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沼田光が言った。「なぜ?」
「それはあんたの偏見だろう」
「偏見ですか。で、狩場さんもその女と寝たんですか?」
「そう見えるか? 逆に訊く。おまえこそ、このアイドルに興味があるんじゃないのか?」
「アイドル? 笑わせる。狩場さんは何も知らないんだね。この女はネットで商売しているんだ。アイドルなんかじゃない。売女の間違いでしょ?」
「売女ぁぁぁ?」
かっとした。ぶん殴ってやろうと思った。だが、波風は立たせたくなかったのだろう、中小路の執事小西明が間に入った。
「まぁまぁ、狩場さん。ここは話を聞こうではないか」 そういうと素早く話を本題に戻した。「で、どうしたらマスターは機嫌を直してくれる? 君は分かっているんだろ?」
マスターへの対処が分かっていると匂わせていた沼田光は答えなければならない。
「そりゃ、悔い改めしかないでしょ!」
「悔い改め?」 ほとんどの者が口をそろえていった。おれはというと、もう出る幕はない。沼田が言った。
「《高慢》には謙虚でへり下った心。《妬み》には隣人をわが身のように愛すること。《怒り》にはやさしい心に忍耐と辛抱。《怠惰》には勇敢な心。《貪欲》には慈悲と憐れみ。《貪食》には節制。《姦淫》には貞操と禁欲」
ばかな。この状況でいまさら何だと言う。
「ということは、ここで修行でもしろってことか? 何日もかけて?」
「そういうことだね」
そう言って沼田光は、与えられた部屋、宗教家の間に戻っていった。
奇妙なこととしか言いようがない。この馬鹿げた主催者は政治家やら科学者やら教育者やら集めて、修行しろというのだ。実業家の大家敬一《貪欲》なんかは鼻で笑っている。その気持ちは、おれにも分かる。すでに一人、ロケット弾を喰らわされ殺されているんだ。しかも、馬鹿げたルールを押し付けられたうえ、そうははっきりと言われていないのだが、ここで何日も暮し修行しろというんだ。
時間は午後三時四十五分となっていた。部屋に閉じこもっているのだろう沼田光《貪食》を除いて十人がリビングルームに集まっていた。
大家敬一《貪欲》とその相棒黒田洋平を除き、どの顔も血色が悪い。表情はそれぞれで、疲れた顔に脅えた顔、悩んでいる顔。互いに距離を置き、相手を警戒している。それはそうだ。『悔い改め』が必要なのかもしれないが、マスターと呼ばれる男は間違いなく、全員で殺し合えと言っている。
その十人がそれぞれ注文をしたアルコール類や紅茶、コーヒーなどを執事の近藤が盆にのせて持ってきていた。ウィスキーのグラスを手に取った国会議員、中井博信《高慢》が言った。
「近藤、毒でも入れたんじゃないだろうな」
「わたしどもの方からそれは出来ません。あくまでもプレーヤーの方の手によってでないと」
プレーヤー? やはり狂っている。テーブルに置かれた紅茶を手に取った。毒を入れていないか警戒は怠っていないつもりだったし、間違いなく、近藤以外誰もおれのカップには近づかなかった。安心して紅茶を口に含む。他の者もおのおの飲み物を口に含んでいた。
七つの大罪。それは日本人に馴染みが薄かった。なのに突然、『悔い改め』よ、と言われても全然ピンと来ないし、どうすれたばその行為―――日本流にいえば滝にうたれるとか他人に示せるのか、皆目見当がつかない。
となれば参考に出来るのは、映画の『セブン』である。あれは適役、狂信者が怖かった。頭脳も相当優れているのだろう、ノートにびっちり書き連ねてあった文字からそれが想像出来る。マスターもやはりそんなやつなのだろうか。
だとしたら、こっちが『悔い改め』たと言っても、簡単には信用しまい。何か試練を与えてくるはずだ。あるいは『悔い改め』ない者を殺せとか言い出しかねない。そして、仲間に入れと命じられるのだろう。まるでカルト。そんなのに加わるなぞ絶対に、ご免こうむる。
「七人の罪人ども以外、聞いてくれ」 実業家大家敬一《貪欲》がマリアの絵の前に立っていた。「これから従者とやらを募集する。俺の会社の重役になりたいものはここに来てくれ」
この男は、『悔い改め』ようという気を微塵も持ってない。が、たくましい。まったくもって動じてないというか、自分が死ぬとは微塵も思っていない。その自信はどこからくるのだろうか、感心してしまう。
といっても、そんな大家敬一《貪欲》に迎合したわけでない。誰でも死ぬし、欲をかけばいいことなんてない。重役、社長、その甘い言葉におれは、昨年沖縄でえらい目にあっている。二度とその鉄は踏まない。
横にいるアイドル、田中美樹《姦淫》の様子を伺った。おれが大家敬一《貪欲》のもとへ行かないか心配しているのではないか。
ところが、そんなことはなかった。ついさっきは懇願するかのような視線を向けてきたのに今はおれと視線が合うや否や、頬杖を突いてそっぽを向いてしまう。薄々感じていたがこの女、愛想が悪いのではない。おれのことが嫌いなんだ。よくよく考えれば、沼田光《貪食》と言い合っていた時、おれに冷ややかな視線を送っていた。
だが、なぜ。
思い当たる節はなにもなかった。昨日まで見知らぬ仲だったし、考え得るのは知らず知らず何かを言ってしまったか、ということ。あるいは以前に会っていた。とにかく、全く身に覚えもない。
「狩場君、君はどうだ?」
大家敬一《貪欲》の声に、はっとした。
「いや、おれはこのままでいい」
「大磯君は?」
「僕は中井さんに死ぬまでついていきます」
「大した忠誠心だ。では、小西君、君は?」