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「では、中井さんの声の線から事件を追うとしましょう」 そう言うと小西は続けた。「井田さんの証言から中井さんは午前三時まで生きていたことになります。で、大磯さんの慌てる声で皆さんが中井さんの部屋に集まったのは午前六時です。必然、中井さんが殺されたのはこの間となりますね。これに反論は御座いませんか?」


 返事がない。反論のしようがないのだ。小西が言った。「議論を戻しますが、沼田さんは昨日の午後四時から午後四時四十分の間に殺されました。ですが、殺されただけです。首を切り落とされたのは夕食後」


 橋本《妬み》が言った。


「いずれにしても大磯君が通路に立っていたんだろ」


「そうでしょうが、」と、前置きし小西は言った。「それでも犯人は中井さんの部屋に潜り込んだ。例えば花瓶が割れた音ですが、なぜ無人の部屋で花瓶が割れたのでしょう。答えは簡単です。わたしは寝室のテーブルに着目しました。その上にウイスキーとアイスペールセットと聖書が置いてありました。ウイスキーとアイスペールセットは椅子側で、聖書はテーブルの中央。そこで思ったのです、これはおかしいぞと。これでは中井さんがお酒を作る役目となってしまいます。そんなのはあり得ない。だったら他に誰かいたのか? その誰かに、中井さんがお酒を作っていたというのか? 中井さんはあの性格です。そんなことはあり得ないでしょう。で、さらに観察すると椅子と反対側の床には金属製の盆と割れた花瓶がある。おそらくはテーブルに聖書を置き、聖書の高さに合わせて氷を敷いて、その聖書と氷の上にお盆を載せた。お盆の水平を保っておいて、さらにはそこに花瓶を乗せた。氷が解ければお盆は傾き、そのお盆はというと、金属製ですからよく滑る。結果、花瓶はテーブルから落下する。どうです、狩場さん。あなたも同じお考えなのでしょう?」


「おれも、その考えと同じだ」


「ということはですよ。大磯さんは、本人が言っているように花瓶が割れる音で中井さんの部屋に入った。だが、誰もいなかった。でも、わたしの考えは違います。これは単純なトリックです。慌てて政治家の間に入った大磯さんは、驚く。リビングに誰もいない。で、音が鳴った寝室に急ぎ飛び込んだ。実はこの間、つまり大磯さんが寝室に入った時、何者かは脱出した。ドアは内開きです。蝶番側に身を潜めておけば簡単に脱出できます」


 総じて皆の反応は良かった。密室トリックを破ったのだ。ミステリ好きの小西は胸のすく思いだっただろう。が、しかし、と思う。これはゴルフでいうと三百ヤードかっ飛ばして残り五十ヤードをダフるのに似ている。上がってみれば一緒にプレーしていた者らと同じ。がっかりするのがオチなのだ。


 第一に、何者かがどうやって政治家の間に入ったかを論じていない。中井《高慢》が大磯を叱って本を手渡したのは午前三時。中井が消えたのを確認したのは午前六時。その間、大磯はドアの前に座って東野圭吾を読んでいたのだ。花瓶を落とすトリックはほんの入り口に過ぎない。


 小西が言った。


「では、確認しましょう。大磯さんが、中井さんがいないと叫んだ時、真っ先に、誰が政治家の間に駆けつけたのかを」


 井田《怒り》が叫んだ。「え? あんた! 僕を犯人にするつもりだな!」


 確かに、小西が問うのは致し方ない。あの時、政治家の間にはここにいる全員が集まっていた。花瓶のトリックで脱出したなら、必然、最初にいた者が怪しまれる。あるいは、最初の人間より先に政治家の間を出て、一旦自分の部屋に戻って、野次馬気分を装ってその列に加わったか。だが、果たして、そんな芸当、あの場面で可能だったのだろうか。


 小西が言った。


「井田さんが最初だった。そうですよね。わたしが駆けつけた時にはすでに中井さんの部屋のドアの前に一人で居ました。因みにわたしは二番手ですからね。その後、狩場さんが来て、後はどっと、という感じで順番はだれがどうとか言い難いですね」


 大家《貪欲》が言った。


「井田。どう考えてもお前が犯人としか思えねぇな。夕食の時、自慢げに話していたが学校の先生なんだろ? 氷の仕掛けなんていかにも考え出しそうだ。それにな、不自然なんだよ。お前の部屋は端っこだ。政治家の間からは一番遠いと言ってもいい。それともなにか、僕は体育の先生だからな、足が速いんだって開き直るんか」


 井田《怒り》が言った。「沼田の件はどうした? 中小路さんはロビーからの入口から見て手前の部屋だ。橋本は中小路さんが部屋に入ったのを見計らい、沼田の部屋に入った。な、そういう話だったろ? 橋本が犯人じゃなかったのか」


「ノコギリの話を覚えていますか?」 と、言うと橋本《妬み》が続けた。「あれは一個しかなくなっていません。つまり犯人は一人です」


「じゃぁ、どうやって俺が中井を殺したか、説明してみろ!」 井田《怒り》は完全にキレている。「俺がどうやって沼田を殺したか、説明してみろ!」


 橋本《妬み》が言った。


「沼田さんを殺したのは簡単だ。大磯さんと申し合わせていたに違いない。彼が見て見ぬふりをした。あるいは、彼があなたに沼田殺しを依頼した。そうすれば午後四時四十分から午後七時まで二時間ニ十分ある。殺して、首を斬り落とすなんてこの時間があれば十分でしょ。そうしてノコギリは自分の部屋に持って行ってしまった。犯人はどこかしらミスをするものです。あなたはのぼせてしまって我を忘れ、思わず宗教家の間からノコギリを持って来てしまった。そのミスの結果がノコギリな訳です。次は中井さんだ。今度は打って変わってあなたは大磯さんを騙した。おそらくは、寝ていて叱られた大磯さんの肩を持つというような体裁を繕って、あなたは政治家の間に入った。中井さんのご機嫌をとってくれるのだから大磯さんとしてもあなたを部屋の中に入れるだろうし、沼田殺しはどうせ中井さんの指示なんでしょうから、中井さんも協力者のあなたを邪険には出来ない。このことからしても、大磯さんはあなたの中井殺しを見て見ぬふりをしたんじゃないことが分かります。つまり、大磯さんは中井さんに沼田殺しを命じられ、その大磯さんは沼田殺しをあなたに頼んだ。そして、あなたはというと、それを利用し、中井さんまでまんまと殺害することが出来た」


 小西が言った。


「それはおかしいですよ。あなたの推理では、井田さんは夜中の三時から朝六時まで政治家の間にいたわけですよね。ルールにあるじゃないですか。夕食から十時間、部屋を与えられた者は他人の部屋に入れない。そのルールに抵触する。それに井田さんが大磯さんを騙したってのも無理がある。その推理だと大磯さん自身、中井さんがいなくなってしまったらまっさきに井田さんを疑うわけですから。だが、大磯さんにそんなそぶりは微塵も見えなかった」


 橋本《妬み》が言った。


「それならば、大磯君が足の痛みを中井さんに訴えた昨日の午後十時。大磯さんがリビングルームに椅子を取りに行っている間に井田は政治家の間に潜り込んだ。大磯がそこにいないなら、騙すとか騙さないとか関係ないだろ。あとはどうやったか分からないが部屋のどこかに上手く隠れ、今日の午前三時以降、中井さんが眠ったの確認し、殺した。沼田殺しはさっき言った通り、中井さんと大磯君、そして井田が共謀していたんだな。これで全て筋が通る」


「それでもルールは説明しきれていません。部屋の持ち主は、っていうルール。それからして、昨日の午後十時から今日の午前三時まで政治家の間に居られるとするならば、このわたしと黒田さん、そして、狩場さんだけです」


「一々クドクドと言ってくれるじゃないか、小西君。なら、あんたには考えがあるっていうんだな。さっきから聞いてりゃぁ、さも分かったような口を利くが、いいか、あんたと私ではおつむが違うんだよ。私に意見をするな」


「まぁ、聞いてください、橋本さん。ルール通り政治家の間に入れたとしたならば、わたしと黒田さん、そして、狩場さん。とするならば、今日の午前六時、真っ先に井田さんが政治家の間に駆け付けたのはどういうわけか」


 中小路《怠惰》が言った。


「それは、花瓶のトリックで脱出したという小西の推理が、間違っているのを意味する」


「はい。つまりはそういうことなんです」







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