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 資産家中小路《怠惰》の執事、小西明は腕を組んで目を瞑っていた。完全に揺れ動いている。主人の中小路《怠惰》はというと、ウイスキーをチビリチビリ楽しんでいる。


 小西の、あの揺れ動きようでは裏切るのは目に見えている。中小路《怠惰》は不安ではないのか? いや、こっちにしてみればそんなことは、どうでもいい。問題は田中美樹《姦淫》だ。終始一貫している中小路《怠惰》の態度に興味を持ったようだ。田中《姦淫》の視線は色白で眠たげな中小路《怠惰》に注がれていた。いったい、どういうことだろう。


 田中美樹《姦淫》の視線。田中《姦淫》はあの優男を可哀想と思っているとでもいうのか。いや、田中《姦淫》はそういう女ではない。だったら、別な感情が働いているとでもいうのか。好みの男だとか、金持ち好きだとか。沼田光の説はともかく、田中《姦淫》は実際に快楽趣向家の部屋を与えられていた。もしかして中小路《怠惰》に性欲をそそられているのではないか。中小路《怠惰》を見る目。なまめかしく、どことなくうつろな視線。優男を誘惑する女郎蜘蛛を連想してしまう。


 いや、よそう、そんな考え。


 実業家大家敬一《貪欲》が言った。


「どうするね、小西君は?」


 中小路雅彦の執事小西明が頭を下げた。


「お願いします。雇ってください」


 やはり小西明は、大家敬一《貪欲》についた。大家《貪欲》は不敵に笑い、さぁさぁこっちへ来いと相棒の黒田洋平がいるテーブルに誘った。それで三人は酒を突き合わし、それぞれが酒をぐっと喉に流し込んだ。


 主人であった中小路雅彦《怠惰》はというと、別段様子は変わらなかった。去る者は追わぬと言えば聞こえがいいが、あまりにも淡泊すぎる。それを見兼ねたのか、田中美樹《姦淫》がつぶやいた。


「かわいそ過ぎる」


 息を呑んだ。田中美樹《姦淫》は間違いなく、資産家中小路雅彦《怠惰》に興味を抱いている。それだけだったらまだいい。何事にも無関心というか、注意を払っていないような資産家中小路雅彦《怠惰》が田中《姦淫》の小さな声に反応したんだ。


「いいえ、僕には近藤君がいますから」

 

 驚きに値することだが、彼の言葉もあんまりだった。確かに今の状況では、近藤は中小路《怠惰》の執事としても成り立っている。そして、元執事の小西明は飲み物さえ持ってくることもかなわない。つまり、使えない男はいらないということだ。


 いや、小西明の方がそれを察したのだろう。中小路《怠惰》にずっと仕えたかったのかもしれない。だが、主人のあの気性から逆に、役に立たないから辞めてくれとは言われないだろう。そんな本心が見えてしまったからには、傍にいるのも辛くなる。あるいは、小西明にしてみれば賢明な判断だったのかもしれない、と思えた。


 国会議員中井博信《高慢》は面白くなかったようだ。実業家大家敬一《貪欲》が喜び騒ぐのに苛立ったのだろう、テーブルの上にグラスをドンっと叩き置いたと思うと、席を立ってリビングルームを出て行ってしまった。後に残された秘書の大磯孝則は、すいませんと皆に向かって二度三度、頭を下げた。そして、自分も席を立った。が、中井《高慢》と一緒に部屋に戻ると思いきやドアの前で止まり、中井《高慢》が消えたのを見計らって、皆に向かって言った。


「ご気分を害されたでしょう。ですが、いつものことなんです。当たり散らしていますが、皆様に敵意なぞこれっぽっちもないんです」


 大家敬一《貪欲》が言った。


「大変だねぇ、君ぃ。いつもそうやって尻拭いをさせられているんだろ?」


「尻拭いだなんて」


「言い方が悪かったかね。失礼。が、考えてもみりゃぁ、まぁ、しかたない。君は将来、政界に打って出る気なんだろ。それくらいの野心がないと中井さんとはやってられんものな。どうかね、その折には俺が支援してやるが」


 大家の、その言葉で相棒の黒田洋平が反応した。「社長。大磯さんって、実は結構有名なんです。なんたって中井博信の窓口は全部、大磯さんだと聞いていますよ。中井博信はただの看板だって」


 大家敬一《貪欲》が言った。


「黒田、よく知ってるな」


「わが社も色々あるでしょ。政界の方にもコネがないと」


「大磯さんもやるそうだが、さすがは黒田、俺の右腕だ。色々調べがついているな」


 黒田を手放しで褒めるあたり、従者を一人増やした大家《貪欲》はやはりご満悦だった。大磯孝則にしてみても、支援と言う言葉は捨て置けなかったのだろう、大家《貪欲》のテーブルにやってきて、腰を落ち着けた。


 先ずは自分の、政財界とのコネをひけらかす。秘書仲間もいっぱいいるとも言う。幾つもの政策にたずさわっていて、政策通だというのもアピールした。そんな大風呂敷を広げる大磯をどう思っているのか小西明は、新たにボスになった大家敬一《貪欲》に軽く会釈すると席を立った。なぜかおれのところに来て、いいですか、と尋ねておいて、おれが断らないと踏んだのだろう、返事を待たずしておれの横に座った。


「狩場さんて、あの狩場さんですよね」


「どのですか?」


「照れないで下さいよ。沖縄の事件に、川崎の事件。その狩場さんでしょ?」


「確かにそんなことがありましたが、」 その話をあまりしたくはなかった。


「事件のことを聞かせてもらえないですか。僕の趣味はミステリ小説を読むことなんです。でも、実際は違うでしょ? 現実と虚構は」


「さぁ、どうでしょか」 ミステリ小説ねぇ。


 小西明はしらを切らせないとばかりに、具体的に尋ねてきた。


「なんで『川崎愛人殺人事件』に結び付いたのか? その推理をお聞かせいただけませんか」


 推理って。言いたくないのは変わりなかったが、言ったところで何の面白みもない。なんせ、そもそもが迷い犬の聞き込みなんだ。ま、始めの質問じゃないが、それが現実と虚構の違いってもんだ。


「いい気なものね」 田中美樹《姦淫》が言った。「相手は十五人といっても小学生だったのよ。どうして見逃してやらなかったの?」

 

 なぜか頭に来ている、おれの気もしらないで。


 とはいえ田中美樹《姦淫》は、おれが十五人の小学生に殺されかけたのを知らないのだ。やられたらやり返す。それがおれの信条。それこそ相手が小学生であったとしても、だ。ただし、そこに至る苦しい道のりはあるにはあったが。


 田中美樹《姦淫》は続けた。「私は継母にいたぶられた。愛人殺害事件の前田玲菜(主犯格の少女)はわたしのヒロイン。十四人の友達の協力を得て、彼女はわたしの出来ないことをやってのけた。なのにどこから湧いて出たのかあんたは、彼女らの完全犯罪を破った」


 おれのテーブルは険悪なムードになっていた。そこに助け舟を出したのは実業家、大家敬一《貪欲》だった。


「わがままなガキを相手にしたって始まらないだろ? こっちに来いよ、狩場君」


 田中美樹《姦淫》は黙らざるを得なかった。大家《貪欲》はどう見ても危険なのだ。


「いや、おれはこのままで」


「そうか。だが、困ったら言って来い、狩場君。受け入れる扉はいつでも開かれている。さ、もういいだろ、小西、戻ってこい」 


「どうも、すいません。お邪魔立てしたようですね」 小西明が席を立った。そして握手を求めてきた。あまり気を悪くしないようにと、おれはそれに答えて手を握り返してやった。


 とはいえ小西明。面倒なやつだ。が、それで分かった。芸能人田中美樹《姦淫》がおれを嫌う理由を。アクアに乗った時点、いや、望月望もちづきのぞみがアタッシュケースのデジタル音声におれの名を使って交渉している時点で、田中美樹《姦淫》はもう気分が悪かった。







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