並行世界
「秋野さん、向田さん、ここは図書館ですよ。もう少し、静かにしてくださいね」
急にそんな声が聞こえ、振り返ると、そこにいたのは……
「あ、司書の池内さん……」
「——すみません」
僕と明が謝ると、池内さんはにこりと笑った。
「いいえ、気をつけてもらえればいいのだけれど……ごめんなさいね、話を聞かせてもらいました。向田さん、教室に自分がもう1人いたのですね?」
「はい」
僕はうなづく。なぜそんなことが起こっているのか、見当がつかないのだ。
池内さんは少しだけ困ったような顔をして言った。
「……残念ながら、私が記憶している限りですけど、この学校の創立記念日は今日ではなく、7月13日ですよ」
「そんなぁ……」
「やっぱり、そうですよね?」
僕は落胆し、明は嬉しそうに言う。
しかし、池内さんは不意に少し考え込んだ。
「……でも、10月23日が創立記念日のこの学校も、もしかしたら存在しているのかもしれませんね」
「えっ」
そう言ってしまってから、思った。
いや、存在してくれないと困る。
僕が通っていたのは、間違いなく今日が創立記念日のこの学校なのだ。
「それって……どういうことですか?」
明が戸惑いの声を上げる。池内さんは、いたずらっぽく笑って言った。
「……お2人は、『パラレルワールド』という言葉を知っていますか?」
「『並行世界』……」
「そうです。もしかしたら向田さん、あなたは……その並行世界からの旅人なのかもしれませんよ。そうしたら、辻褄が合うと思いません?」
——たしかに。
もし僕が並行世界に来てしまっているとしたら、今日が休みじゃないことも、創立記念日が今日じゃないことも、明が僕を『りんりん』と呼ぶことも、『向田凛』が2人存在することも、簡単に説明がつく。
「なら、目の前にいるりんりんは……うちの知るりんりんじゃなくて、並行世界のりんりんだってことですか?」
「……多分ですけどね」
「でも、目の前にいる明が僕の知る明でないとしたら……たしかに辻褄が合うよね」
「たしかに……」
なら、もしここが並行世界だとして、いつから僕は並行世界に来ていたのだろう?
何か今日、いつもと違ったところは——あっ!
……まさか。
まさか、電車を降りた時に目眩がしたのは……もしかしたら、その時に並行世界に来てしまったから?
定期が使えなかったのは、定期が切れたからじゃなくて同じ名義の定期があったから?
そういうことなのだろうか。分からない。
小声で明(こちらの世界ではあきのん)に話しかけられる。
「まあ、『凛』はとりあえずここにいたらいいんじゃない? 少なくとも『りんりん』は図書館にあまり来ないし」
「へぇ、そうなんだ。ありがとう、明……じゃなくて、『あきのん』」
「ううん、いいの」
いつの間にか、自然と僕とあきのんは呼び方を分けるようになっていた。
そして、小声ではあったけれど、会話は続いた。