対面
「……これは、なんかの……いたずら?」
君は、言った。
「いや……分からない」
僕は、答える。
「なんで……」
君は、戸惑う。
「……分からない。でも、これは確かだ」
僕も、戸惑う。
でも、でも。
言わなきゃ。
「……僕は、向田凛。多分、並行世界の」
——初めまして、もう1人の僕。
「そんなことって……」
りんりんはそう言って、絶句した。
「僕も信じられないよ、ここにいることが……」
僕は、今までのことを全て話した。そうするしかなかった。
りんりんは戸惑った顔で話を聞いてはゆっくり考えて、何度かうなづいた。そして、話が終わった時、
「……君は、今日がこの学校の創立記念日の世界から来た、僕ってこと?」
困った顔をしながらも、何とか話を飲み込めたらしく、そう訊いてきた。
僕はうなづく。
「そうだよ。学校に来たら授業やってるから、本当にびっくりした」
りんりんは少し考えて、
「……そりゃ、驚くわ。僕が同じ立場でも、多分、てか絶対びっくりするよ」
と言った。
りんりんは戸惑いながらも、取り敢えず僕の存在を受け入れてくれるみたいだ。それが何よりもありがたかった。もしこれで僕の存在を否定されたら……僕はどうしていいか分からなくなっていただろう。
「はは、そうだよね」
僕は思わず小声で笑う。つられてりんりんも少し笑った。
「お互い、なんて呼べばいいんだろ」
「君のことは"りんりん“、僕のことは"凛"でいいと思うよ。さっきあきのんに会った時もそうしてたし。僕、元の世界ではみんなに凛って呼ばれてるんだ」
「じゃ、そうしよう」
僕とりんりんが会うことで、僕が恐れていたように何かが起こることはなかった。ただ、変な気持ちにはなる。
なにせ、目の前に僕がいるんだから。
なんか……鏡と会話しているみたいだ。
「——なんか、鏡と話してるみたいだな」
りんりんも同じことを考えたのか、そう呟いた。
「うん。なんか、不思議な感じ」
僕も、思った通りのことを言った。
そして何故かお互いに見つめ合ってしまい……同時に軽く吹き出した。
「——なにこれ」
「にらめっこみたいだな」
そして、また笑った。
「——向田さんと、……向田さん」
りんりんが振り返る。
その声の主を探すと、そこには司書さんがいた。
「なんだか変な感じですね、同じ人が2人いるなんて」
司書さんは困ったような顔をしてそう言うと、りんりんも「ですよね、池内さん」と言う。
そっか、僕とりんりんでは司書さんの呼び方が違うのか。
司書さんもその違いに気付いたのか、それともずっとこちらをみていたのか、りんりんの方を見て言った。
「向田さん、新刊、借りていかないんですか?」
「あっ、借ります借ります」
りんりんは漫画の棚の方へと慌てて歩いていった。
「そして向田さん」
「はい」
司書さんは、今度は僕の方を見ている。
「貸し出しと返却の作業、やってくれたんですか?」
「あ、はい。慣れてますし」
「そうですか……ありがとう。でも……どうしてやり方を知ってたんですか?」
——ああ、やっぱりこの世界にはカウンター当番制度がないのか。
僕の暮らす世界にカウンター当番制度があることを伝えると、納得したようにうなづいた。
「そう言うことだったんですね。助かりました。あの、午後は私これから出張なんですけど、放課後まででいいです、当番をお願いしてもいいですか?」
「ええ。僕、暇ですし」
僕はすぐに引き受けた。
「ありがとう。もう出てしまうので、お願いしますね」
「はい、分かりました」
司書さんが図書室から出て行き、りんりんが困ったようにカウンターを見ている。りんりんはきっと漫画を借りたいのだろう。
「いま、いくよ」
小さく呟いて、カウンターへと向かう。
さあ。
1日の後半戦が、始まる。