた。メインデッキとVIPキャビンは盗聴されていたのだ。他のキャビンも気になった。スタッフキャビンにないのは分かっている。マスターキャビンに飛び込み、しらみつぶしに探した。あるいは受信機の方があるかもしれない。


 結果として赤いデジタル時計も受信機もどこにも見当たらなかった。受信機は鍵と一緒に海に捨てられたのだろう。だが、重要なことが分かった。置いてあったのはメインキャビンとVIPキャビンだけ。つまり、目的は始めから横山と水谷だった。だとしたら真犯人はVIPキャビンに居住するよう横山らを誘い込んだ。あるいは、部屋割りの後にデジタル時計を置いたのか。ともかくも、と床で縛り上げられている山下の目の前に盗聴器をぶら下げた。


「山下、これでも白を切り通すか」


 山下と島田は午前七時からの三十分、横山の行動を知り得なかったと判断したから真犯人から外された。だが、知り得たのだ。そして、マスターキャビンには盗聴器がなかった。


 山下が笑った。


「だとしたら、ぼくなんかよりもっと怪しい人物がいる」


「誰だ。いい加減なことを言うなよ」


「狩場さん、あんたじゃない。つまりは恵美ってことさ。持ち物検査を思い出してみな。恵美はアフトデッキにいた。鍵も青酸カリも受信機もあの時、海に捨てたんでしょ。それに恵美に弟は造船所で働いている。職場は職工ではなく、スタッフ職。電気計画らしい。それでなにより、家族全体が金に困っている。ま、あちら(セックス)の方も二日の夜はいつになく積極的だったし、金が欲しいんだろうなってそん時は思ったけど、ハメられましたよ。男はやればぐっすり眠ってしまうんだ。水谷が死んだあの朝、そう、八月三日。朝立ちしていたのを恵美は触ってきた、夜もしっかりやったのに。時間は確か五時前だったか」


 島田は呆然としていた。それから目を伏せた。


 山下が畳みかけた。「僕は満足して寝入ったってわけ。だが、恵美は起きていた。部屋の鍵をいつも掛けていたのは僕らの場合、ことの最中に人が入って来てもらったら困るからだ。僕は、横山の叩くドアの音で目を覚ました。その時、恵美は起きてベッドに座っていた」


 島田が言った。「ええ、わたしがやったわ」


「部屋はどうやって決めた」


「わたしの方が先にマスターキャビンを選んだ」


「そういうことか」 と、山下が言った。「全く不自然には思わなかったよ。てっきりぼくは森つばさ(横山加奈子の筆名)に気を使って君がそうしたんだと思ったよ。恵美はちょっとかっこつけのところがあるからな。それに加奈子が変わってしまったかどうか様子見もあったんだろ。どうぞってなもんだ。加奈子もいい気になってざまぁない。多分、内心は勝ち誇っていたんだろうけど」


「決まりだな。で、さっそくだが、パスワードを教えてもらおうか、島田」


 だが、パスワードは教えるつもりはないようだった。口は堅く閉ざされている一方で、目が死んでいる。


 直感した。殴ったところで口を割らないだろう。プライドの高い女だ。警察になんかには行かない。島田恵美のこの態度から生きることを諦めたように感じる。皆を道ずれにするつもりなんだ。それは山下にも分かったに違いない。山下が言った。


「どうする?」


 ディスプレイのカウントダウン。すぐにでも逃げ帰りたいところだが、燃料メータの、警告するような赤い目盛り。走行しても爆発するし、じっとしていても八月九日の朝には爆発する。助けを待とうにも少なくとも八月九日を越え、十日にならないと誰も来ない。つまりは八方塞がり。助かる道は爆弾を解除する。それ以外に助かる方法はない。


「どうするもなにも、島田がこの調子ではな。島田抜きで何とかしてパスワードを手に入れなければ」


「ぼくに考えがある。任してもらえないか? なぁに、狩場さんみたくはしないさ。恵美には警察で証言してもらわなくてはいけないし、体にでも傷があったら証言を強要したってことになるだろ。さ、ロープを解いてくれ」


 手足が自由になった山下は、今度は島田の両手を背中で縛り、猿ぐつわを噛ました。おれの顔に不安の色を見たのだろう、山下が言った。


「彼女はキッチンドリンカーなんだ」


 なるほど、アルコールが切れれば口を割るか。しかし、山下らしい考えだと思った。安心したところで空調が気になった。レジスターに手を当ててみる。給気が全開だった。


「止めれば、死体はすぐに腐るだろうな」


 バッテリーが空になっても発電機を回す気はない。燃料が減るからだ。これから何があるか分からない。不運もあろうが、幸運だって舞い降りてくるかもしれない。タンカーでも近くを通ったならば助けを呼ぶために追いかける必要がある。だが、もし島田がこのままだんまりを続け、タンカーとか、幸運が舞い降りることがなかったなら。


 山下もそれは承知していた。「この暑さだから長くはもたないでしょうね」


「捨てざるを得んな」


 島田恵美の目はまだ虚ろだった。気力も何もあったもんじゃない。山下が言った。


「海に流すんでしょ。恵美にも見てもらわなくてはね。なんたって二人を殺した犯人なんですから」


 そういうことか。島田の精神的動揺を誘おうっていうのだろう。慢性アルコール中毒になった原因は心的ストレス。アルコールを求めるよう島田に仕向けるのだ。とはいえ、それに死体に鞭打つようなものだ。


 思い付いても普通は口には出せないものだろうがこういう場合、頭がいいと褒めてやっていいものかどうか。


 山下は横山と水谷の死体をアフトデッキまで運んで行った。これからは空調機を回せない、だから今から海に捨てる、と山下が島田に説明し、島田の猿ぐつわを取る。


「パスワードを教えろ」







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