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 船を操縦するおれが他のメンバーと違い、沖縄に前乗りするのは常識の範疇はんちゅうだ。稲垣から直に社長就任を請われたところからしても、航海に当たって責任者のような位置づけにされているところからしても、このおれがキーマンなんだ。望月望もちづきのぞみなんてものは多分、武内忍たけうちしのぶに何か下心があって近付いてきているような輩。だったら武内に甘い言葉を掛けるだろうし、おれから距離を取るよう武内に仕向けるだろう。武内はそこを見誤っている。


 結果論だが、おれの方から、武内に接触を試みた方が良かったんじゃないか。が、それはおれの性に合わない。さっきの法則ではないが、己のやり方を変えるとやはり失敗する。武内には知られず、武内のためにやる。それがおれ流なんだ。変える気は毛頭ない。


 が、なんにしても、武内忍はいらないことをしてしまった。資料でも分かるように山下らとて一枚岩ではない。そして、下級労働者の、———自分自身の資料を見てないが、山下らや武内のおれへの評価は所詮そんなところだろう、このおれである。


 で、そんなおれたちがもろ手を挙げて仲良く過ごせるわけがない。すぐボロが出る。武内はそれを待っていればよかったんだ。熟した果実が手の平に落ちてくるのを待つように。だが、居ても立っても居られない性格なのらしい。だからこそ海外の子供を救おうなぞ大それたことをやる。そんなのは国に任せとけばいいものを、自ら進んで苦労を背負い込む。


 ま、今更武内を非難しても始まらない。意思疎通出来ていないというデメリットは始めから分かっていたことなのだ。


 船はというと、乗船したおれ達の雰囲気とは違い、すこぶる良好だった。何事もなく出航し、航海は二日目、日付は八月一日に変わっていた。現在、宜野湾沖ぎのわんおきに停泊している。稲垣陽一の指示通り、山下ら四人の船酔いを馴らすためだった。二日目の今日は、津堅島つけんじまに向かうことになる。


 昨日についていえば、山下ら四人はおれと言い合った後、どうしていたかは分からない。現れたのは島田恵美のみで、それも日が暮れようとした頃だった。操舵席横の階段をばつが悪そうに上がって来たかと思うと食事をするおれを一度も見ることなくキッチンを物色。それで冷凍食品を見つけたのだろう。四人分を順にレンジで温めつつ、出来たものを皿に盛り付けロアーデッキに運んでいくのと、ワイングラスを持っていくのとで気忙きぜわしく階段を行き来した。


 もののニ、三十分くらいだろうか、後はずっとロアーデッキに潜り込み全く動きを見せなかった。おれ自身も昨日の夜は、メインキャビンに上がることはなく、スタッフキャビンにずっと引っ込んでいた。デスクがあり工具棚がある。華やかなこのサロンクルーザーにおいてそこは、異質で、おれの住処にはふさわしい。おれが生きていた世界、生活の匂いを唯一感じられる場所だった。


 といっても、稲垣は親切でこの部屋を与えたわけでない。山下ら四人と階段が別で、上がったそこはキッチンがあり、その床には皆藤真かいどうまことなる男の死体があるのだ。騎士と従者の関係。従者は騎士の馬の面倒とその尻拭いをしなければならない。報酬は将来騎士になれるかも、という希望。まさにおれは稲垣陽一の従者だった。


 そんな冗談はともかく、山下らにキッチンをほじくり回され、皆藤を偶然発見なんてされたらたまったもんじゃない。必然、天井の上に気持ちがいく。昨日の昼間の言い合いでちょっとした興奮もあってか、まったく寝付けなかった。


 誰もメインキャビンに上がってこなかった、と確信を持って言えた。心配することはなかったのだ。


 もしかして幽霊が出るとかまじ思ってんじゃなかろうか。あるいは、それは考え過ぎで、ただ単に山下らは船酔いして動けないだけではないだろうか。宜野湾沖ぎのわんおきに浮かぶこの船は六十フィート級のサロンクルーザーだといえども揺れないはずはない。それともおれと、夜中鉢合わせしたくはなかったか。そりゃそうだ。やつらから見ればおれは、教育が施されていない原住民みたいな存在なんだ。


 そうでなければ、四人は昔のように、二組に分かれてまじ仲良くやっていたというのも考えられる。ゲストキャビンは男二人では手狭過ぎる。それぞれ分かれてマスターキャビンとVIPキャビンに潜り込んだ。


 とりあえずは、やつらの出方を待つ。おれはベットから出ると、海パンに着替えた。顔を洗うのと歯を磨くのを合わせて、昨日は浴びられなかったシャワーを浴びようと思った。スタッフキャビンには浴室がない。おれはタオルを持つとアフトデッキにある簡易シャワーへと向かう。


 浴室を借りるならロアーデッキに行って四人の内、誰かに頼まなければならない。言いやすいのは男どもが陣取ったに違いないゲストキャビンだが、どうしてもシャンプーしたいってわけではない。体に粘り付いた潮を一旦流してさっぱりしたいだけだし、出方を待つと決めた以上、うっかり山下ら四人と口もきけない。


 それにしても全員が保険をかけていなかったとは。


 保険金殺人も頭の隅にはあった。五百億円も大金だが、一億、いや、何千万もよくよく思えば大金だ。それに万が一、船が沈んで誰も生き残れなかったとして、警察の目は真っ先に生き残った武内へと向かう。保険金目当ての殺人者にとっては五百億がちょうどいい目くらましとなる訳だ。第三者の単独犯行。造船メーカに勤務する島田恵美の弟隆志を怪しんだ。が、それも保険を新たに掛け直していないとなれば可能性としては低いと言わざるを得ない。


 だとしたら、燃料メーターの赤い目盛はなんなのか。確かに六月に一度乗った時は全てが白い筋であった。なぜ半円に刻む目盛の頂点だけが赤く変わっていたのか。


 いや、気のせいなのかもしれない。マリーナのメカニックとあれだけ確認したんだ。シャワーの水栓を閉め、タオルを取るとそれで頭を掻きむしった。ともかくも、マリーナのメカニックに言われた通り、バッテリーの状態でも確認にいくか。


 一日二回、操作盤の中のインジケーターを見なくてはならない。スターターバッテリーは十分な余裕がありそうだが、ディープサイクルの方はこの暑さだ。空調いかんによっては早々に発電機を回さなくてはいけない。


 とすると、心配なのは燃料ってことになる。タンクには二千八百リッター入る。最も燃費がいい二十ノット走行で百二十リットル・パー・アワー。ゆえに一回の給油での最大走行時間は二十三時間と二十分弱。


 行程は片道トータル百八十七海里。二十ノット走行で時間にすると九時間と二十一分。往復であるからその倍。ゆえに全行程の走行時間は十八時間と四十二分。


 その差、四時間と三十八分。それを距離に直すと約九十三海里。キロメートル単位に換算すると約百七十二となる。もちろんこの数字は潮の流れとか気象条件とかを加味していない。だが、復路で言えば津堅島つけんじまを経由せず、宜野湾港ぎのわんこうマリーナに直接帰ってもいい。それで一時間から一時間半ぐらいの走行は省ける。となれば五時間から五時間半は余剰時間として見込めるだろう。


 発電機の燃費なんてものはボルボ二機と比べ物にならない。メカニックに訊いていないので分からないまでも、多く見積もったって燃費はたった十リットル・パー・アワー。余剰時間からいって五十時間は最低回せる計算になる。一方で船の走行もあるから、ディープサイクルバッテリーは自然と充填されていく。


 操作盤内のインジケーターの点灯色が緑であることを全て確認し、アフトデッキへと上がった。キャビンドアのノブに手を掛け何の気なしにメインキャビンの中を見る。驚くことにソファーの上に雑誌の束と横山加奈子がいた。小説のネタを探すのに余念がないといったところだろう。ソファーのど真ん中に腰を落ち着け、紅茶用カップの取っ手を指でつまみ、ショートケーキにフォークを入れつつテーブルに広げられた雑誌を覗いている。


 こんな朝早くに。いや、そうでもないか。七時半だ。しかし、よりによって一番やっかいなやつに出くわした。それも旅の初っ端に、しかも二人っきりで。







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