かくれんぼ
準備室に隠れていると、だんだんと廊下が騒がしくなってきたのが分かった。
2-1の生徒たちが、来たのだ。
授業開始のチャイムが鳴る。
号令がかかり、先生が話し始める。
「はーい、静かにー」
ああ、さすがに先生は一緒みたいだ。
声で分かる。この先生は、佐藤先生だ。50代ぐらいの、女の先生。僕が住む世界では2-1で古典を教えていて、この学年の学年主任も務めている。
佐藤先生が2-1で古典を教えていることは同じみたいだ。
「えーっと、今日は、新古今和歌集の……」
授業内容も、大体同じ。ここまで一緒なら、学年主任も務めていそうだけど……。
「ねえ、佐藤先生って、2年生の学年主任?」
「うーん、どうだったっけ……学年主任は澤田先生だと思ったんだけど」
あ、そこは違うのか。
並行世界って、なんだか面白い。
あきのんと僕は、図書準備室で本を読んで時間を過ごした。
「その本、両方読んだことあるよ」
「本当に?」
「うん。並行世界の本だから少し展開は違うかもしれないけど、とってもいい話だよ」
そんな会話を彼女と交わし、しばらく本を読みふけっていた。
あきのんが不意に顔を上げて、言った。嬉しそうな笑顔で。
「私、これ好きかもしれない」
「本当に? 僕も好きなんだよね、それ」
僕がそう言うと、あきのんは意外そうな顔をしてみせる。
「そうなんだ。でも、そう言う本が好みだとは思わなかったよ」
「これ?」
漫画の外伝本を振ってみせる。するとあきのんは首を振って、僕が持っていた好きな作家さんの本を指差す。
「それだよ。あと、こう言う本とか」
そう言って、あきのんは自分で持っている本を軽く振ってみせる。
「りんりんは漫画しか読まないからさ」
「えー、勿体無いなあ。この本を勧めてあげたいよ」
僕は純粋にそう思った。あきのんも、
「ほんと。読書に関しては、りんりんは凛を見習うべきだよ」
そう言って笑う。
でも。
「……でも厳しいかなぁ」
もう1人の僕に会うのは、少し怖い気もした。
多分彼は、同じ自分なのに、全くの別人なのだ。
それに、もう1人の僕に会うことで何が起こるかもしれない。もちろん起こらないかもしれないけれど。
何となくだけど、もう1人の僕に会うのは避けたかった。
「……あ」
もう直ぐ授業が終わる、というところであきのんが声を上げた。
「どうしたの?」
「……凛、隠れた方がいいかも」
「えっ?」
言葉の意味が、一瞬理解できなかった。
「りんりんは、私がここにいるのを知ってる……図書室で授業があると、終わった後に大体ここを覗きに来るから……」
「えっ⁉︎」
授業終わりのチャイムが鳴る。
「なら、そこの資料室に……」
図書準備室の奥に扉があるのは、僕が暮らす世界と同じだった。
その奥は、もし僕の暮らす世界と同じなら、資料室だ。図書室に置ききれない本をしまうための部屋で、鍵は開いているはずだ。
僕はそこへ急いで移動する。
ガチャリ。
ふたつの扉の音が、同時に聞こえた。
ひとつは目の前で。
ひとつは少し後ろで。
「あきのん、またサボりなの? もう」
それは、聞き慣れているはずなのに、聞き慣れない声だった。