帰還
iPhoneのアラームが鳴る。でもそれは、いつもの音とそうでない音が混ざりあっていた。
「——うるさい!」
りんりんはそう言って飛び起きるなり自分のiPhoneのアラームを止め、僕はいつも通りに手探りでiPhoneを探してアラームを止めた。
時間は6時15分。りんりんが先に1階に降りる。
「——いないよ!」
りんりんのお母さんが家を出ていることを確認し、下から叫ぶ。それを聞いた僕は「分かった!」と叫び、部屋の中で制服に着替えた。
着替え終わって下に降りると、りんりんが1枚のパンを焼いているところだった。
「はい、これ」
りんりんが焼いたパンを半分にして渡してくれた。
「ありがと。でも……半分じゃ足りなくない?」
僕だったら多分、足りないと思うんだけどなあ。
「うーん……それよりさ、昨日はよく寝られた?」
「うん、よく眠れたよ」
りんりんの問いに答えて、パンを頬張ってから気付く。
……あれ? 質問の答え、はぐらかされてない?
昨日買ったサラダやらなんやらのゴミは僕がまとめて鞄の中に入れた。学校で処分してしまえばいいだろう。学校で処分しないにしても、とにかくここには残しちゃダメだ。ジャージはりんりんが畳んで元の場所にこっそり戻しておくと言っていた。下着は僕が昨日着ていたものを置いていく。この家にあったものと僕のものを交換、ということか。「僕の着ていたものだけどいいの?」と訊くと「どうせ同じ人なんだから気にしないよ」と言われた。確かにそうなんだけど……まあ、気にしないことにしよう。あの下着も割と新品だったし。うん。
そして、僕とりんりんで家を出た。りんりんは今日はちゃんと鍵を持って出て、扉の鍵を閉めた。
ここで、疑問が生じる。
「……あれ、なんで昨日は鍵を忘れたの?」
鍵を忘れてたら、家を出る時に扉の鍵も閉められないと思うのだが。
「ああ、昨日は母さんが家を出るのが遅い日でね。僕の方が先に家を出たから」
——なるほど、それだと確かに閉め出される。
駅ナカのコンビニでりんりんは親にもらったお金でお昼ご飯を買い、僕はお小遣いでお昼ご飯とおにぎり2つを買った。おにぎりは勿論、りんりんと僕で分けて食べた。それは絶対朝ごはんが食パン半分だけじゃ足りないと思ったからで、その予想は大当たりだった。あっという間におにぎりはお腹の中に消えた。
いつも通りの時間に電車は来た。並行世界とは言えども、電車のダイヤは同じらしい。
街中でりんりんと2人でいても、変な目で見られることがないのに驚いた。どうしてだろうと考えて、そして、1つの結論に至った。
双子だと思われているのだ、と。
僕とりんりんが別の世界の同一人物だと認識しているのは僕とりんりんだけ。周りの人は「あ、双子だ」と認識するのだ。
——そんなことを考えているうちに、目的の駅に着いた。
りんりんが先に電車を降りた。
僕はその後を追って降りて——目眩。
この目眩には覚えがある、と思った時には治っていた。
——りんりんは、いない。
「……あれ?」
僕はりんりんを探して辺りを見回す。
「……おはよう、凛。そんなにキョロキョロしてどうしたの?」
声をかけて来たのは、明。いや、あきのんか? でも今、彼女は僕のことを凛と呼んだ……。
「……おはよう、明」
明、と呼んでみたが、首を傾げられることもない。
「ほら、早くいくよ! 早くしないと遅刻しちゃう」
明はそういうなり、軽やかに改札へと向かっていった。僕は慌ててその後を追う。
改札にICカードを触れると、ピッと音がした。そのことに改札を通り過ぎてから気付き、思わず立ち止まる。
——ICカードが、定期券の役割を果たしている。
「——戻ってきたんだ」
戻ってきた。元の世界に。
「——おーい、早くしなよー!」
明がこちらを振り返って叫ぶ。
「今、行くよ!」
僕も負けじと叫び返し、明を追って走り出した。




