11
部屋の構成はリビングと寝室、クローゼットが設置された衣装室、化粧室と浴室の五部屋であった。やはり天井は高くシャンデリアがある。窓はというと、リビングだけにあり、一階の通路と同じように鉄格子が設置されていた。
今まで見て来た場所と決定的に違うのは、大仰な格式ばった絵画などではなく、リビングの壁に中世の農具が飾ってあることだ。三日月型の小さな鎌から、死神が持っているような大きな鎌まで壁に掛けられていた。小さな金槌、大きな金槌。細いのから太いのまで各種ロープに、蹄鉄が蝶の標本のように飾ってある。さらにはピッチホークまで壁に掛けてあった。台座付万力に、大きなツカミもオブジェのように部屋の端に置いてあった。そして、銀色に光る中世の鎧。その手には槍のようで槍ではない、長い柄の先に斧がついている武器が握られていた。戦斧と言われるものだろう。
沼田光は暖炉の前から動かなかった。
執事近藤が言った。
「それは無煙暖炉です。燃料は液体性エタノールで」
「そうじゃない、これ!」
暖炉ではなく、沼田光は暖炉棚に飾ってある置物に興味があったのだ。
近藤が言った。
「いいものでしょ。マスターが世界のあちこちで見つけてきたそうです。他の部屋には別の物が飾ってあります」
「これ、売ってくれないか!」
「売るとか、滅相もない。マスターが皆様方のために用意したものですから」
「貰っていいのか」
「どうぞ。ですが、他の部屋にあるものは部屋に滞在するお客様の了承を得て下さい」
気味の悪い像であった。豚と蠅と人が混ざっていて、こっちを向いて凄んでいる。おどろおどろしいというか、趣味が悪いとしかいいようがない。が、これはマスターを知るいいヒントではないか。どこのどいつかまでは特定出来ないだろうが、少なくともその性格は推測できる。あるいは、この馬鹿げた茶番の動機が分かるかもしれない。
「この部屋のどのドアも鍵が掛けられない」 中小路雅彦の執事、小西明が言った。「他の部屋も鍵が掛からないのでしょうか?」
近藤が言った。「はい」
「ちょっと聞くけど」 浴室を覗いていた田中美樹が言った。「監視カメラが設置されているんですが、私の部屋もそうなの?」
近藤が言った。「はい。どの部屋もです」
「どうして?」
「ルールは絶対です。御不自由かけますが、わたしどもはそれを監視しなければなりません。どうか悪しからずご了承ください」
中小路の執事小西が言った。「電灯がついているのに、スイッチがないっていうのはどういうことですか?」
「ご承知いただいている通り、わたしどもはルールが守られているかどうかが最大の関心ごとです。ですから暗闇は好みません。電灯の入り切りはわたしどもの方でコントロールさせて頂きます」
そう言って、近藤は次の部屋に向かった。宗教家の間と同じ並び、その隣の部屋に入った。
「政治家のお部屋で御座います」
なるほど、宗教家の間と全く同じ間取りだった。装飾も同じ、中世の騎士に戦斧。壁には鎌の大小各種、ピッチホークに金槌の大小、ノコギリ、台座付万力にツカミ。
またしても、沼田光は暖炉の上の像にくぎ付けであった。それは宗教家の間にあった像とは違い、凄みは高圧的であり、だが、美しささえ感じる。グリフォンにライオン、そして、孔雀に人が混然一体となっていた。
「中井さん、これ貰ってもいいですか」
「すきにしろ」
その言葉に、沼田光は喜びに震えたかと思うと像を抱え、政治家の間を出て行ってしまった。
なにが彼を喜ばすのか、全く分からなかった。ただ部屋に合せた像であることは想像出来る。やはり何か意味のあることであろう。それは間違いない。
それからも各部屋の確認が続いた。宗教家、政治家ときて、玄関ロビーからの大扉とそれが開かれる広い空間があり、その先のどん詰まりに部屋が一つ。廊下で仕切られ、どことも接していない離れ小島。そのドアの前に十二人が立った。
近藤が言った。
「快楽趣向家の部屋です」
冷やかな視線が田中美樹に集まった。彼女は芸能人なのだ。下賎な勘繰りだが、どうも芸能人からそれへの連想は簡単だった。アイドル崩れがAV女優に転身なんて茶飯事。それに、タイミング悪いというか、ある事件が世間をにぎわせていた。芸能人がセックスの最中、人を死なせたのだ。
いや、それは偏見か。全体的に見ればAV嬢は一般人からの方が多いし、腹上死もまた然り。快楽趣向家は、他の誰かかもしれない。並んだ顔を見渡した。アタッシュケースを持ってきた者達。言い換えれば、銃を手渡された者達。ジャージの男か? 田中美樹でなければこの男しかいない。
「なるほど、田中美樹にはぴったりだ」
と、言ったのは沼田光である。何か知っているような含み笑いを見せた。嫌な感じだ。他の者たちからの田中美樹への蔑みの視線も依然として変わらない。田中は平気な顔をしているが、どういう心境でいるのだろうか。
とにかく、抗議しなくてはならない。そもそも彼女は望月望の身代わりなんだ。その望月望が快楽趣向家と言われるのは無理もないことだが、彼女に当てはめるのはおかしい。前言を撤回させ、ちゃんと芸能人だと訂正させる。
田中美樹が言った。
「いいのよ」