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「ちょい待てよ。井田さんはこのままか?」


「そうだが、それが何か?」

「縛っておいてな、あんたは無責任だ。そうは思わないのか?」


 また大家《貪欲》は、アメリカのコメディアンなみの、何を言っているか分からないという仕草を見せた。


「とぼけんな。黒田さんか小西さんを置いていけ」


 井田《怒り》が言った。「一人っきりは止めてくれ。な、たのむ、この通り」


 縛り付けられた態勢で、頭を何度も下げた。首切り死体、バラバラ死体、悪魔の儀式。井田勇《怒り》の心境としては、椅子に縛り付けられ、身動きが出来ない状態で猟奇殺人者が現れるのを待つなんて耐えられない、というところだろう。深く頭を下げたところから頭を起こした井田《怒り》の顔は、『怒りの罪』に似つかわしくない今にも泣き出さんかんばかりの表情だった。


 その懇願の表情を、大家《貪欲》は冷やかに見下げていた。慈悲の欠片もないのだろう、汚いものでも見るような目であった。


「世の中はな、上手くできていてな、人にやったことは必ず自分に返ってくる。誤解しないでほしいが、俺は神様がいると言ってるわけではない。言いたいのは、因果応報だ。こいつは自分がやられているようなことを過去、やっていた。相手がガキだから、誤魔化しがきいたんだ。そう俺は想像するぜ。因みにいうと俺は、やったことが自分に返って来るというのは理解出来ているし、そうなったらそうなったで覚悟も出来ている。ただ、手をこまねいてはいない。必ず凌ぎ切る。実際そうやって、俺はここまで来た」


「わまりっくどいな。要は、誰も見張りに立てないってことを言いたいのだろ。だが、そんなことは許されない」


「いやだぁ!」 井田《怒り》が泣き叫ぶ。「だれか! 縄を解いてくれ!」


「さぁ、解けよ。分かってんだろ? 人の命がかかっている」


「いいや」 中小路《怠惰》が言った。「解かない方がいい。この男はキレたら何をするか分からない。そのうえ今回の件で、彼は僕らに対して恨みを持った。解くには危険過ぎる」


 井田《怒り》が椅子の上で暴れた。がっちり縛られているので椅子の足が躍り、ガツガツと床を打つ。


「みなもそう思っている訳か。じゃあ、それは受け入れる。だが見張りを立てろ。このままじゃあ、犯人の的だ」


 黒田が言った。「そうだろうか。こいつ自身が犯人かもよ」


「それはない」 おれがそう言うと井田《怒り》も自分はやっていないと連呼する。


「弾は一個しかなかった。探したって無駄なのも分かってる」


「ほうっ」 大家《貪欲》が声を上げた。「犯人の目星が付いているって口ぶりだな。そいつの名を聞かしてくれよ。名探偵殿」


「今は話せない。と、言うか、まだはっきりとはしてない」


 大家《貪欲》と黒田は冷やかに笑った。馬鹿にしているのが、ありありだ。一方で、腕を組んで怒っているのは田中《姦淫》だった。それが言った。


「狩場さん、これ以上、大家さんとの関係を壊さないで。井田も危険だけど大家さんも危険よ」


 そんなことを大家《貪欲》に面と向かって言っていいものだろうか。かえって危険ではないか。とこかく。「見殺しには出来ない」


「もし井田を助けて、大家さんとわたし達が戦うはめになったらどうするの? あんたはそれでいいけど、わたしは嫌。井田は恩をあだで返しそうだし、この人らは怖いわ」


 大家《貪欲》は嘲笑を止めた。


「クソガキにしてはいいことをいう。相手が怖いから戦わない。それが世界平和の真理だし、世界でなくともそれは我々の関係にも当てはめられる」


 田中《姦淫》が鼻で笑い、言った。


「部屋に帰りましょ、狩場さん」


「ちょっと」


「ダメ! 残りたいと言うんでしょ。それは絶対にダメ。あなたはわたしと一緒にいるの。片時も離れないで」


 しかし、縄を解いてくれと懇願する井田《怒り》をやっぱり放置できない。田中《姦淫》を守り、教育者の間を監視する方法はないでもない。大磯の代わりをすることだ。つまり通路の見張り番。その役目を引き継がなくてはならない。


 教育者の間の、開いているドアを誰かがノックした。近藤である。


 大家《貪欲》が言った。「呼んだ覚えはないが?」


「いいえ。今回まかりこしましたのは、わたくしどもからの要件でして」


 皆が顔を見合わせた。どの顔も、まだ何か問題があったのかという困惑の表情であった。


 近藤が続けた。「皆様お揃いですし、そろそろお話合いが終わる頃かと存じまして、」


 大家《貪欲》が言った。「心にもないご機嫌伺いはいい。言ってみろ」


「沼田さんの遺体を片付けてよろしいでしょうか? それをお伺いしなければと。ずっとあのままにしておくわけもいかず、わたくしどもが手をつけるということになりますと皆様のご指示が必要でして、外はともかくこの邸内では」


「大磯の時の様に勝手に持って行けばいいじゃねぇか」


「こちらは監視カメラで全てを把握しております。大磯孝則様の場合はいいでしょう。誰が殺したかはっきりしています」


「そりゃぁ、見せしめだからな」


「沼田光様の場合は違います。犯人が誰か、皆さまが気付いていないのに勝手に片付けてしまっては、フェアーとは言えないでしょう。皆さまから、もう一度遺体を調べたい、と、急なご要望に、実はもう片付けてましてありません、とは、いくらこのわたしでもとてもじゃないですが言えません」


 なるほどと思った。死んだからと言ってマスターが勝手に死体を片付るのは確かにいけない。


 だが、それにもまして、フェアーと言う言葉。まるでマスターもプレーをしているって口ぶり。大家《貪欲》も感じるところがあったようだ。笑い、言った。


「フェアーってか? その口ぶりじゃぁ、まるでマスターという男と俺たちが対決しているって聞こえるぞ。なぁ、近藤。実際はどうなんだ? お前らは何を企んでる」


「それはご自分でお考えくださるようお願い致します。ただ、これだけは申し上げておきます。マスターが決めたルールはマスターも守らなくてはなりません」


「それこそフェアープレーじゃなくなる?」

「はい」と、言うと近藤が続けた。「それで遺体はどうなさいます?」

 

 田中《姦淫》が言った。 


「気味が悪い。片付けて」






 終始、田中美樹《姦淫》はおれに対して反対の立場を取った。おれとしては、まっとうな意見を言っているつもりだった。だが、受け入れてもらえない。歯がゆかったが、彼女の気持ちも分からないでもない。歳からいって自分の娘みたいなものなのだ。子供はいないが、もしいたなら、その子供もことある毎におれに突っ掛って来たのだろう。未だに父親に反抗し、今なお顔を合わせようともしない自分自身を考えれてみれば、『川崎愛人殺人事件』が原因であったとしても、田中美樹《姦淫》を責めることが出来ない。


 じゃぁなぜ、おれは父親をそんなに嫌うのだろうか、と考える。父親がだらしなかったといえばそうだった。祖父の町工場を継ぎ、それがつぶれそうになったのを母親方の遺産相続で救われた。それに懲りて真面目に働きゃいいものを遺産相続の余った金でクルーザーの代金に当てたりした。税務署からもしょっちゅう乗り込まれ、困った人を通り越して、家族では迷惑な存在であった。そのくせ、外面はいい。友達は多く、仕事も出来て、頼って来る者も多かった。


 プロ野球のアメリカ人選手でしか知らないが、どこの国でも、あるいはサッカーの選手でもか。子供が生まれるからと言ってペナントレースの途中で日本を離れる。


 父親はその逆だと思った。家族よりも他人にいいかっこうをしたいのだ。家族は自然に湧いて出たものとでも思っていたのであろう、作ったという自覚がないから、守る気なんて毛頭ない。逆に友達は作った気でいるのだろうし、仕事も腕を上げるために努力はしたのであろう。


 その父親をなんだかんだ言って、母は愛していた。おそらくはそうであろうし、そうでないと一緒にいない。


 それがよく分からなかったし、歯がゆかった。いや、腹が立った。そして、そんな母親を思うほど、おれは一層父親を憎んだ。








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