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 稲垣はテーブルをトンとたたいた。手にある資料を置けってことか。おれはそれに従った。次なる資料を手に取る。ファイルには新たに写真が現れていた。稲垣が言った。


「それ、その写真」


 確かに水谷正人と横山加奈子はつき合っていた。二人並んで歩いているのがはっきりと写っている。背景は東京。多分、大手町あたりだろう。皇居辺りの雰囲気が写真から醸し出されている。何かの会合、例えば医師会か。その際に水谷正人は上京する。それで横山加奈子と会った。とするならば年二回か三回、それも毎年同じ月に会うことになる。稲垣が言った。


「もしも加奈子が、金が欲しいと言いだしたならそれは正人のためだ。人づてに聞いたんだが、過去に正人は加奈子に求婚したらしい。二人は別々の大学、正人はというと順天堂、加奈子は明治にいた。といっても最寄りの駅は両方ともお茶の水ですぐ近くだし、ほとんど同棲していたんだろ、昼も夜もずっと一緒だったはず。正人は医学部だから六年制で、加奈子の卒業とは時間差がある。先に卒業した加奈子が金銭的に苦しい正人の面倒をみた。正人が求婚するのは当然だ。が、それを加奈子が断った。一体どういうつもりだろうとその話を聞いた時、僕は考えたね。彼女、小説家になりたかったんだ。それで一緒に田舎に帰ろうという正人をふった」


「それで黒ぶち眼鏡は?」 写真をテーブルに置いて、ファイルから山下の資料を取った。


「山下賢治。スポーツ万能、早稲田大卒。親が地方公務員で賢治は国に帰って県庁勤め。労務課。同僚と結婚。子供は一人。趣味はPC。ネットサーフィンとかゲームじゃなくて自作するらしい」


「こいつも金がいるのか?」


「僕の調べだと公金を横領している。五百万位か。まだ明るみになっていない。彼としては早急に補填したいだろうな」


「PC好きか、なるほどそれで操作は簡単ってわけね」 


 山下にはそれ以上、おれはなにも感慨を抱かなかった。小役人は嫌いだ。おれの親父はよく脱税まがいのことをした。それで目をつけられていて毎年、税務署が乗り込んできていた。


 山下の資料をテーブルのうえに置く。稲垣が言った。


「次に島田恵美。入籍して中川恵美。地元では有名な土建屋の娘で、今は中堅ゼネコンの社長夫人に納まっている。早稲田大学を卒業し、大手銀行に入行。そこで今の旦那と知り合った。子供は二人いる」


 島田、 改め中川恵美の資料を視ていた。「民事再生法? 中勢土建」


「恵美の実家な。因みにその資料はインターネットから引っ張ったものだ。二十億の負債。ま、僕がその気になればもっと詳しく分かるが、その必要もないだろ。いずれにしても地元銀行が見放したってわけだ」


「ネット検索。すると他の三人も知っている?」


「可能性としてはかなり高いね。特に県庁勤めの賢治は」

「島田恵美の旦那は支援してくれないのか?」


「僕の見解から言ったら、無い。こう見えても僕は投資家だ」


「旦那も助けられる理由が皆無ってことか。それでも投資するならば、それ相当の理由がいる。まさか嫁の実家だからとは、腐ってもゼネコン。社長といえども社員には言えまい。ところで二人とも大学は早稲田だな」


「二人はつき合っていた。大学に入ってから本格的にね」


 夏祭りの写真。花火を掴もうとおどける稲垣。その姿は、島田恵美と時間を共有出来た喜びに満ち溢れている。無理もない。花火大会に好きな女の子と行ったのだ。男なら誰しもそのシュチュエーションに憧れる。


「金なら、あんたがどうにかしたらいい」


「僕が会社を譲るのに、四人のうち一人にって、なぜ考えたのか分かるかい?」


「いいや」


「例えば君に頼まずに四当分にしたとする。誰が主導権を握るか、きっともめるよ。だから君も入れるし、四人が話し合って決めてもらいたいと思う。もめるなら金の無い内がいい。金を持つと人は豹変するしね。で、僕は、彼らをいい方向に導けるよう君に力を与える。それが三割五分ってことだ」


 残り六割五分を四人で分けたとして、到底三割五分には到達し得ない。稲垣が続けた。


「彼らが誰かを代表に据える。それで会社を手にした誰かが会社を清算にし、それを五人で配分する、っていう手もある。そうでなければ、君が誰かに投資してやればいい。民事再生法っていったって、ある程度会社に金を入れて、再建案が認められれば裁判所は判を押すし、銀行だって取引してくれる。難しいことはない。それだけの力は君にあるし、彼らだって欲しい金が手に入るのなら、挙げた手を下ろす者もいるかもしれない。そして、それも特定の人間に肩入れしていると思われない第三者の君ならば出来るってことだ。僕にとっても彼らにとっても、君だけが頼りなんだ」


 そう言われてもおれは納得しかねた。一つは、四人が気に入らない。稲垣は第三者でいろというがそれどころか、関わりたくない。それともう一つ。稲垣は死んでしまうと決めつけているようだ。癌なんて今し七割がた全快する。稲垣はどういう了見か。続きの資料を視た。ボランティア団体の案内があった。


「国際子供救援基金? 秘境の村に学校?」


「十日間、この船でクルージングしてもらう。その間、誰も口を挟まないし、挟もうと思っても出来やしない。いい考えだろ? そして、そうまでして誰も株を引き取らないとなればいたしかたない。全てをこの国際子供救援基金に寄付する。当然、君の三割五分は買い上げるという形にするし、それについても心配はない。弁護士を頼んでいる。四人への連絡から始まり、何から何までその弁護士、緒方さんがやってくれる」


 弁護士事務所の資料と緒方の写真。白髪で四角い顔、眉間に皺を寄せる男気たっぷりの男だった。さらに捲ると稲垣の遺書。そこには今まで稲垣が語ったこと、八月九日までに答えを出せなければ国際子供救援基金に全額寄付される趣旨のことが書かれていた。


 はて、と思った。死んでしまうと思い込んでいるのは別として、なぜ日付が明記してある。


「とにかく、君には損をさせない。いいかい?」


 やはり、どう考えてもおかしい。八月九日っていうのはどういうことか。稲垣が続けた。


「実は君だけに押しつけるのも悪い気がして山下賢治だけには会おうかと思う。あいつは僕らのリーダーみたいな存在なんだ。あいつの言うことなら納得できなくとも皆、耳を傾けるはずだ。君のことも僕から強く言い含めよう。どうだい?」


 天涯孤独。身寄りのない者の遺産は国のものになるという。四人は嫌いだが、正直言ってそこも気に入らなかった。五百億もの金を国に渡すのはもったいない。


 それにダメになったら、国際なんちゃら基金に寄付するというし。


「わかった。引き受けよう」


「そうかい! 良かった。じゃぁ、君は八月一日をもってINAGAKIの社長な。今の会社を七月末付けで辞めてくれ。君のことだ。有給は溜まってんだろ? 七月になったらすぐ来るといい」


「そう先走りしないでくれ。おまえ、隠居養生するにしても金はいるんだろ。全財産を放棄するなんて、まるで死ぬみたいじゃないか。こんなことやって、自分が頭おかしいとは思わないのか。なんで八月九日なんだよ。生まれる日は予定日があるが、病死でそんなこと聞いたことはない」






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