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07


 耳を疑った。執事の言っている意味が分からない。執事は続ける。「持ち込んだ物を、つまりこの洋館にすでにある物以外、凶器とするのは厳禁です。ここまでで、ご質問は?」


 質問する者はいなかった。執事から提示されたルールをかいつまんで言えば、つまり、これはデスゲームなのだ。立っているスーツの男らの内、一人が言った。


「やってられるか!」


 執事が言った。「貴方様は橋本稔はしもとみのる様の従者、西田和義にしだかずよし様ですね。申し訳ございませんが、ご意見ではなく、ご質問をお願いします」


「橋本さんが運転できないっていうから僕はここまで来たんだ、意味も分からずに。それがなんだ。これはどういうことだ。僕はもういいでしょう」


 テーブルに座っている男のうち、唯一サラリーマン風の、アタッシュケースをコートで隠している小太りが言った。


「わたしの帰りはどうするんだ?」


「知ったことか!」


「なんだ、その言い草は。どれだけ目にかけてやったと思うんだ」


「物は言いようですね、橋本さん。結局、僕は駒だったんでしょ。もうたくさんだ。帰ります」


「許さんぞ。私を置いて帰ってみろ。後でどうなるか分からんほどお前は馬鹿ではあるまい」


「結局、そういうことなんでしょ。僕たちの関係」


 西田和義はリビングルームのドアへと走った。小太りの男、橋本稔が言った。「待て、行くな!」


「どうせあなたに帰りなんてないんだ。そんなあなたに命を掛けるつもりもないし、捧げるわけがない。ですが、僕はあなたほど非道ではない。助けを呼んであげますよ。それでもしあなたの命が助かったら僕に感謝してもらいたいね」


 ドアを開け、リビングルームを出ようとしたその時、西田の前に黒覆面の男が二人現れた。


 西田が言った。「どけ!」


 しかし、黒覆面らは譲らない。直立不動で西田の行く手を遮っている。西田はそれを喘ぐように突破すると玄関ドアに手を掛けた。案の定、取っ手を掴んで暴れている。やがて西田はドアをけり上げ、高い天井に向かって金切り声を上げるたと思うとリビングルームに戻って来る。


「鍵を開けろ!!」


 リビングルームのマリアの絵の前で、執事が口元に指を立てた。


「お静かに。今ドアが開いたようです」


 西田が、えって顔になっていた。執事が続ける。


「開錠されたようです。鍵が動く音が聞こえました」


「そ、そうか。ならいい!!」


 そう西田は言い捨て、ロビーを足早に進むと玄関ドアの前に立った。取っ手を掴み、ドアを開ける。吹き込んでくる吹雪。執事が言った。


「皆さま、当館の窓はすぐれものでして、全てが強化ガラスとなっております。ですから、皆様方に被害が及ぶことはありません。さぁ、御堪能下さい。格別なショーとなることでしょう」


 ほぼ全員は、執事の言葉に反応した。なにか不吉なことが起きる。恐る恐る窓の方に移動した。


 もうすでに西田のレガシーは発車していた。この時点、西田には何の問題もない。


 橋本稔が言った。


「なにも起こらないではないか!」


 その言葉に、えっと思った。橋本稔は、誰でもいいから早く西田を不幸にしてくれと言わんばかりである。自分を裏切った西田に、自分を差し置いて助かろうとする西田に、我慢がならないんだ。そして、その橋本稔の期待通り、いや、それ以上のことが起こった。


 空気を切り裂く、そう、音は吹雪のように空気をかき混ぜるような混じりっ気のある音ではない。一筋にかん高く、尾を引いて響いたかと思うと、幻想的な雪景色を横切るようにロケットが走っていくのが見えた。


 思わず口走った。「ロケット弾!」


 発射されたのは、角度といい、方向といい、このL字の洋館ではなく、円形の塔の方で、使われたのはロケットランチャーなのだろう、白兵戦用の兵器で、車両や建物の破壊が目的とされる。アフガンやら紛争地域で兵士が肩に担いでロケット弾を発射させる。それをおれは、ケーブルテレビのディスカバリーチャンネルで見たことがある。信じられないことだが、今まさにそれをおれは目の当たりにしている。


 ロケット弾の行き先は言わずと知れた西田が乗る白のレガシーである。走っていく後ろから見る間にその距離を縮めていく。おれ達の叫び声もむなしく、ロケット弾は着弾し、レガシーは爆音とともに跳ね上がり、空中で破片を飛び散らしながら一回転、地面に落ちてさらに転がった。


 唖然としてしまって、言葉が出ない。ロケットランチャー、そのうえ、洋館の窓は強化ガラス。確かにあの爆風でもガラスは震えもしなかった。


 執事が言った。


「説明の順番が逆になりましたが、ルールを破った罰は死です。もちろんそれは絶対で、当方側、我々にも課せられています。なお、二十四時間どこでも監視カメラが皆様方を追います。ズルは通じないと思ってください」


「きさま!」 グレー系のスーツの男が言った。「きさま! あれで俺を脅したと思ったら大間違いだぞ! 俺を誰だと思っているんだ! 俺は衆議院議員、中井博信なかいひろのぶだ!」


 はっとした。おれはこの中井博信という男をテレビで見たことがある。国会の予算委員会で質問に立っていた。さらに中井博信は言う。


「二、三日で警視庁はこの屋敷をつきとめる。俺がここにいるからだ! なにが、爆弾だ! ロケット弾だ! 国家権力をなめるなよ!」


 橋本稔が言った。


「よくぞ、おっしゃってくれました。決して国家はわたし達を見捨てない。あなた方は国家に反逆しているのです。それがどういうことか、分かりますかな」







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