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 橋本《妬み》を払いのけて通路に出ると駆け、教育者の間に飛び込んだ。


 井田勇《怒り》が、大家敬一《貪欲》と黒田洋平にうつ伏せに組み伏せられていた。その横にはロープが散らかっている。小西はというと、寝室の本棚にへばりついて棚の奥を覗いている。足元には多くの本が乱雑に捨てられていた。そればかりか、リビングも同様、泥棒が入ったようにぐちゃぐちゃであった。


「大家さん、これはなんのつもりだ!」


 黒田が井田《怒り》の首に腕を巻き付けていた。「こいつ、俺たちを殺そうとしただろ」


「犯人は分からずじまいだったが、」 大家《貪欲》は井田《怒り》の腕を絞り上げていた。「さっきの話し合いではっきりとした。少なくともこいつは犯人になり得る」


「冗談はよしてくれ。仲間割れなんてやっている場合じゃないだろ」


「この際はっきりしておく」 大家《貪欲》は井田《怒り》の腕を捨てるように放して、おれの前に立った。


「俺の仲間は黒田と小西だけだ」


 井田《怒り》に圧し掛かったままの黒田が言った。


「お前も敵だと言うことだ。なんならここで勝負をつけようか?」


「狩場さん!」 井田《怒り》の、おれを見上げる目は助けを求めていた。だが、黒田はそれを許さない。井田《怒り》の髪を掴んだかと思うとグイッと引っ張り上げ、その頭を床へ叩きつける。ゴツンと床が鳴ったと思うと井田《怒り》がうめき声をあげた。黒田が言った。


「また大人しく寝てろって」


「あんたら、どうかしている」


 大家《貪欲》が言った。「おれ達も出来れば手荒な真似なんてしたくなかったさ。後ろから一発殴っただけだ。だが、橋本が悪い。井田におねんねしてもらっていたのに騒ぐものだから目を覚ましてしまった」


「あんたらが部屋で暴れていたからだろっ」 橋本《妬み》がちょうど部屋に入って来た。「何をしてたのですか? まるで家探しじゃありませんか。それに言うに事欠いて、この私にまで銃を向けるなんて」


 大家《貪欲》はアメリカンコメディーの役者並みに、“ファイ?”のジェスチャーを見せた。


「しらねぇなぁ」


「止めなさいって言っても誰一人、私の言うことを聞かなかったじゃないですか。だから言っても無駄だって思って井田さんを起こしたら、あなたはこの私に銃を向けた」


「ごちゃごちゃと、ああぁ、どうもやりづれぇ。いつものようにしていいかい? 社長」


 黒田はそう言ったが、大家《貪欲》はいいとも悪いとも言わなかった。つまりそれは、好きにしろってことだ。


 そういうことなら性分的に、おれも黙っちゃぁいられない。喧嘩を受けて立つつもりであった。が、止められた。背後に中小路《怠惰》と田中《姦淫》の姿があった。


 田中《姦淫》が言った。「喧嘩はいいけど狩場さん、わたしはどうなるの?」


 中小路《怠惰》が言った。「あなたは井田さんの従者ではない」


 その通りなのだ。闘志は萎えてしまった。が、しかし、大家《貪欲》らの所業を黙って見ているわけにはいかない。プライドをかなぐり捨てて、言った。


「黒田さん、失礼をお詫びする。だけど、これはやり過ぎなんじゃないのか」


「なに言ってんだ、お前。俺たちはこいつに殺されかけたんだぞ。ほっとけるわけないだろ」


「黒田っ」 大家《貪欲》が遮った。「狩場さんが心配するのはもっともだ。が、狩場さんも誤解しちゃぁ困る。我々もこいつをどうのこうのしようとしている訳じゃない。助けが来るまで大人しくしていてもらうだけだ」


 黒田が言った。


「小西! ロープ」


 意識朦朧の井田《怒り》は椅子に座らされ、大家《貪欲》と黒田にロープで念入りに縛り付けられた。


 中小路《怠惰》が言った。


「ところで銃はどうします? もしかして、大家さんらが一人占めってわけじゃぁないですよね」


 田中《姦淫》が言った。「大人しくしてもらいたいだけ、なんですよね」


「こいつらはそんなんじゃない」 井田《怒り》が言った。「こいつらは、始めから俺の銃弾が目的なんだ」


 大家《貪欲》と黒田は顔を見合わせた。こういう事態になれば、誰かがそれを言い出すのは分かっていたはずだ。まさかこいつら、おれ達にばれないようにやれると思っていたのだろうか。二人はどうするつもりだったのか。銃を奪い合って殺し合いをするか、それとも平和裏に解決するのか。


 中小路《怠惰》が言った。


「奪った者勝ちとか、まさか言うんじゃないでしょうね」


 黒田が鼻で笑った。そして、奪った銃を腰から抜くとソファーセットのテーブルの上に叩きつけた。


「じゃんけんでもするか?」


 橋本《貪欲》が言った。


「近藤さんにでも預かってもらいましょうか?」


 黒田が言った。「ばかか、おめぇ」


「で、大家さん」 田中《姦淫》が言った。「弾は何発あったの?」


「一発だ。不服か?」 大家が言った。「言っとくが部屋は探しても無駄だぜ、お嬢ちゃん。俺たちがちなまこになって探したんだ」


「いいわ。じゃ、くじで決めましょ。わたしたち四人で」


 中小路《怠惰》が言った。


「そうですね。チャンスは均等」


 くじ引き? このやり方はやはり、まずい。いずれにしても銃は誰かの手に入ってしまう。橋本《貪欲》が言うように近藤に渡すのが得策なんだ。井田《怒り》はしょうがないとして、互いに遺恨が生じてしまう。最悪、銃弾の奪い合いに発展する。


「おれは橋本さんに賛成だ」


 田中《姦淫》が言った。「あんたさぁ、さっきから聞いているとなにでしゃばってるの。主人がくじって言ってるんでしょ」


 何も言えなかった。銃の権利はもともと従者にはないのだ。


「いいねぇ、お嬢ちゃん」 大家《貪欲》が言った。「言っとくがおれは、賭けごとは強いぜ」


 早速黒田が、箸と赤マジックを近藤に持って来させた。小西が持つ箸を橋本《妬み》、大家《貪欲》、中小路《怠惰》、田中《姦淫》が同時に引いた。当たりくじを引き当てたのは橋本《妬み》だった。井田《怒り》はというと茫然自失、喜ぶ橋本《妬み》を恨めしげに見るよりか他なかった。


 大家《貪欲》の悔しがりようはない。賭けごとには自信があったのだ。それがこのざまである。で、最初に口走ったのが、くじへの不満だった。インチキだというのではない。乗り気であったはずなのに、くじで拳銃の所有権を決めると言うやり方自体に今更ながらいちゃもんを付けてきた。そもそも井田《怒り》から奪ったのは己なのだ。それが乗せられて、くじを引くことになり、拳銃は奪われた。田中《姦淫》と中小路《怠惰》にハメられたと思ったのだろう。ほとんど八つ当たりであった。そして、その八つ当たりはおれにまで及んだ。


「狩場さん、あんた、よくそんな色ガキのいうことを聞いているね。俺ならうにおさらばしている。いや、誰だってそうだ。それなのにクソガキはあんたより金持ちのおっさんを頼りにしている。もし、あんたが俺のところに来ても、誰もあんたを責めないし、クソガキの方も清々すると思うぜ。あんたも分かってんだろ? 俺のところに来い。悪いようにはしないし、それであんたも生き残れる」


 八つ当たりは八つ当たりでも、ちゃんと考えられたものであった。拳銃は手に入れられなかったが、田中《姦淫》から従者を奪おうという算段である。さすが実業家、転んでもただでは起きないなと感心した。が、しかし、言った。


「申し訳ないが、何度言われようとも気持ちは変わらない」


「分かってないなぁ、狩場さん。これは探偵ゲームじゃない。デスゲームなんだよ」


 そう言うと大家《貪欲》は続けた。「皆も理解しとけ。誰が犯人なんてどうでもいいこと。現にこの井田は話合いの最中、銃を握っていた。もしこの男が犯人じゃないとして、この事態をどう見る。中井、沼田殺しの犯人を捕まえる前に、その犯人とは別にまた新たな犯人が出る、と俺は思うぜ。そうなれば事態は二つのジグゾーパズルをひとっところに集めてシャッフルしたようなもんだ。それでも、それが二つならまだいい。三つになれば収拾が付かなくなる。考えてもみろ。推理小説でも、いくつかの事件があっても真犯人は必ず一人だろ? つまり、俺が言いたいのは、かったるい犯人捜しなんて止めちまえってことだ。この館で行われているのはサバイバル。だろ? 狩場さん」


 大家《貪欲》の言い分はもっともだと思った。一旦殺人が起こった以上、戦いの火ぶたは斬られたと同然なんだ。最優先は己の命を守ること。犯人探しも、わざわざ攻勢に出てリスクを背負うのもよくない。橋本《妬み》が言っていた。国家は我々を見捨てない。二、三日の辛抱だと。


 大家《貪欲》が言った。


「狩場。あんたは馬鹿ではない。それどころか、俺と同じ匂いを感じる。あんたは賢明な判断が出来るはずだ。くどいようで申し訳ないが、もう一度言わせてもらう。俺の仲間になれ」


「もう二度とその話はするな」

「断るってことだな?」


「そういうことだ」


 大家《貪欲》は呆れ返った。「馬鹿じゃないって言ったが、撤回するよ。あんたは馬鹿だ」


 そう言って、引き上げる合図を指先で、黒田と小西に送った。







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