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「あんたには話したい。信用してくれなくてもいいが聞いてくれ。大きく分けて三つ、今回の件は誤解がある。先ず一つ目は、稲垣のあんたらへの誤解。やつはあんたらに忘れられたくないようだ。それでこの始末さ、本心は武内忍に全額渡したいのに。二つ目、あんたらの稲垣への誤解。あんたらはこぞって稲垣に悪いことをしたと思ってるようだが、何のことはない。やつは何とも思っていないどころか、あんたらを心底、良い友達だと思っている。最後に三つ目。あんたらのおれへの誤解。おれが怒っているのは稲垣の体たらくにだ。始めから武内忍に渡せばよかったんだ。おれはあんたらも嫌いだが、稲垣のこのやり様はもっと嫌いだ。以上三つだが、その三つ目、おれへの誤解にはもう一つ。あんたなら、と思って言うのだが、これが重要だ。出来れば誰にも言ってほしくはない」


「正人にも」

「ああ、そうだ」


 目の色が変わった。横山はうなずく。


「幽霊が出ると言った。航海を踏み止まってもらうためだが、おれも幽霊なんて信じていない」


「どういうこと?」


「隣の船主、佐藤さんが見たのは生きた誰かだ。おれはあんたらに嫌がらせのためだけに幽霊の話をしたわけじゃぁない」


「つまりわたしたちの誰かが、夜中、この船をうろついていたっていうこと?」

「そうかもしれないし、他の誰かかもしれない」


「なんのために?」

「航海の妨害だろうな」


「どんな?」

「分からないから悩んでいる」


「わたしたちのうち誰かが汚い手を使って、金をせしめようとしている?」


「だから、あんたらを乗せたくなかった。そういう意味でなら幽霊というデマもありだった」


「でも、幽霊じゃないってなぜ言い切れるの、狩場さん」

「あんたねぇ、その質問はおかしいぜ」


 横山自身、おれの幽霊話なんて馬鹿馬鹿しい子供だましだと思っていた。「そうだった」


「水谷を守ってやれ。それにはなにが一番大切かを考えろ」

「もしかして、そういうこと?」


「そう、金より命。それと一つ言っておく。おれはあんたらには肩入れしない。金は稲垣のものだ。稲垣が望んだ相手に渡すのが一番だとおれは考えている」


 そこに、島田美恵が姿を見せた。キッチンに入り、朝食を作り始めた。が、おれと横山に気付いたようだ。驚いたのだろう、収納棚を開けようとして伸ばした手が止まっている。それが面白かったのか横山が笑った。


「いま、変な取り合わせだと思ったんでしょ」

「いいえ」 島田恵美は何食わぬ顔で食材探しを再開させた。横山が言った。


「賢治君は?」

「船酔いよ」


「だらしないわね。男どもは」


「しょうがないじゃない。船なんて乗ったことないみたいだし」


「嫌というほど乗ったもんねぇ、お互い、大学時代に」


「変な冗談いわないで」


 横山加奈子はクスッと笑った。「昨日の夜、話してたこと。あれをいま訊いてみたの。やっぱり狩場さん、武内らと繋がってないよ」


「そうなの」 わたしは気にしてないって素振りだった。朝食を作り始めている。皿が三つ、男どもの分まで作ってやろうってことなんだろう。


「それと狩場さんに言わせれば、陽一君は怒るどころかまだわたしらを親友と思ってくれてるようよ」


「じゃぁ、あの資料は?」

「さぁ? 遺産のこともあるし、わたしたちを呼び集めるためのちょっとした悪戯なんじゃない」


 島田恵美はキッチンから移動してソファーの前のワインセラーを開けた。ワインを一本取って島田恵美はキッチンに戻った。横山が言った。


「そんなことより恵美、昨日の二本、ほとんど一人で飲んだでしょ。見かけによらず、よく飲むのね」


「まぁね」 島田がはにかむ。そして、朝食とワインを順次、ロアーデッキに運ぶ。行ったり来たりを繰り返し、姿が無くなったのを見計らっておれは言った。


「どうする、あんた。続けるのか? この旅を」


「やるわ。始めっからそのつもりで来たんですもの」 


 母は強しってわけか。おれはそう思った。






 *      *      *



 相変わらず吹雪の音は止みそうにない。シッカリ寝たのは二時間ほどだった。


―――マスター。ウトウトと虚ろな頭でおれは、まだ見ぬ男のことを考えていた。ロケットランチャーで恐怖をあおり、七つの大罪を殺し合いの起爆剤にしようとしている。一見、神側の人間を気取っているが、悪魔の像を飾り、結局は悪魔どもの宣伝もちゃっかりしている。ま、実際そうしたのはイラストレーターの沼田光《貪食》なのだが、マスターと呼ばれる男はまったくもって悪魔崇拝者だ。


 それでそのマスターは、おれたちを悪魔に捧げようとしている。そうとしか考えようがない。そして、どの大罪が生き残るのかと例の塔でモニターを見て、ドキドキワクワクしているのだろう。


 はて、と疑問がよぎった。生き残った場合、それは悪魔の加護があったと言えるのだろうか。悪魔は人を守護しない。むしろ魂を穢したり、奪い取ったりするものだ。つまりその場合、生き残ったのは悪魔にあがなえた者ということになる。悪魔崇拝者がそれを許すのだろうか。


 事件は午前六時に起こった。代議士の中井博信《高慢》が忽然と、まるで煙のように部屋から消えた。それで中井の第一秘書、大磯孝則が騒いだ。皆は事情が分からずなにごとかと政治家の間の前に集合した。おれは、ドアの前にソファーを置いていて、そこで寝ていたので出遅れた感はいなめない。


 前兆はあった。政治家の間で花瓶かなにか、陶器の割れる音がした。癇癪でも起こしたかと廊下で見張っていた大磯孝則が心配になって、というより、彼が実際言葉にしたその時の感想なのだが、片づけをしなくてはならないじゃないか、と、うっとうしく思ったそうだ。そして、まったくぅ、とひとりごちり、毎度毎度世話の掛けさせる人だなぁ、と思いつつ、部屋に入ったのだという。


 皆が集まっている前で大磯孝則がそう説明した。ドア付近の通路でひと塊になっていたおれたちだったが、あまりの不可解さに言葉が出なかった。


 あの男は、そう、中井博信《高慢》本人は思ってもみないのだろうが、一人では生きていけないタイプの人間だ。学生時代はきっと、徒党を組んでいただろう。そして、命令一つで人を動かせる、そんな立場で、裸の王様を気取っていたに違いない。それがこの状況下で、大磯孝則を置いてどこかに行くはずがない。


 それなら逆に、である。我が儘こうじて飛び出した。いわゆる、家出みたいなことをした、とは考えられないだろうか。いや、そこまで言ったら衆議院議員中井博信《高慢》を馬鹿にし過ぎか。


 茶化すのはとにかく、事件の可能性が高いのは確かだ。やつの人格をなんのかんの言ったところで結局、あの中井《高慢》が、政治家の間のドアの前で大磯孝則が見張りについていたにもかかわらず、政治家の間から忽然と消えたのである。


 小西明が言った。資産家中小路《怠惰》の執事でありながら、実業家の大家敬一《貪欲》に寝返った男である。


「大磯さんが、政治家の間に出入りできる唯一のドアの前で見張っていたとなれば、この部屋は密室ということになる」







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