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「車? そりゃぁ三人は喜ぶでしょうけど、あれを貸してくれるんですか」 

「おれのじゃないし、稲垣に使うようにキーを渡されたものだから、こういう時に使わないと」


「すいません」 山下賢治はスマホで時間を確認する。もう十分ほどで東京からの便が沖縄に降りる。横山加奈子と島田恵美はそれに乗っていた。一方、名古屋からの便はそれから三十分後。水谷正人はそれで沖縄に入るはずだ。


「恵美と加奈子はそろそろだな」

「そうみたいだな。ここから沖縄空港まで四十分ほどだ。ちょっと待たせるかもしれんが電話してみては。あ、いや、今は飛行機だからメールがいい。空港のカフェでコーヒーでも飲んでて、とでも」


「そうですね。では、お言葉に甘えて」


 BMWのリモート・コントロール・キーを山下に手渡した。「カブリオレ、いい車ですよ」


「あれって、M6ですよね」 山下は満面な笑みだ。

「よくご存じで。車、好きなのか?」


「はい」


「あの車、自動で屋根が開閉するんですが、格好いいですよ。後部座席とトランクの間に収納するスペースがあってそこが開くんです」


「合体ロボや変形ロボを彷彿とさせる」


「ボタンひとつ。今日は雨の心配はないですが、走行中でも三十キロ以下なら開閉可能ですよ。やってみてはどうですかね」


「絶対、格好いいですよね」


「難点は荷物があまり載らないことですが」


「かまいません。三人には膝の上で抱かえさせますよ」

「くれぐれも気をつけて」


 はい、と言って一礼すると山下は足早にアフトデッキへ向かい、船を下りていった。ふーっと一つ、ため息をつく。


「おれはなにをやってるんだ」


 どうも山下に媚を売っているようで、それが我慢ならい。十年前ならそれこそ喧嘩を吹っ掛けたのだろうが、それが何の解決にもならないことは四十五となれば十分了承済みだ。重要なのは目的を達成すること。我を通すのはその後だと己に言い聞かす。


 それにしてもあの山下賢治。なかなかなもんだと思った。隙がないどころか、揺さぶりを掛けたはずが上げ足を取られてしまった。それに人当たりがいいというか、低姿勢なのが厄介だ。プライドが高いやつはそれを崩さないようにしてやれば目的がどうであれ、大抵のことは許してくれる。


 山下賢治を見習いたいとこだがいかんせんおれは、かっとして本来の目的を見失う傾向にある。そういう面から言えば山下賢治はブレていない。目の前の高卒が自分にとってメリットになるかデメリットになるか。そんな風におれのことを考えているのだろう。


 あるいは、杞憂に過ぎないのか。ただ単に軽くあしらわれているだけなのかもしれない。おれに学歴がないのは、稲垣のファイルから山下らの知るところでもある。おれのことを、風習も違うし言葉も通じないので刺激しては厄介だ、と未開の原住民のように扱っているのかもしれない。ま、そうであればチャンスはある。


 とりあえずは、問題の山下賢治も難なく追い払えたし、ともかく船の点検、それに尽きる。


 だが、いざとなると二の足を踏んだ。エンジンを始動させた途端、船が爆発したら。


 不吉な想像が頭をよぎる。じゃぁ、動かす前に船を隅々まで点検すればいい。


 分かってはいるが、土台無理な話だ。エンジニアではないのだ。元走り屋ならばともかく、暴走族でもやっていたら車やバイクの改造などでエンジンに少しは知識もあっただろう。やつらに冷たい眼差しを向け、馬鹿にした己がバカだった。


 が、仕方がない。動かしてみて点検をする。若かりし頃、その方法しか父親に教わっていなかった。大きくゆっくりと息を吐いた。とはいうものの結局思う。これは誰のための点検だ? 


 もしここで、爆発すればその被害者はおれだけとなる。ま、隣の船もなんらかの損害を被るかもしれないが、命までは取られやしまい。それをなぜ、やらなくてはならないのか? このおれが。


 あるいは爆弾なんてない。確かに爆弾が仕掛けられているって考えは常識から逸脱している。そもそもは、隣の船主が幽霊を見たと言っただけのこと。それを嫌な方へ方へと考えてしまい、爆弾に至った。理論的とはほど遠い。


 そうだ、ただの思い過ごしだ、と己に言い聞かせ、ステアリングホイールの前に座った。


 二つある鍵穴にそれぞれキーを差した。そして左、右と順にオンの位置に止める。インパネのグローランプを確認。それが点灯し、消えた。


 固唾を呑んだ。


 万が一、っていうこともあり得る。やめるか? 


 いや、これは山下らのためではない。じゃ、おれのためか。いやいや、そうじゃない。やつらのためでもあり、おれのためなんだ。もし、誰かが船の爆破を企てているとしたら、許せないし、予測していたにもかかわらず皆が犠牲になったなら、死んでも死にきれん。それに、皆がいようがいまいが、どっちにしろ、爆発したらおれは死ぬんだ。おれはやる! 


 左右、二つのキーを順に回した。


 エンジンが始動した。何も起きない。ふーっと大きく息をつく。そして、親父の言葉。―――エンジンを暖機せず一発始動したならバッテリーはへたっていない。


 確かに今、一発でかかった。


 次だ。メインキャビンから飛び出した。船縁を覗き込むように船を一周する。


「あった」


 海面の少し下に船体から水が噴き出ている個所を見つけた。船首の左舷側だった。エンジンの冷却水は船外から取り入れ、海へと排出される。その系統にトラブルが有るか無いのかを検水口でチェックする。水は勢いよく噴出している。


 足早に、アフトに移動し、リアハッチを開け、機関室に入る。エンジンチェックだ。


 エンジンベッドに油が溜まっていないか、海水が溜まっていないか? シリンダー周りに腐食個所がないか? 変な音がしていないか? 


 全て良好。何のことはない。体が覚えていた。さらに機関室内全てを目視チェックする。配管に油漏れもなく、水漏れもない。腐食個所も見当たらず、何ら問題にするところは見当たらない。隅から隅まで覗いて、異物がないかも確認する。


 機関室から出ると各キャビンを回る。棚を開けたり、クローゼットの奥を覗いたり。異物を確認する一方で電灯、空調機の入り切りをする。


 全てOK。


 ロアーデッキの貯蔵庫の食料の状態は? ドアを開けた途端、ヒンヤリとした冷気が肌を擦る。すでに電気は生きていた? 


 食料は満タンであり、考えてみればすでに稲垣が食料を持ち込んでいた。ま、死体もなのだが、電気が生きていなければ異臭で大変なことになるだろうし、そうなっていないのは昨夜、確認済みだった。エンジンのかかり具合からしてみても、バッテリーシステムはスターターバッテリーとディープサイクルバッテリーの二系統なのだろう。ま、当然といえば当然か。


 電気系統もOK。今のところ、何も問題ない。いや、OKか? メインキャビンで電子レンジのコンセントに目が止まる。形がいつものと違うのだ。もしやと思い、各キャビンを回る。どのコンセントもいつも見るイコール記号を縦にしたような形のものと差し込み口が違う。丸棒を二本差し込む形になっていた。見た目、豚の鼻である。


 聞いたことがあるが、海外では電圧も違えば、プラグも違うらしい。もしやと思い確認すると家電のロゴは見たことがない。稲垣はこの船を海外の造船所で作り、直に輸入したに違いない。








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