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 持ち込んだ機器は全く使えない。スマホの充填も出来なければ、電気シェイバーもそうだ。山下ら四人はぶーぶー言うだろう。おれとしては、剃刀はなにげにコンビニで五本入りのを買ってきたからいいとして、山下や水谷にとって電気シェイバーは痛手だろう。スマホなぞはもっと我慢ならないはず。といっても、どうせ外洋に出れば通じないのだからそれはどっかで諦めがつくのだろうが、横山加奈子(森つばさ)は十中八九、気取ってノートパソコンか、あるいはディスプレイだけの板みたいなやつを持ってくる。それが使えないとなったらなんて言うか。おそらくは、南国に触発されて沸き起こるインスピレーションが無駄になる、どうしてくれるのよ、とまるで国家の損失だとばかりに迫って来るに違いない。


 まぁ、そうなったら、シカトだな。あまり五月蠅ければ、船を下りればと言うしかあるまい。おれはステアリングホイールの前に座った。


 ステアリングの軽さをみてみる。


 スムーズで違和感がない。これでオイル切れやシリンダーの潮噛み、油のエア噛みも分かるのだという(実のところ、稲垣の船はエレクトリックステアリングシステムが採用されていてワイヤーや油圧装置は一切使用されていない)。


 OKだな。


 父が言っていたことを全てやってみた。ほっと一息ついてインパネをぼーっと見る。さまざまな計器が並ぶ。左の端のディスプレイにはナビの画面が映し出されていた。コースはもうインプットされている。沖縄の海図の上に赤い線が引かれていた。それはこの六月に、稲垣がデスクに広げた海図に指を滑らせていた線と一致する。


「あとは出航あるのみ、か」


 爆弾、爆弾と騒いでいてこの様かよ。よくよく考えたら人影は本当に幽霊だっていたかもしれない。ただし、それは皆藤真のだがな。


 稲垣には幽霊となって出る理由は微塵もない。ホテルで一緒に飯を食った時の様子で分かる。それに念願の皆藤を殺したのだ。出てくる方がおかしいというもの。だが、皆藤はというと、違う。根も性悪だったのだろう。幽霊になってこの船をうろついたって不思議でもない。


 燃料が勿体ないとエンジンを切った。


 ふと、違和感を覚えた。なんだろう。視線はインパネを捉えている。なにかが違っている。六月に来た時の記憶と計器類のなにかが違うのだ。


 悪寒が走った。そう。これだ。


 ――― 燃料メーター。


 そこに刻まれた目盛の色は全て白だった。だが、ちょうど真ん中、円の頂点の目盛だけが赤く変わっている。


 どういうことだ? 記憶違いではないかと己に問い正した。ところが記憶は曖昧だ。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。


 にしても、赤というのが良くない。もとからそうだとして、なぜ赤なんだ。言うまでもなく色の意味は危険、あるいは警告。血の気が引いて行くのを感じた。メーターの針が赤い目盛を差した時に何かが起こる。そんな不吉な想像をしてしまっている。


 爆発。ざっくり計算してその地点は目的地、死体投棄場所から折り返して二時間二十分もたたない大海原。


 どうしたらいいのか。山下ら四人にそれを説明しても納得はしないだろう。なにしろ爆弾が見つからないのだ。しかもそれは赤く刻まれた目盛を理由にした推測なのだ。山下らに話したとして信じてもらえるわけがなし、五百億円が絡んでいる。当然、はなっから騙し合いだと覚悟を決めて四人は来る。信じないどころかまともに相手してくれるとは思えない。


 何としてでも、爆弾を見つけなくてはならない。そうは思うのだが己の限界を知っている。今まさに、あちこち確認したばかりなのだ。


 どうしたらいい。今の時間は午後二時。山下ら四人がここに来るのは、山下賢治が沖縄空港の往復で掛る八十分が最短だと考えて、ここを出て行ったのは午後一時半だからおそらくは、二時五十分。今からだと一時間もない。その間に何としてでも、発見した爆弾が手元になければならない。


 そうか! テンガロン。


 やつがいた。やつなら船は詳しいだろう。アフトデッキに移った。早々に、隣の船で浮浪者のようにソファーに寝そべるテンガロンの男を見つけた。おっさん、おっさんと叫ぶ。


 日除けのために、顔に被せていたテンガロンハットを取ると男はむくっと体を起した。そして、言った。


「あんた、歳はいくつだ」

「あ、はい。四十五です」

「俺は四十八だ」

「あ、すいません」 稲垣が、テンガロンをおっさんと呼んでいたのでついつい口にしてしまっていた。男が言った。


「あんた名前は?」


 へそを曲げてしまったか。「狩場大輔です」


「じゃぁ、狩場君。静かにしてくれたまえ。寝られやしない」 


 案の定、機嫌を損ねていた。テンガロンを顔に被せると男は上体を倒す。


「お願いがあります。船を点検してくれませんか。お金なら払います」


 テンガロンハットを顔から外し、男はむくっと体を起こす。


「俺が人を頼んだとして、それでも払ってくれるのか?」

「仲介料ってことですか?」

「ま、平たくいえばそうだが、こう考えてくれ。これは功徳のようなもんだ。金持ちは金を貯め込んでいてはいけない。なるべく多くの人に金を使ってこそ、果報が得られる」


 言い方なんてどうでもいい。「いいですよ。詳しい人なんでしょ、その人」


「まぁ、慌てるな」 


 男はのっそり起きて、おれの船に移って来た。


「佐藤だ」 握手を求められたのでそれに答えた。


「その人すぐに呼べます? まさか明日とかはないですよね」


「大丈夫。だが、約束は忘れるなよ」


「もちろん」 


 佐藤もガラケーだった。番号メモリーを確認し、外れた受話器のマークを押した。


「もしもし、佐藤ですが、今、体、空いてますか? 空いていたなら来てもらいたいんですが」


 ガラケーから声が漏れて来る。


「いいですよ。丁度空いてますし。それに上手い具合に三時からはお隣の稲垣さんの船の点検ですから」


「え! そうなんですか? じつは頼みたいのはその稲垣さんの船でして」


「みなさん、もうお集まりなんですか。それじゃ、行きます」


 佐藤はおれから遠ざかり、アフトデッキの角で海に向けて話す。「宮里さん、それ、誰に頼まれたんですか?」


「稲垣さんに。それがまずかったんですか? そちら側では何か問題が起こったとか?」


「そ、そうです! ごねる人がいましてね。それでどうか宮里さん、稲垣さんの依頼のことはご内密に。あくまでも私が呼んだってことに」


「それは無理です。工賃を頂いておりますし、その船、会社名義でしょ。いずれバレますよ」


「そうですか。分かりました。すいません。今のことは忘れて下さい。とりあえず、すぐ来て下さい。待っています」


 ガラケーを閉じて佐藤は言った。「聞こえました?」


「ええ」







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