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「やはり君は頭がいい」


「嫌味に聞こえるぜ」


「そうじゃない。学歴はあっても馬鹿なやつはいる。さしずめ君はその反対だね」


「気休めはいい。そんなことよりなんで日付が確定してるんだ。五百億は死ぬまであんたのものだ。生きているうちはあんたの自由でいいじゃないか。この写真の馬鹿共に指一本つけさせてはいけない」


「馬鹿どもとはあんまりだな」


「こいつら馬鹿でなくてなんだ? まだましだと思える島田恵美も実家は地元の有力者で議員とか使って利権を貪っていたんだろ。元々、競争力や技術なんてなかったのさ。それでもって電子入札で利権を失い、たたき合ってダンピングの嵐になったらこの様だ。逆にここまでよくもったなとほめたいぐらいだ。お嬢様を気取るんじゃないっつうの。まじめな商売しているやつが泣いてるぜ。って、そんなことはいい。早く教えろ。その八月九日ってやつ」


「そうカッカするな。で、日付の件だな? それについては歩きながら話そう。船内を案内しないと話が先に進まない」


 メインキャビンの最も船首、操舵席の左側に下の階に通じる階段がある。そこを降りた稲垣が言った。


「ロアーデッキ。突き当たりがマスターキャビン、左手がゲストキャビン」


 船首にまっすぐ伸びた通路に二つドアがある。稲垣は先ず手前のドアを開けた。


 ぱっと見、部屋の中は窮屈な印象を受けた。入って来たドアから見て奥の壁は船体の左舷側さげんがわになるのだろう、カーブがかっている。床面積が天井面積より小さい。そこにベッドが二つあり、しかもそれが部屋のほとんどを占めている感は否めなく、大人二人が自由に行き交うには難しそうだ。奥にいる稲垣が右手の壁のドアを開けて言った。


「ここが洗面、トイレ、シャワー。狭いんでな、悪いが君が先に出てくれ」


 おれは稲垣越しにシャワールームを一瞥し、先にゲストキャビンを出た。稲垣は二つのドアを閉めるとおれを通り抜け、突き当たりの部屋に入る。


「マスターキャビンだ」


 船の舳先だろう、両サイドのカーブがかった壁が合わさるよう奥に向かっていっている。実際は天井が三角になるところだが、その手前で壁が立てられていて台形に近い部屋になっていた。その舳先の壁に、大きなダブルベッドがあった。ぐるり見渡すと、入って来たドアに向かって右手がクローゼット、左手がどうやらシャワールームらしい。ドアがある。


「ここのシャワールームは、さっきのよりは大きい。大人二人がゆったりだ」


 稲垣はドアを開けて見せた。なるほどと思った。洗面台には大きな鏡があり、その横に便器、そしてシャワールーム。手前の洗面台に一人立って、もう一人が奥でシャワーを浴びられる。面積でいったらさっき見たゲストキャビン全体の大きさとさほど変わらなく、そのゲストキャビンは左舷さげんにあったのだが、マスターキャビンのシャワールームはゲストキャビンの、通路を挟んで右舷側にあたる。


 マスターキャビンを出ると、メインデッキからの階段が見えた。それは先ほど降りて来た階段で、その階段の降りたところで通路はというと、突き当りになり左へと折れる。その角は階段ホールになっていて階段のたもと、その左側にドアがある。稲垣が言った。


「VIPキャビンだ」


 VIPキャビン入口のドアの前に立った。右手が階段、左手は船体備え付けの共用本棚があった。専門書から小説、洋書から和書、古書から新書、綺麗に整頓されて置いてある。階段ホールにはもうひとつドアがあった。VIPキャビンの入口と階段ホールを挟んで正対した位置にある。開けてみると奥行き一メートル。上から順に等間隔で仕切られており、壁は全てステンレスの板で覆われている。ヒンヤリした空気が中から流れてきた。


「食糧庫だ」


 早々に食糧庫のドアを閉め、振り返った稲垣は、行こう、とVIPキャビンに入っていった。


 ゲストキャビンもそうだが、マスターキャビンもほとんどベッドに面積を取られていた。ところがVIPルームは違う。部屋の位置が船の中央部近くにあるというのもある。空間は見た目、ほとんど立方体を保っていて、床の一辺は船体の幅が最も広い箇所に引かれていた。


 部屋のスペースを寝室と浴室に分けている。マスターキャビンにひけを取らない大きさのベッドでありつつ、デスクや棚、クローゼットなど収納台のスペースが確保されていた。VIPキャビンは位置から言ったら船体の中央なのだろうから、壁の向こうはエンジンルームなのだろう。


 浴室は、ドアを開けると正面に化粧台というか洗面があり、左にシャワー、右にトイレがある。シャワーを浴びるにしてもやはり大人二人がゆうに入れて、大人の時間を十分満喫できる、そんな空間だった。稲垣が言った。


「クローゼットを開けてみな」

 

 言われた通りした。中には色とりどり、ビキニからワンピースまで沢山の水着がハンガーにかかっている。サイズも色々あった。横山加奈子や島田恵美のためのものだろうか。


「あんた、サービスするにも程がある」


 稲垣はベッドに腰を下ろしていた。「せっかく沖縄に来るんだ。楽しんでもらいたいだろ?」


「相当楽しんでもらえるぜ、四人とも。それでいいのかい? あんた」


「なにかおかしいことでもあるのかい? これも彼らを呼ぶ理由の一つなんだよ」


 理解不能だが、百歩譲ろう。ここで引っかかっては話が先に進まない。


「で、聞かせてもらおうじゃないの、八月九日の理由」


 稲垣が後ろポケットから写真を取り出し、差し出した。おれは受け取った。


「皆藤真という」


 カジュアルバックなのか、ビジネス鞄なのか、こじゃれた皮のメンズバックを手にさっそうと歩くスーツ姿の男。「この男がどうした?」


「僕はこいつを殺す」


 ぎょっとした。「お、お前!」 


 稲垣は佇んでいた。しかし、目は暗く冷たい。本気なのだ。


「もしや、ばかはよせ!」 


 稲垣は言った。


「七年前、某会社が強制捜査を受けた。容疑は証券取引法違反だ。そしてそれは、某会社関連株の急落で留まらず、株式市場全体の急落を引き起こした。個人株主の動向で市場全体がかき回されたんだ。ほとんどのベンチャー企業は個人投資家をターゲットにしている。会社を興していた僕の友達はみんな、会社を売ってマレーシアに移り永住権を取得したよ。一方で僕は助かった。なぜだか分かるかい。僕の場合、その頃会社と言うほどの会社を持っていなかったからだ。だから持ち株を一旦放出して事なきを得た。といってもそれは混乱の中では大損。放出したのは事前に、だ。それをなぜ知りえたか。皆藤だ! 僕はやつの動きを掴んでいた。やつは僕らを売ったんだ、東京地検特捜部に!」


 おれが持っていた写真をひったくると稲垣は、階段を上がって行く。おれは稲垣を追った。







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