家
電車からバスに乗り換え、家の前に着いた。
結局、元の世界には戻れなかった。
さて、どこで過ごそうか……。
「——凛? 凛だよね?」
聞こえて来たのは、一番聞き慣れている声。
「ねえ、頼みがあるんだけど」
りんりんはそう言って、困ったような顔をする。
「家の鍵、持ってない?」
「お邪魔しまーす」
僕がそう言うとりんりんは笑った。
「自分の家なのに『お邪魔します』って……」
「そうだけどさ……自分の家だけど他人の家なんだよ?」
「まあ、そうだね」
りんりんは軽くそう言って笑った。
ほんの数十秒前のことが夢みたいだった。
鍵を忘れて中に入れないと言うりんりんに僕の家の鍵を貸したら、なんと開いてしまった。並行世界だとしても鍵は同じなのか……。
『凛、ありがとう! すっごく助かったわ』
さっきの困った顔はどこへ行ったのか。満面の笑みを浮かべてりんりんは僕に鍵を返した。
そして、ドアノブをひねりながら。
『あ、そうだ。凛。あのね』
ふと思いついたようにりんりんは言った。
『寝るとこ……ないよね? なら、僕の家に泊まっていかない? 僕の親は共働きで、父さんは今、関西に出張中。母さんはバイト? パート? を掛持ちしてるから、いつも行きは6時ぐらい。帰りは8時とか9時とか。それに母さんは僕の部屋に入ってこないしね。寝るのも早いし』
……と言うことで、僕はりんりんの家に泊まることになったのだ。
「風呂、入りたかったら入ってていいよ。着替えは……そうだ」
りんりんはタンスの中を何やらガサゴソとしていたが、真新しい下着と中学校のジャージを取り出してきた。
「これでも大丈夫? 制服はそのへんのハンガーとか使ってかけて。下着はお風呂のついでに洗ってもらえると嬉しいかな」
「うん、分かった。ありがと」
僕がそう言って笑うと、りんりんは机の上にあった何かを握りしめ、
「僕、晩御飯買ってくる」
と言っていなくなった。
りんりんが帰ってきたのは、僕が風呂から上がって髪の毛を拭いている時だった。
「僕の部屋、分かるよね? そこに凛の制服を置いといてよ。下着もハンガーとかにかけて部屋のどこかにかけといてくれると嬉しいな。今度は僕が風呂に入ってくる」
僕はうなづき、さっさと着替えて制服と下着を手に取った。
2階に上がって、僕の——並行世界の僕の部屋の戸を開ける。
そこにあったのは、僕の部屋ではなかった。




