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第九話 芝居がかった金

 クシリナ、シュメルと共に自室へと戻ると、入り口に軍服を着た二十歳前後の年頃の女が立っていた。

「曹長が留守の間、彼女の面倒は伍長が見る。頼んだぞ、伍長」

 クシリナがそう言うと、伍長は姿勢を正して敬礼する。


「了解です! 准尉。私にお任せください」

「ほんと、手荒なことだけはしないでくれ」

「ご安心ください、曹長。大佐はお優しい方ですから」


「そうは見えないんだよな……」

 あの虎が優しいとは、とても思えない。

「本当に、お優しい方ですよ。昨日の帰還後、休暇を取るよう勧めてくださいましたから」


「ああ、もしかして昨日襲撃された時にいたのか? 顔は見覚えがないような気がするが」

「私は護衛機に乗っておりました。曹長に助けていただかなかったら、確実に死んでいたところです。ありがとうございました!」

 どうやら、敵機に撃破されかけていた機体に乗っていた者らしい。


「間に合ってよかったよ」

「はい。曹長は命の恩人です。ですから、シュメルさんのことを命にかえてもお守りします」

「頼んだ」


 幹斗はシュメルに歩み寄る。

「シュメル、俺がいない間にもし困ったことがあったら、この人に言ってくれ」


 シュメルは不安げな表情でこちらを見返してきた。

「……幹斗は、帰って来ますか?」

「そのつもりだ」


 シュメルの表情は、一層憂いの色を濃くしている。

「帰って、来ないかも、しれませんか……?」

「必ず帰ってくるから、この部屋で待っててくれ」


「はい!」

 シュメルは一転して表情を和らげると、何度も頷いている。


 軍人になった以上、無事に戻れるとは限らない。

 けれど幹斗は、この顔をもう一度見るためだけに、この場所に帰ってきたいと思う。


「話が終わったようなら、行くぞ。曹長」

「了解。シュメル、またな」

「はい、幹斗が帰ってくるの、待ってます。シュメルですから」


 大佐の部屋があったのと逆方向にしばらく進んだ時、クシリナが口を開いた。

「我々の配属先はヴァレンシア大尉が率いる中隊だ。中隊ごと東部基地から異動してきた部隊に入ることになる」


 『既に身内で固まった人間関係の中に入ることになる』とクシリナは言いたいのだろうか。

 その疑問よりも大きな疑問が浮かんで、幹斗は尋ねる。

「そもそもここは何基地なんだ?」


「南部基地だ。他に西部基地と、王都に本部基地がある」

「なるほどな。基地間の異動があるってことは、俺もいつか異動になるかもしれないってことか」

「おそらくそれはない。大佐が手放されないはずだ。相当目をかけていらっしゃるようだから」


「どうなんだろうな」

「通常、士官学校卒業者以外は二等兵から始まり、一等兵、上等兵、伍長、軍曹を経て曹長になる。曹長は下士官としては准尉に次ぐ地位、任官直後から曹長は異例の待遇だ。大佐に感謝することだ」

「階級には興味ないんだよな。軍に入ったのはシュメルの安全のためで、軍人になりたかったわけじゃないし」


「その考えも、今日で変わるかもしれない」

「なんでだ?」


「我々以外の計二十三名は、全員貴族出身で、士官学校を卒業している少尉以上の階級者だ」

「ってことは、俺らより全員偉いのか」

「そうだ。だが、それを踏まえても驚くぞ。連中のあまりに尊大な態度はな。あれを見れば、誰でも上を目指したくなる」


* * * * * * * * * * * * * * * *


 幹斗は案内された更衣室で黒い軍服に着替えると、外で待っていたクシリナと共に再び白い廊下を進んだ。

 建物を二つ経由してたどり着いたのは、軍議室と呼ばれる場所だった。


 クシリナが簡素な木製のドアを叩くと、中から声がする。

「入れ」

 クシリナに続いて部屋に入ると、縦長の机を挟むように、イスが設置されていた。


「本日より隊に配属されましたクシリナ・フュールド准尉です。隣におりますのは、紀州幹斗。階級は曹長となります」

 最も端に座った男が、こちらを値踏みするように見てきたあと、鼻で笑った。

「准尉と、曹長か」


 その隣の男は、侮蔑を含んだ表情でこちらを見ている。

「貴族でもなさそうだな。優雅さのかけらもない」

「貴族のはずがございません。見るからに、貧しい平民の顔をしておりますから」


「我らの高貴なる中隊に、まさか平民が入ることになるとは」

 最奥の席に座った男が、わざわざ立ち上がり、大げさに胸へと手を当てる。

「みなの気持ちは痛いほどわかるが、どうかこらえて欲しい。私とて王家に連なる同じ上級貴族出身者として、アリス・ネイダー嬢には、ご説明したのだ」


 男の芝居がかった口調も、演劇のようにいちいち大きな仕草も、揺れる金髪も、何もかもが鼻につく。

「だが、理解していただけなかった。次期当主となるべき私と、相続権もなく行き遅れの彼女では、地位に大きく差があるものの、軍隊内での階級は現時点では、あちらが上なのは事実。受け入れたよ」


 幹斗は隣に立つクシリナの顔を横目で見た。

 上官であるネイダー大佐への言いように対して、どんな反応をしているのか気になったからだ。

 しかし、その表情は相変わらず冷静かつ平坦なものだった。


 だが、一点だけ、明らかに異質な部分がある。

 その黒い瞳のある目だ。

 先ほど幹斗が苦言を呈された時とは次元が違うほど、怒気を含んだ眼をしている。


「ヴァレンシア侯爵が我らのために、ここまでなされたのだ、みなも納得したであろう?」

「もちろんです。改めて敬服いたしました!」

「おそらく、ネイダー様はヴァレンシア殿の才能と地位に、嫉妬しているのですよ」


「自ら言い出すのが、はばかられることを、よくぞ言ってくれた。私もそれについては考えていたのだ。昨日の移送に際しても、私の提案を素直に受け入れさえしていれば、あんな事態にはならなかっただろう」

「我ら中隊の協力を拒んだ上、百年ぶりの来たりし者(ビジター)をむざむざ死なせるなど、失態という他ありませんな」

「まあ、勝手に失態を犯してくれたのは好都合と言えば好都合。ヴァレンシア殿こそ、この南部基地を率いるにふさわしい」


「我らで盛り立てて参りましょう!」

「まずは、本日の賊討伐からですな」


 ヴァレンシアは満足げに笑みを浮かべてから、口を開く。

「ふむ、そろそろ時間だな。みな、準備はできているな? 十分後に出発だ」

「もちろんです! 参りましょう!」


 席上から次々と同意の声が上がる中、唯一疑問を投げかけたのは、クシリナだった。

「出発……? 十時からブリーフィングと伺っておりましたが」


「それならとうの昔に終わった。お前たちにはどうせ我らの高度な作戦を理解できないからな」

「しかし、それでは作戦の参加に支障が……」


 ヴァレンシアは大きく頷くと、見下すように笑って言う。

「安心したまえ。諸君らは荷運びでもしながら、我々についてくればよい。もし戦闘になれば岩陰にでも隠れるがいい。もっとも、君たちの能力では、それすら遂行可能か怪しいものだが」

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