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04


 田中美樹が言った。


「こちらの音声も拾えるのよ。あちらからの声も出る」

「あちらから?」


「これを作った人よ」

「だれだ?」


「分かったら苦労しないわよ」

「苦労しないって?! 誰かも分からないのにどこに行けってんだ。君は道案内をするんだろ?」


「わたしじゃない。そう言ったのは、あのエロ親父でしょ」

「はぁ?」


「このアタッシュケースが道案内をするの。GPSでも付いているんでしょうよ。因みに向こうの判断でいつでも爆発出来るそうよ。あ、それで思い出したけど、道を変えた時はひやひやしたわ」


「なんてこった!」 思わずハンドル相手に両拳を振り落としてしまった。デジャブーのようだった。それからしばらくは思考停止状態に陥り、ふと、浮かんだのは、なんで田中美樹が爆弾を運ばなくてはならなくなったか、である。それが呼び水となって頭の中に幾つもの考えが溢れかえった。田中美樹はアタッシュケースの機能を知り抜いている。それどころか、爆弾を持っているのに少しもたじろがない。さらには望月望もちづきのぞみ。やつもこの状況を把握している。もっというと、田中美樹とその望月の関係。そして、爆弾魔と二人の関係。さらに言うとその爆弾魔が、草津に着いたらすんなりと爆弾から解放してくれるか、ってことだ。


 おもむろに、車を発進させた。警察に通報する? いいや、もし何か打つ手があったとしても、少なくとも今は変な行動を起こすべきではない。


「どう考えても、あなたこそ一番の被害者ですものね」 唐突に、田中が言った。「訊きたそうだから、どうしてこうなったか話そうか? わたしもへまをしたし、まぁ、あのエロ親父は論外だとして、お互いあいつの身代りになったんだから、あなたも知る権利がある」


 何て言い草だ。それでもおれは言い返さず、黙っていた。頭にきている訳ではない。車を道のわきに寄せ、ウインカーを出し、アタッシュケースに目配せした。


 おれのおびえっぷりというか、慎重さ加減が滑稽に見えたのだろう、田中が笑った。


「大丈夫。大丈夫。あなたと来るのはちゃんとあのエロ親父が相手に説明してるし、相手も納得しているわ。あいつ、めちゃめちゃ口が上手いんだって」


「というと?」


「だからぁ、さっきも言ったでしょ。私は、あなたには何でも喋っていいの。ただし、それ以外の人には駄目。あのエロ親父もその相手に念を押されていたわ。警察やら、マスコミやら、とにかく誰かに喋ったら、即殺すって」


 即殺す、か。「望月からの助けは百パー無しってわけだ」


「その通りね。相手に説明していたのを聞いてすぐ分かったわ。あいつ、自分以外、ゴミだと思ってる」


 そう言うあんたもおれをゴミだと思っているんじゃないのかな、と一瞬思ったが、その考えは振り払った。そして、胸中を本題に戻す。


 田中美樹が言いたいことはつまり、爆弾の運び役は一人ではなく、おれも正式にその頭数に入っているということだ。


「そもそもわたしがへましたからいけないのよ」 そう言って、田中は続けた。「わたしは五十万で望月望の手首にこの手錠をはめるよう頼まれた。業界スタッフだけどね。そのスタッフも何十万貰って、わたしにそう指示しろって言われたんだと思う。それでおそらくはまだ何人かいて、それをリレーしてこのアタッシュケースがわたしの手元に来た」


 田中美樹が言うには、今日の朝、品川プリンスホテルに行って望月望に会った。実は以前から望月に言い寄られていた。絶好の機会とばかりに望月からもお金をふんだくってやろうと考え、望月に話を持ちかけた。五十万円で朝から夕方まで一緒にいてやるって。といっても、手錠を掛けて、はい、サヨナラってつもりだった。そんな目論見も知らずに望月のエロ親父は罠に飛び込んできた。銀行に五十万振り込まれていることを確認して、有頂天となったのは昨日のことだ。


 お金のことでいうと、やはりアタッシュケースも気になっていた。開けたら金塊ってこともあり得る。中を見たい衝動に駆られた。ところが、ダイヤルも鍵穴も見当たらない。それどころかアタッシュケースの側面ぐるりには開きそうな隙間がない。自分では開けるのは無理だと悟り、———そもそも開くものかどうか分からなかったが、興味を失い、クローゼットの中に投げていた。因みにその時はまだカメラはアタッシュケースの中に収納されていた。

 

 ともかくも、手錠をはめなければならない。そうすればさらに五十万。合わせて一日百万の稼ぎとなる。後のことは知ったこっちゃない。どう言われようが言い逃れする自信はあったし、望月の行為そのものが年端としはもいかないアイドルと密会なのだ。露見すれば望月は社会的地位を失う。泣き寝入りは目に見えていたし、アタッシュケースがそんな大それたものとは露ほども思っていなかった。


 品川プリンスホテルの一室で望月の服を脱がし、上半身裸にしたうえで、かわいがってあげる、なんてことを言った。田中美樹の経験上、ほとんどの男がそれでイチコロだった。自分自身のかわいい姿かたちと、言葉責めするそのギャップが男達にはたまらないのだろう、と田中美樹は自らをそう分析している。


 その必勝パターン通り、望月にも効いていると踏んだ田中美樹はさらに、いじめてほしい? などと言って望月を喜ばしておいて、アイマスクを取り出した。


 それを僕に着けるのかい? と言葉と裏腹に素直にアイマスクを着けた望月は、次はどうするのか、と問うてきた。すかさず田中美樹は、手を出して、と注文した。手錠を掛けてやろうとその手を取り、手錠の輪っかをそこに押しあてようとしたまさにその時、握っていた望月の手は引かれ、手錠を掛けるはずの自分の手首に、その輪っかがハマってしまった。


 それで手錠にアタッシュケースという田中美樹の、今の状況が出来上がったというわけだ。


「なるほど望月はSだ。それも超がつくな。あんたがSなら、やつはなおのこと喜んだろうよ。やつにとってSをいたぶる以上の快楽はないからな。君が手錠をハメて相手をいじめるプレーを好むのなら、それをそっくりそのまま君にしてやろうとやつは考えた」


 それには聞く耳を持たず、田中美樹は続けた。


「そこでわたしは、はっとしたのよ。手錠の鍵は? ってね。あいつ、それを見て高笑いよ。悔しかったけど、アタッシュケースから突然デジタル音声がして、アタッシュケースが爆弾だって言うの。で、わたしは望月どころじゃぁなくなった」







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