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 おれに突っかかろうとする横山加奈子の前に、山下賢治がすぐさま入った。


「望月が武内と空港にいたんだよ。それで加奈子に声を掛けた。あとはご想像通り。それで加奈子は怒っている」


 どういうこったろう。思考を巡らせた。つまり、武内忍たけうちしのぶは稲垣陽一も恋人なら、望月望もちづきのぞみもそうだというのか? 横山加奈子も、望月と会ったことがあるのだろうから、いや、待てよ。恋多き女。それは横山加奈子改め森つばさの代名詞。あるいは横山と望月は恋仲だったのか。


「ご想像通りって、意味分からん。で、結局、武内と望月はどういう関係だったんだ?」


 島田が言った。「望月さんは何度も武内さんとパキスタンに行ったとおっしゃいました」


 なるほど。望月は武内のパトロンで、森つばさでなく、武内の方の肩を持った。と、すると状況としてはこうだろう。


 横山加奈子と島田恵美、そして望月と武内、四人一緒にカフェに入った。横山加奈子と島田恵美は資料の写真からヒジャブ姿の武内しか知らない。武内はというとおそらくは、スーツか何かきちんとした服装をしていたのだろう。望月の秘書かと思っていた。それで四人、和やかに話をしていた。それがどうだろう。突然、望月が国際子供救援基金に協力してくれと言い出した。


 つまり、横山加奈子が怒っているってぇのは嫉妬か。おれは水谷正人を見る。鈍い男らしくピンと来ていない。写真にいた銀ぶちの眼鏡は、ふち無し眼鏡に変わって今は金持ちのインテリ風だったが、いかんせん横山加奈子と一緒に怒っている。鼻で笑ってしまった。


「おれは武内なんて会ったこともないし、ましてや望月なんて知るわけがない」


 横山加奈子が言った。


「あんたねぇ、シラを切るのもいい加減にして」

「だからあんたねぇ、自分でその望月についていったんでしょうが、ついつい浮かれてほいほいと」


「あんたらがそれを企んだんでしょうが!」


 山下賢治が言った。「僕もそう思う。あなたは図らずも加奈子が武内の話を聞くことになった理由を言い当てた。ついつい浮かれて、とね」


 唐突に、部外者の佐藤が口を挟んだ。「狩場さんはあなたたちの安全のために一生懸命点検をしていたんですよ、この船の。それをなんて言い草だ。あんたら人でなしだ」


 横山加奈子が言った。「なにぃ、このむさくるしいおやじ。なんでここにいるの!」


 唖然とした佐藤だったがやっとのこと、口を開いた。


「隣の船主だ! あんたらのために船の点検を手伝っていたんだ。もう帰る。糞くらえだ!」


 横山加奈子が言った。「ちょっと待って!」

「なんだぁ? まだ言い足りないのか? こんなにも人をコケにしといて」


「訊きたいことがあるの。あんたなのね、陽一君の幽霊見たって人」

「ああ、そうだが? それがなにか?」


「手にあるの、なあぁに?」


 はっとして佐藤はワインの銘柄を隠す。


「シャトーマルゴー マグナム 一九八八年もの。小売値で一本二十万円はする。あんたそれで買収されたわけ?」


 横山加奈子が言いたいのは幽霊なんて武内忍が仕組んだ嘘。そしておれもその仲間。ここに向かう道中でそれが四人の共通認識となっていた。あれだけ脅えていた山下賢治が強気に出ているのがその証拠だ。おそらく山下賢治はおれの幽霊話をカブリオレの中で披露したのであろう。もちろん、自分が稲垣の夢に毎晩悩まされていることは言うはずもない。


 それで、山下ら四人に反感を持つおれのイメージが彼らに出来上がり、そこに望月の国際子供救援基金に協力してほしいという言葉が加わって、彼らの中でおれと武内が繋がった。


 とすれば幽霊一個で物足りるんじゃないのか。航海が中止されればいいんだ。別に武内が望月を使って横山加奈子を説得する必要もないし、それこそ横山加奈子の性格を考えると説得なんて逆効果だ。これじゃあ、繋がっているはずのおれと武内はちぐはぐだと言わざるを得ない。それに今の会話で分かるはずだ。おれも武内も山下らの権利の放棄を願っているが、共同で動いているわけではないってことを。


 一方で、佐藤はというと、目をつぶっていた。それもちょっとの間だったが、ふっきれたのか大きく息を吐き、言った。


「狩場さん。あんただけは無事に帰って来なよな。こいつらのために命を張ることはねぇ」


 当然だと言わんばかりにうなずくと、佐藤はそれで納得したのか、大事に抱えていたワインをぶらっと手に下げて船を下りていった。横山加奈子が言う。


「幽霊で船が出港できないって、あなたまで言うんじゃないでしょうね。狩場さん?」


 笑いが込み上げてきた。それをなんとか抑えつつ言った。


「訊きたいことが一つある」


 四人は顔を見合わせた。横山が言った。「どうぞ」


「ではうかがうが、生命保険は入ってるか?」


 また四人は顔を見合わせた。そしてそれぞれうなずく。


「因みにここに来るために改めて入り直した方は?」


 四人ともきょとんとしていた。誰もそれはしていないようだった。山下賢治が言った。


「狩場さん、そういうあなたはどうなんだ?」

「おれにその心配はない。稲垣に用があるとしたらおれじゃありませんから」






 正直、武内忍たけうちしのぶにはがっかりだと思った。望月望もちづきのぞみが横山加奈子を知っているというので説得するようにお願いしたのだろう。貧しい子供たちに教育をとか、医療をとか、武内の高尚な考えは分からんでもない。


 だが、そんなことに金銭面で協力するやつは、腹いっぱいでもう食いきれねぇってのがすることで、日本国民のほほんどは着飾っていても懐具合は空ッ欠つ。税金を払っているっていうだけで国連の分担金とか、ODAとか十分世界に貢献していると誰もが思ってる。月々五千円寄付してくれ、というならまだしも、現時点、山下らは持たざる者なのだ。それを言うに事欠いて五百億円よこせってんだから山下ら四人もたまったもんじゃない。しかも唐突に、いや、騙し打ちのような格好で。


 対して、武内らの事情も分からんでもない。あのタイミングしかなかったからだ。後は山下ら四人の良心に賭けるしかないとギリギリの選択を迫られたのだろう。


 元来、武内は飛び込み営業のごとく会社に押し掛け活動資金を得ていたのであろう。なにもかも己の努力で道を切り開いてきた。だが、なぜか今回だけ望月望を頼った。あるいは、なんらかの理由でこのことを聞きつけた望月の方から話を持ちかけたのかもしれない。いずれにせよ今回は己のやり方と違う方法を武内は取った。そういう時こそ、人は失敗するものなのだ。


 そういう点で、空港で横山らを説得するという作戦を武内忍は放棄するべきだった。他に取るべき方法はいくらでもある。つまりはおれを利用すること。武内にしてみれば海のものとも山のものともわからないおれを信用するのは難しい。だが会うなら、いや、会うべきは山下ら四人ではなく、このおれだったんだ。






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