恋がはじまるとき。
初めて書いた小説です。
息抜き程度に読んでいただければ嬉しいです。
はじめての想いだった。
こんなにドキドキするのも、涙が出るほど悲しくなるのも。
たぶんこれが恋なんだろうなぁって…気づいたときにはもう遅かった。
だって彼にも好きな人がいたから。
あたしじゃない、あたしよりももっと彼に近い人。
わかってたけど…気付いてたけど。
いざ目の当たりにすると、逃げ出してしまったあたし。
夕暮れどきの校舎。
あちこちで固まって喋る生徒や足早に帰っていく生徒。それから、待ってましたとばかりに活動を始める部活生達。
オレンジ色をした風景のなかに、あたしもいた。
「おーい、伊藤!!」
下駄箱で、不意に呼び止められる。
背中にどっしりと乗っかる低い声に、あたしの心臓は一瞬で高鳴った。
「な、なに?高橋…」
めんどくさそうにあたしは振り返る。
精一杯、いつも通りの顔をして。
「今日お前、部活出らんの??」
あたしの高鳴ったままの心臓の音は、ヤツには聞こえてないみたい。
こんなとき、あたしは女優になれるんじゃないかなんて思ってしまう。
「今日はピアノ!毎週行ってるでしょ」
「あれ?そうだっけ」
「そうよ」
「いやぁ、ピアノか。人は見かけによらんねェ」
どうゆう意味よ、それ。
「ガサツなあんたが絵描きって言うのも充分笑えるわよ」
うるせぇな〜、と言い返してくるヤツに背をむけて、あたしは自分の足をせかす。
「じゃ、お先ぃ」
振り返らずにそう言うと、『おう、がんばれよ』と背中越しに聞こえてきた。
落ち着け、落ち着けあたし。
ヤツの名前は高橋。
同じ美術部の同じ2年。
小さい頃から、親に習字だの英会話だの…習い事ばかりさせられるのが嫌で、でも今更運動を始めるには自信がなくて…。
たまたま気に入った先生が美術部の顧問だったから。
たったそれだけの理由であたしは1年前、美術部に入部した。
もちろん親からは反対されたけど、一番得意なピアノだけは続けるって約束で許してもらえた。
そこで出逢ったのが高橋だった。
ヤツとは1年のときはクラスが違ったこともあってあまり話さなかったけど、今年同じクラスになってからはわりと一緒にいたりする。これも小人数な部活のせいかな。
一緒の空間にいて分かったことは、高橋には味方がすごく多いってこと。
人気者…って言うんだろうか。大体クラスの中でも人気者って言ったらサッカー部とか、バスケ部だとかで目立つ人…の、イメージだけど。
以前コンクールで入賞したこともある高橋は美術部期待の星でありながら、クラスでの人望も厚い。
まぁ、たしかに…よく周りを見てるとは思うよ?
今あたしにしたみたいに、知ってる人にはよく声かけてるし。
うん、みんなに声かけてるし。
…あれ、なんかちょっと寂しいかも。いや、多分だいぶ悲しんでる。
自分が高橋にとって友達その1でしかないことに。
だけど、どうしようもないじゃない。
高橋には、彼女がいる。
少し前まではただの幼なじみだった"さつき"さん。これまた評判の仲良しだ。
学年がひとつ上だから、よく知らないけど。
高橋が『さつき』って呼んでるとこをよく見た。
ひとつしか違わないのに大人っぽくて長い髪の毛がきれい。
クラスにいる大半の高橋ファンが彼に告白しないのも、きっとさつきさんがいたからなんだろうな。
お似合いだって…あたしも思う。
でも…だけど。
あたしだって知ってるんだ。
彼が部室で絵を描くときの横顔とか、眼差しとか。
真剣だったかと思うと急に『休憩しようぜぇ』ってあたしが持ってるお菓子をねだったりするとか。
いつもクラスの真ん中にいるヤツとは違う顔。
たぶん彼女も知らない表情をあたしは知ってる。
そう、思いたかった。
早足で歩く帰り道、ほんとは今日がピアノの日でよかったと思ってるあたしがいる。
もし違っても、今日は何か理由をつけて休みたかった。
高橋から逃げたかったから。
あたしは昨日聞いてしまったんだ。
あの部室で。彼の想いを。
☆★☆
「しまった!部室にノート忘れてきた」
あたしは部活の時にたまに宿題をする。
顧問の先生がいない日だけだけどね。
昨日は、今日当たる予定だった英語の訳をしてた。
間抜けなことに、やりかけのままノートを部室に忘れちゃうなんて。
駆け足で部室に戻ったあたしは、ドアの前で足を止めた。
誰かが、いる。
高橋、まだ描いてるのかな。
そう思って嬉しくなった瞬間だった。
「よし!これで片付けはおわり?」
さつきさんの、声。
吹奏楽部の彼女が何で美術部の部室にいるかなんて理由はひとつ。
自分の部活が終わって、高橋を迎えに来たんだろう。
部室からは高橋の声とさつきさんの声が交互に聞こえて、たまに笑い声がする。
こんな中に入って行く勇気なんてない。
仕方がない、ノートは諦めて明日の朝取りにこよう。
そう思って引き返そうとしたとき。
「俺さ、さつきが好きなんだけど」
はっきりと、聞こえてきた。
「今まで幼なじみとして一緒に居たけど…俺は、女としてずっとさつきが好きだったよ」
あたしはサッカーボールか何かが頭に当たったような、ひどい衝撃を受けた。
はやくこの場所から逃げたい。
はやく、はやく。
「…あたしもよ」
小さいけれど、でも確かにさつきさんはそう言ってた。
あたしは頭が真っ白で、気がつくと夢中で家までの道を走っていた。
分かってたけど、直接に聞きたくはなかった。
心のどこかで期待していたから。
もしかしたら、と。
家につくころには汗びっしょりで、途端に涙がこみ上げてきた。
手で拭ってるともう汗だか涙だか分からなくて。
まさか、初めての恋に気づいてすぐ告白もしない間に失恋するなんて。
ひとしきり泣いた後、なんだかおかしくて、すこしだけ笑った。
☆★☆
今日の朝、教室で見た高橋は普段と何にも変わらなかった。
よく笑い、冗談を言ってはみんなを笑わせる。
昨日のことは夢だったのかな…なんて思ってみたけど、たぶんそれはあたしの願望だ。
昨日から高橋はさつきさんと幼なじみじゃなく、コイビト同士なんだ。
あたしは…あたしは失恋したんだ。
あてられて結局答えられなかった英語の訳も、心の中で高橋のせいってことにした。
家の近くまで帰ってきたけれど、あたしはなんだかピアノなんて弾く気になれなかった。
サボっちゃおうかな。
お母さん、怒るだろうケド。
約束が違うって部活やめろとか言われちゃうかな。
でも…まぁ、それでもいっか。
これから毎日のようにさつきさんは部室へ迎えにくるだろう。
コイビトといちゃいちゃする高橋なんて見たくない。
ふらふらと歩いてたどり着いた先は…学校。
「あはは…あたしとしたことが、情けない」
中学までは毎日学校と習い事を往復するだけだったし、最近は学校と部活。
コンビニくらいは立ち寄るけど喫茶店だとかおしゃれな場所は全然知らない。
ましてやカラオケなんて行く気しないし…ひとりじゃぁ、ね。
ゆっくりボーっとできるといって思いつくのはここくらいなもの。
あたしの世界って狭いなぁ。
2階にある自分の教室につくと、誰もいなくてすこしホッとした。
完全下校にはまだ一時間ちょっとあるし、先生も来ないだろうな。
ちょっと気が引けたけど、あたしは高橋の席に腰を下ろした。
「はぁ、ほんとにもぉ…高橋のばかやろう」
自分だけシアワセになっちゃってさ。
トン、と机に握り拳を落とした。
「高橋のばーか」
人の気も知らないでさぁ。
「高橋なんて…だいっきらいだぁ〜!!」
ガラッ
あたしが叫ぶのと、教室の扉が開くのはほぼ同時だった。
「あ、え?なんだよ、伊藤。何叫んでんだよ、人の名前を」
入ってきたのは、なんと高橋。
あたしはまた昨日のように凍りついた。
「お前、帰ったんじゃねぇのかよ。ピアノだろ?似合ってねぇピアノ」
最後のひとこと、余計なんだけど!
「サボリ。今日弾く気分じゃない」
「おーおー。お嬢様みたいな事言っちゃって。それなら部活行けよな」
「なによ、あんたこそここに何の用??部活でしょ」
「おれは……おれも、サボリ」
めずらしい。高橋は授業はサボっても部活はサボらないのに。
それだけ絵を描くのが好きって事くらいあたしも知ってる。
「それで?吹奏楽部が終わるまで待ってるってこと?」
あたしは声が震えないように押し出した。
自分にとって辛い話題を出してしまったと、すぐに後悔したけど。
「あぁん?なんでだよ」
「さつきさん、待ってるんでしょう?」
高橋が、一番扉に近い席に座って小さく肩を落とした。
「お前も冷やかしかぁ?」
「なによ、ほんとの事でしょ」
自分で言ってて涙が出そうだ。
「今日はその話ナシ!昨日フラれて、俺だってへこんでんだよ。一応」
…え?
「ホントに好きだったんだよ、俺は」
ち、ちょっと待って。どういうこと?
昨日確かにさつきさんはあたしもよ、ってそう言ってた。
「小さい頃からずっと一緒だったんだ。どんどんきれいになってくさつきをずっと意識してたし、守りたいと思ってた」
あたしのあいづちも待たずに、高橋は喋りまくってる。喋って全てを消化したい。そんな感じに見えた。
「でさ、こらえきれずに言ったんだ。昨日」
うん、と小さくうなずいた。
「幼なじみのままじゃ嫌だった」
胸がズキズキいってる音がする。
「さつきは…自分もそうだって言ったんだ。俺が好きだと言ってくれた」
でも、と彼は続けた。
「嬉しくて、さつきを抱きしめた時、なんかが違う気がして…。さつきに対して、ちょっと罪悪感みたいな…」
キーンコーンカーンコーン…
チャイムが鳴る。もう外もだいぶ日が暮れてきている。
そろそろ先生たちが最後の見回りにくる時間だ。
「そのままキスしようとして、さつきに言われた。『やっぱりあたしたちは幼なじみだよ』って」
はぁ〜、とため息が聞こえる。
「なんかさ、俺その言葉に妙に納得しちゃったんだよ」
「え?」
「昔から一緒で、一緒にいるのが当たり前でさ。兄弟みたいなもんだったんだ」
はじめて男の子が泣きそうに声を出してるのを聞いて、なんかあたしまで胸が苦しくなってきた。
「皆からは幼なじみなんて一番近い存在とか言われてたけどさ、ほんとは『幼なじみ』ってでっかい分厚い壁で…、届かねぇんだよ」
高橋…。それで今日部活サボったんだ。部室にいるのが、つらいから。
高橋が失恋したのも確かみたいだけど、こんなに落ち込む高橋を見たら…あたしが失恋したのもまた変えようのない事実みたいだ。
こんなに好きなのになぁ。
「ほんとに、好きなんだね」
やっとの思いでそう言った後、あたしと高橋はちょっとだけ泣いた。
ほとんど泣いてたのはあたしだったけど。
もうすぐ完全下校の時間だと気付いた高橋が立ち上がった。
「そろそろ帰るかぁ。なんか…つき合わせて悪かったな。送るよ」
――まだだ。
まだ、あたしの想いが残ってる。
あたしは、深呼吸してまっすぐ高橋を見た。
あたしは勇気を出して、精一杯の"いつも通り"で言ってみた。
「あたしに…しなよ」
一瞬、時が止まる。
「あたしが高橋のそばにいたい」
震え出す心を、深呼吸してととのえる。
「………は?」
ぽかんとした顔であたしを見る高橋。
なんだか急に恥ずかしくなってくる。頬が熱い。
逃げたい…でもダメだ。伝えなきゃ。
「だから、あたしが何で今まで泣いてたのかわからないの?」
「それは…俺に同情して…」
「ばかっ!好きな人が他の女の子に振られて泣いてるのよ?」
「な、泣いてねぇよ」
いや、この際そこはもぅ突っ込むとこじゃないでしょーが。
言い返してくる高橋をじっとりにらんで続けた。
「だから…間接的に、あたしも振られてるの!」
またぽかんとする高橋。
「え、……おま、ぇえ゛?!」
一分もしないうちに高橋が声をあげた。
ゴンッ
机に足をぶつけてあたふたしてる。
動揺しすぎ。
ホントにもぅ、絵描いてないときは落ち着きがないなぁ。
…ダメだ。恥ずかしくて、好きすぎて。自然と笑いが出ちゃう。
あたし、高橋のことこんなに好きになってたんだ。
「ってぇなぁ…伊藤が変なこと言うから…」
「ばかだなぁ、ちょっとは落ち着きなさいよ」
ぶつけた足のすねのあたりを摩る高橋に、相変わらず可愛いげのないあたし。
あと一言だけ、がんばってみようかな。
「ねぇ」
なんだよ、と彼が顔をあげる。
「とりあえず…で、いいから」
大きく息を吸う。
「気分転換ってことでさ」
あたし、がんばれ。
「今度の日曜日…デートして」
今度は机にぶつかる音はしない。
前より少し長い沈黙のあとで、『おぅ』と短い返事が聞こえた。
あたしの初恋は早くも失恋してしまったけれど、まだ終わってはない。
今度は逃げずに、ちゃんと向き合う。
高橋と。
あたしの、恋がはじまる。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
息抜きに…なっていれば幸いですが。
これからもっと腕を磨きたいと思います!