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06


 大きな玄関ロビーであった。吹き抜けで、天井からシャンデリアが三つぶら下がっていた。正面には、まるで組閣の記念写真にあるような幅の広い階段があり、その上がった先の壁には大きなステンドグラスが飾られていた。


 キリストに天使という図柄である。二階部分はまるでバルコニーのように、ステンドグラス側の壁から吹き抜けへ向けて床面が張り出していて、そのバルコニー右側端には鉄格子のドアがある。おそらくは塔への通路、渡廊の入口なのだろう。その真反対、左端の方には黒い木製のドアがある。建物のL字外観から想像するに、現在位置はLの横画よこかく部分にあたるから、バルコニーの木製ドアは縦のかく部分、その二階に通じる扉なのだろう。


 後ろからジーっという機械音がした。振り返って見てみると玄関ドアのノブの辺りからその音が聞こえた。おそらくはドアのデッドボルト(かんぬき)が動いている音だろう。ドアには、鍵の摘まみも鍵穴もなかった。音の感じからしても電動のように思える。どこからかで、ドアのロックは制御されているのであろう。


 とにかく、広かった。優に三、四十人ぐらいのパーティーが出来る広さだ。二階の張り出しの下は骨董品の柱時計やら、ポニー大の陶器の馬やら、裸体の彫刻やら、登場人物が大げさな、言い換えればわざとらしい動きを見せる絵画が飾ってあった。右手奥の角はバーカウンターが設置され、左手の手前の角にはソファーセットがある。パーティーなんかで老人が足を休めるのにいいだろう。


 そのソファーセットの向こうにドアがあり、それが開いた。モーニング姿の、五十がらみの男が出てきて、おれと田中美樹の前までやってくると深々と頭を下げた。


「よくぞおいで下さいました」


 礼儀正しさといい、服装といい、男はこの館の執事なのだろう。妙な展開になってきたな、と思った。頭によぎったのは小説、天藤真の『大誘拐』である。その中で主犯格が、誘拐犯の心得三箇条を部下二人に示した。その第一箇条にこうあった。すなわち、人質は丁重に扱わなくてはならぬ。これはまさにそういうことではないか。

 

 笑顔を振りまいた執事はきびすを返し、ソファーセットの向こうのドアに戻った。


「皆さまもお待ちしています」 そう言ってドアを開ける。


 皆さま? と考えた。


 ということはだ、あの中に何人かがいる。そういえば、車寄せロータリーには車が丸く縦列駐車してあった。六、七台か。思い返せば、シーマにベンツなど高級車が並び、その間に一個ぽつんとタントがあった。


 そいつらが、おれたちを呼んだというのか?


 執事が言った。


「さ、狩場様もこちらへ。田中様も。皆さまがお待ちかねです」


 田中美樹の様子をうかがった。髪の毛は整えられ、アイドルらしい装いを取り戻していたが、目つきは鋭い。その視線が執事を捉えている。執事はというと、ソファーセットの向こう、ドアを開けた格好で微笑を絶やしていない。物腰といい、たたずまいといい、この執事は危険な匂いがする。経験的に言えば、こういう相手は怒らせてはいけない。田中美樹がいきなり帰り出すとか、反抗的な態度を取らないよう、おれは祈りつつ、うながされた通り執事へと向かった。


 後ろから、田中も付いてきてくれたので、ほっとした。


 開けられたドアの向こうは、リビングルームであった。丸テーブルが十二に、椅子がそれぞれ四つ。そして、座っている者が四人。立っている者が六人。


 服装でいうと、一人はちょっとしゃれたプーマかなにか高めのジャージで、一人は灰色のプルオーバーのセーター、残りは全員スーツだった。


 カジュアルの二人は判断しかねるのだが、残りの八人、特に座っている四人、その内三人はサラリーマンには見えない。スーツの生地もさることながら座っていても肩口に皺が浮いていなく、ぴったりフィットしていて、そう、サラリーマンでは買えそうもないスーツである。


 スーツの色という点から言うとグレー系の一人を除き、全員紺系だった。さらに言えば、紺系の内一人だけはそこに薄っすらとストライプが入っている。そいつは色白でどこか影がある男で、サラリーマンではなさそうな三人の内の一人だった。唐突に現れたおれたち二人に注意を向けるでもなく、ストライプの男は椅子のひじ掛けに頬杖を突き、テーブルの木目を眺めている。


 そして、驚くべきことなのだが、六人が田中美樹と同じアタッシュケースを持っていた。つまり、七人がアタッシュケースを持ち、何も持っていないのが五人、ということになる。おそらくは、おれと同じ境遇なのだろう、おれ達五人はアタッシュケース持ちに巻き込まれた。


 逆に言えば、アタッシュケース持ちは主賓ということになる。田中美樹以外、アタッシュケースを見渡すとストライプの男はテーブルに寝かせ、同じく座っている四人の内唯一、サラリーマンぽい男が膝の上に乗せてコートを被せている。グレー系の男は足を組んでテーブルの上にこれ見よがしに置き、プルオーバーのセーターの男は奥の隅の方に立っていて、大きな太鼓腹とバランスを取るためか、ケツの後ろにぶら下げている。


 ジャージの男も立っているが、アタッシュケースはテーブルの上にある。足元はせわしなく貧乏ゆすりをしていた。


 田中美樹を除く主賓の内最後の一人、そいつはサラリーマンとはほど遠い。ほとんどヤクザだった。高いスーツに、整髪料をガンガン効かせたオールバック。椅子の上で大股を開いて、傍らの、いかにも親分をガードしてますよ的な、同じくヤクザ風の男にアタッシュケースを持たせている。


 どういう趣向でおれ達を含め十二人は集められたのであろう。とりあえず、雰囲気から強要されたというのは分かる。それに執事だ。品のいいたたずまいに微笑。その様子に、ここにいるほとんどの者は彼を甘く見ている。どの顔も怒りに満ち、彼に刺すような視線を投げかけていた。自分たちが囚われの身であることを忘れてしまっている。


「全員揃ったので申し上げたいと思います」 執事がリビングルームのかみの位置、おおきなマリアの絵の前で言った。


「最後に残った一人だけが帰って頂けます。その従者の方も同様とします。争いを好まないわたしとしては、自殺するのを勧めますが、どうでしょう」






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