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 望月望の目論見通もくろみどおりクリスマス以来、悪夢に悩まされるようなことはなくなった。病気が治って手放しで喜びたい気分ではあるが、おれとしては、望月の手の平で踊らされたってことが面白くない。思い出すとイライラしてくる。デスクをひっくり返したいって衝動に突然駆られることだってある。


 だが、まぁ、人生とはそういうものだ。何もトラブルがなく、いつもハッピーでいりゃれりゃぁそれに越したことはない。実際、そうじゃないんだから仕方がない。悪夢と衝動とどっちか取れって言われりゃぁ、衝動を取るさ。悪夢の方は願い下げだ。


 人生、選択の連続っていうだろ? それにもうそんなに若くはないのだから、その衝動もいつかは消える。まぁ、もって三か月か。春になったら忘れてもうケロッとしている。そうさ、おれはいつもハッピーな気持ちでいられる。雪だって怖くはない。


 露天風呂で雪見酒っていうのもいいねぇ。見渡す限りの大自然、真っ白な山々。で、風呂から上がったら上がったで今度は冷えた缶ビールでグイッと喉を潤す。いいねぇ。適当に働いていれば食うにも困らないし、おれの人生、これからいい事ばかりじゃねぇか。って、さっきも言ったが、残念ながら人生そうは問屋がおろさない。


 かく言うおれは新たな問題を抱えてしまっていた。田中美樹である。事務所に入り浸って、テレビを見ていたり、ソファーで昼寝をしていたりしている。放っておいたら電話の対応をするわ、接客をするわ、しまいには請けた仕事にまでも首を突っ込んでくる始末。眼の前をちょろちょろして、おれもほとほと我慢の限界に達し、出て行け、と怒鳴る。と、決まって、わたしの裸を見たんでしょ、責任とってよ、と居直る。怒るばっかりじゃぁダメかと、おまえも自分の仕事もあるだろ? と趣向を変えて諭してやったりもする。だが田中は、アイドルは辞めた、これからは女優を目指す、今は充填期間なの、と訳の分からない一身上の都合を持ち出して、後はおれが何を言おうがどこ吹く風である。それだけではない。


 あれを食べるとか、これを買うとか、ショッピングにもつき合わされる。雑誌を広げて、この温泉に入りたいとのたまい、ドライブまでも付き合わされる。もちろん代金はおれ持ちだ。


 一番困るのが、ふとした場面だ。二人で多摩川を散歩したり、偶然駅で出会って一緒に帰ったりすると決まって田中は言うのである。


「わたしが死んだと思ったとき、どうだった? 悲しかった?」


 望月望はというと、相変わらずだった。くだらない仕事ばかりを持ち込んできた。全部やつが仕出かしたもののケツ拭きだ。が、それはそれでいい。もう慣れっこだ。仕事は仕事と割り切らなくてはならない。


 腹ただしいのはさっきも言ったが、やっぱりドッキリの、あの四日間だ。後から大磯孝則に聞いたのだが、ひどいものだったらしい。望月は例の塔でモニターを鑑賞し、おれが苦しんでいるを指さして笑い転げていたそうだ。沼田の死体を見て吐いた時も、椅子に縛り付けられて人生に悲観していた時も。


 その馬鹿笑いする光景がありありと目に浮かんでしまう。あの四日間の内で、おれは望月の鼻をぶん殴って、腹をけり上げたいと思ったことがある。その気持ちは今でも変わらない。だが、望月は屈託のない笑顔で言うのだ。楽しかっただろ? 


 そりゃぁ、パーティーは楽しかったさ。ドッキリだから大家敬一の事故米不正転売も田中美樹の継母からの虐待も全て本当かどうかは分からない。だが、間違いなくあの洋館に集まった誰もが自分の人生に罪悪感か、負い目か、後ろめたさがあったはずだ。


 望月望の言葉にあった“A rogue rescues the world”。彼らは悪行を重ねて社会の底辺からのし上がってきた。欲俗よくぞくにまみれ、良心の欠片もない。だが、武内忍に出会った。彼らは無い良心を各々持ち寄り、寄せ集め、彼女に託した。武内忍はそんな彼らの良心の結晶だったのかもしれない。


 いや、それは考え過ぎか。言うなれば、『七つの大罪』効果というべきだろう。沼田光の芝居は間違いなく良かった。よくぞあの長台詞を覚えたと褒めてやりたいし、その効果はパーティーが終わるまで発揮されていた。あの日は誰もがバカ騒ぎをしたが、クリスマスらしい神聖な夜だった。


 ともあれ、押並べて誰しも心に苦悩を抱えている。それとどう向き合うかが重要で、彼らの場合、『七つの大罪』なんて恐れはしない。『ガンディーの七つの大罪』もしかりだ。たくましい限りである。


 ある日、ドッキリについて腑に落ちないことが一つあったから望月望に尋ねてみた。


「おまえは沖縄の真犯人が稲垣陽一だと気付いていたんだよな」


 望月は事務所のソファーで寝っ転がって『銀魂』を読んでいた。


「ああ、でないと君の病気は治せないからな」


「だろうな。取り敢えずだが、礼を言わせてくれ」 おれは頭を軽く下げた。望月は見ていない。漫画に夢中だった。


「ところで、望月。おまえ、あの首のない死体二体をどうやって手に入れた。まさかおれの病気を治すために誰かを殺めたわけじゃぁないだろうな」


「そうだなぁ、国外。どこかは言えないがそりゃ、処刑されたのをさ、買ったのさ。やつらは首から上が必要だったし、僕たちはそれから下が必要だった」


 そういうことか。あるいは稲垣陽一も、誰かを殺めて自分の死をカモフラージュしたのではないのかもしれない。死体を買った。


 だが、それにしてもだ。普通、買うか? 死者にも尊厳っていうものがある。パーティーに集ったやつらはいいやつらばかりだったが、やはり頭がいかれている。と、いうか、罪を背負って行く覚悟がハンパない。気持ちいいぐらいにやつらは人でなし、いいや、人なのである。 









《了》


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