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 考えてみれば近藤は誰を招待したかを一切言っていない。爆弾のアタッシュケースをはめて来た者が招待されたと誰もが勝手に思い込んでいた。


 確かに田中美樹。イレギュラーと思い込んでいたが、マスターは最初っから彼女が狙いだったんだ。


 ルールは守られていた。悪魔像と中井博信の個性にまんまと騙されて、誰もが早々に中井の存在を犯人探しから除外してしまった。それがマスターの狙いだったと知れずに。


 実行犯は中井博信。やつは真の招待客ではない。真の招待客は大磯孝則。中井はマスターの従者で、マスターのスパイ。ならばルールは守られているし、それこそやつはルールに守られていた。そして、マスターは目論み通り、ルールを盾に狙った獲物を全員葬った。


 そういうカラクリだったんだ。そして、犯行の動機。マスターは天誅でも下している気でいたのだろう。『ガンディーの七つの大罪』。そして、ガンディーに心酔するマスター。やつはガンディーの遺訓に逆らう者を許さない。世直しでもしているつもりなのだ。


 それと望月望! 


 おれが頭に思い描いている人物想がもしマスターなら、望月が田中美樹に爆弾を押し付けて逃げおおせたのも納得がいく。始めっからその段取りだったからだ。それに不発のロケット弾。不良品でもなんでもなくあれは意図的なものだったんだ。追っ手が来なかったのも解せなかった。


 望月望は沖縄の病院でおれにこう言った。「どうやら君は武内忍に気に入られたようんだね」


 やつらからしたら、おれもやつらの身内なんだ。つまり、おれは知らず知らずに犯罪の片棒を担がされていた。稲垣陽一の時と同じだ。


 糞がぁー。


 となれば、何を迷うことがあろうか。おれの知っているやつでこんなことを計画実行する人間は一人しかいない。しかも、あの、TeLEXティーレックスの創業者望月望が手を貸している。

 

 狩場探偵事務所の前の路地にシルバーのポルシェが徐行していた。それがくすんだビルの向かいの塀に、電柱を避けて幅寄せすると、猛獣の咆哮のごとくなエンジン音を二回鳴らした。


 運転席から望月望が姿を現した。探偵事務所の『務』の文字シールが貼ってある窓から、おれはそれを確認するといつもと変わらないように見せかけるためデスクに移動した。


 望月が入って来るなり言った。


「いやぁ、さすがだね。君なら生還出来ると思ってた」


 始めっからその段取りだったくせに。「まぁ、そこに座れ」


 そことは、デスクの前にある客用のソファーセットである。望月はいつもと変わらない感じでズカズカとデスクに向かって来る。こいつは必ず、おれの机の書類を手に取ってなにか嫌味を言う。本人はうけを狙っているつもりなのだが、内容が不倫調査やら身辺調査やらでおれとしては笑えなかった。それが今日に限っては机の真ん前に立ち、いきなり報酬の話をして来た。


「言ってくれ。出せるだけ出そう」


「まぁ、座れ」


 ソファーセットは望月の後ろにある。いちいち面倒なやつだ、と望月は思っているのだろう。一瞬眉をひそめるときびすを返し、一人掛けが二つ並んだ方じゃなく長いタイプの方に腰を下ろした。


「腹が立つのは分かるが、これも仕事だろ? で、お前はそれを請けた」


 屈託のない笑いを見せた。おれは言った。


「そして見事、やり遂げた、といいたいんだろ?」 望月のセリフを奪って、デスクを立った。「が、おれも言いたいことがある」


「それは勘弁しろ。金は払うって。一億か? 二億か?」


 おれは望月の後ろへ回る。拳銃を抜いた。


「金額か? そうだな、十億。この仕事はそれくらいの価値があった」


「ばかいえ、」 望月は振り返った。顔色が青ざめている。拳銃が目の前にあった。「そりゃ、いくらなんでも高すぎる」


 見せただけでなく、拳銃を望月の額に突き付ける。


「西田、沼田、大磯、井田、橋本、大家、小西、黒田、小西、田中。あんたらが殺した者達だ。一人一億っていうのは格安だと思うが」


「言っている意味が、」 

「白を切るな!」 おれは望月の言葉を遮った。「おれはな、何もかも、分かっているんだ」


「そのようだな」


 おれが本気だと望月は分かったようだ。いつもなら立場が悪くなると見せる、屈託のない笑いはなりをひそめ、視線は泳いでいた。


「それともなにか? お前の命で償うか」

「分かった! 払うよ。それでいいんだろ?」


「いいや。だめだ」 拳銃の撃鉄を引いた。「気が変わった。金はいい。マスターに会わせろ」

 

「会わせろって、今すぐか?」

「不都合でもあるのか?」


「今日は十二月二十四日、クリスマスイブだ。おれにも予定ってものがある」


「この期に及んで?」 おれは激情に駆られた。今ここで銃の引き金を引いてやっても良かった。「ふざけたことを言う。お前は己の立場が分かってないようだな。今すぐ教えてやろうか?」


「いや、十分わかっているつもりだ。君がカッカする気持ちもな。でも、僕もこう見えて社長なんだ。従業員のパーティーに顔を出さなくては。それに付き合い上、いくつか回らなければならないとこもある」


「じゃぁ、おれがこの手で今、面倒な社長を下ろしてやっていいが、どうする?」


 望月はおれの目の奥を覗いているようだった。じっと視線を動かさない。そして、言った。


「分かったよ。案内するよ」


 そう言ってからの望月は、驚くほど従順であった。いつもは立場が悪くなると逆に余裕をかまして、戯言を延々と続けるのだが、今は一言も発しない。ポルシェの助手席でおれに絶えず拳銃を突き付けられているってこともあるが、無口の理由の一番はマスターに合わせる顔がないと言ったところではないだろうか。


 いや、逆に、これ幸いとおれをマスターに会わしたいのかもしれない。そしたらマスターはどうなるか。マスターはおれを気に入っているからな。おれの反抗的な態度にもしかして、マスターは打ちひしがれるかもしれない。そんな想像をし、いや、妄想をして望月望は欲情し、無口になっている。


 想像するだけで感情が高ぶり、心臓の鼓動が体をも震わす。望月はおれをおちょくっている場合ではない。マスターが苦しみ、悲しむ。それが望月の欲求をどんなに満たすことか。間違いない。






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