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 耳を疑った。が、冗談でこんなことを言うようなやつではない。この男は本気で言っている。


 固唾をのむ。「どうして?」


「君にしか出来ないと思ったからさ。その写真を見てくれ」


 ファイルの冊子の一番上に写真。


 ハガキよりちょっと大きいKGサイズで、被写体は五人。背景は、右上角から写真中央に向かう屋台の看板と提灯電球。写真の下半分は行き交う人々でぎっしりで、上の暗い空間では花火が広がっていた。―――どこかの町の夏祭り。


 おれは『概要』と会社の経営状況の用紙を食べ終わった皿の横に置き、KGサイズの写真を手に取った。夏祭りの記念写真という状況から察するに、通行する誰かに声を掛け、この五人は記念写真を撮った。


「僕たちが初めて五人揃って出かけた時の写真だ」


「へぇ、初めてか。いい記念だな」


 年格好から高校生なのであろう、五人は楽しげであった。同じうちわを持ち、それぞれがポーズをとって自分の感情を素直に表現している。二人が女。残りは男。


 藤色の浴衣を着た背の小さいおかっぱの女と中肉中背で銀ぶち眼鏡をした男はつき合っているようだ。おどけながらも、ちゃっかり下で手を握り合っている。他の三人はどうだろう。右端の男、長身でスポーツ刈りっぽい短髪の黒ぶち眼鏡がピンクの浴衣の女に寄り添っている。距離は近いがまだ関係はないとふんだ。


 ピンクの女はというと、両手で開いた花を思わせる仕草を見せている。察するに女の方はまだうぶなのだろう。黒ぶち眼鏡を男として視ていない。写真の笑顔からして楽しい方が性欲に勝っているといった感じだ。


 そんなのはともかく、きっとこの女はお嬢様でクラスのマドンナ的な存在なのだろう、と想像出来る。雰囲気がどこか垢抜けしているし、写真を撮る際のおどけ方も自制がきいていて品がある。事実、金持ちなのは浴衣の生地が示している。写真で見ても分かるほどだからよっぽどに違いない。それに比べ、かわいそうに藤色の浴衣はどう見てもよれよれだ。


 一方で写真中央、ひょろっと背の高い巻き毛の男は両手を空に向けて広げている。花火を掴んでいるような画にしたかったのであろうか。右端にいる黒ぶち眼鏡とピンクの女を挟むような形の位置である。しかもピンクの女と並ばすにちょい後ろに位置していた。それでも、巻き毛もピンクの女とはほど近い。女の肩が巻き毛のあばら辺りに触れている。


 左から順に銀ぶち眼鏡、おかっぱ、少し下がって巻き毛、ピンク、黒ぶち眼鏡。この写真に楽しげな夏の思い出とともに、青春にありがちな危うい、ちょっとつつけばひびが入る微妙な関係を見てとれた。そして、巻き毛は言わずと知れたこの男―――。


「とはいえ、いかに君であろうとも、ただの雇われ社長ではこれから僕が君にやってもらおうと思っている仕事は出来まい。僕の会社の株式を三割五分、君に贈与する」


 この仕事? で、写真? なにをどうしたいのか。「どうしろと?」 


「この四人のうち、一人だけに僕の株式を残り六割五分、贈与する。君はそこに立ち会い、その一人を決める」


「ちょっと待ってくれ。それじゃ、あんたは?」

「心配いらないよ。いらなくなるから」


「なに言ってんだ。五百億だぜ。あんたが泥水すすって稼いだんだろ」

「大丈夫。僕は死ぬんだ。白血病でね」


 言葉を失った。


「ファイルをテーブルにおきなよ。それと写真も」


 皿とビール缶が目の前から消えたのにおれは気付かなかった。ボーっとしている間に稲垣がテーブルの端に寄せたのだ。戸惑いつつ、手にあるファイルと写真をテーブルに置く。


「左から水谷正人、横山加奈子、僕、島田恵美、山下賢治。ところで君は森つばさって知ってるかい?」


 知っているような無いような。が、そんなところに頭が回らない。


「小説家さ。純愛というか、恋愛というか」


 あっ、と思った。恋多き女。最近は聞かないが若い俳優とも噂になった。それでもって時々R指定ぎりぎりのやつを書く。というか、読んでの感想はほとんどポルノだった。最後まで読まなかったが、よく考えればそれだけ描写がうまいということか。って、そんなこたぁ、今はいい。


「おかっぱの子、横山加奈子がその森つばさなんだよ」


 稲垣はファイルを指差した。そこには雑誌記事のスクラップがある。ソバージュのヘアースタイルの横山加奈子がスーツ姿でインタビューを受けている。誇らしげな笑顔、そして加奈子を持ち上げるような見出しと記事。イメージ作り。出版社にしても本人にしても、本を売りたいのはいいとして、夏祭りのよれよれな浴衣をおれは見ているのだ。変われば変わるもんだなぁと思ってしまう。


「彼女ぐらいだろうな。もしも資産五百億の会社が手に入るとなって、いらないって言うのは。デビューしてかれこれ十年になるか。もう何を書いても許される域に達しているのだろう。で、その横にいる銀ぶちの眼鏡の男、水谷正人は病院の理事。医者だ。院長で理事長を兼ねている叔母がいるが、それには子供がいない。必然、周りからは跡取りってことで期待される。自他共に認めるってやつだ。が、世の中はそんなに甘くない」


「と、言うと?」


「銀行ってものがある。正人自体は、しがないサラリーマン家庭に育った。医療免許を取得した際、叔母のところへ行ったんだが、実家には資産がない。他の親族がガードをがっちり固めているんだな。叔母が資産を分け与えないかぎり銀行は納得しないだろう。現に、叔母は正人のために病院を改装しようと融資を求めた。が、銀行側はその叔母に今後十年、院長と理事長を兼任するよう条件をつけた。つまり正人は金を喉から手が出るくらいに欲しがっている、ということだ」


 横山加奈子のスクラップをファイルから取り出した。三枚ほどであったが経歴とキャリアがその中に示してあった。そこで気付いたのは未婚だということだ。恋愛小説を地で行っているのだから当然であろうが。


 次に、水谷正人の資料。理事を務める病院名とその規模、経営者一族、そして、その家族構成などが記してある。水谷正人は結婚して二人の子供がいた。


 恋多き女に、医者。なんだかうまい具合の取り合わせだ。もしや―――。


 稲垣は言った。


「なにか気になることでも?」


「もしや、まだ横山はこいつのことが好きなんじゃ」


「鋭いね。だから君って人間が好きなんだ。そう、二人はまだつき合っている」







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