第七話 眠れぬ夜
獲物を見つけた虎のような赤い目が、こちらを見据えている。
返答を誤れば食い殺されるといった危機感が、幹斗の返事を遅らせた。
「……シュメルが自由になるために、出来ることは、なんでもしたい。だけど、俺にはきっと軍人は務まらない」
「謙遜するな。お前ほどの腕があれば、どんな精鋭部隊でも務まる」
「無理だと思う。俺は、人を殺したことがないから」
「殺したことがないだと? つくならもっとマシな嘘をつけ。あれだけの技量を得るのに、いくつの戦場で何人殺した?」
「嘘じゃない。練習のようなことしかしてこなかった。実際に人が乗っている機体と戦ったのは、今日が初めてだ」
「信じがたい話だが、辻褄が合うと言えば合う。実戦で技術を高めていたら、その域に達するまでに死ぬだろうからな」
「確かに、練習がもし実戦だったら何度も死んでるな。……他のことならいくらでも協力するが、俺は軍人にはなれない」
「人を殺せない兵士は役に立たない。普通はな。だが、お前はそれを差し引いても余りある程の技量がある。軍に来い」
「俺は……」
「返答は慎重にすることだ。断れば、あの娘は良くて戦奴に逆戻り、悪ければ処刑だ。そしてお前は、能なしの学者どもと一生がらくた鑑定士をやることになる」
幹斗は虎のような目から、緑色の無垢な瞳へと視線を移した。
シュメルは話の内容が理解できていないのか、首をかしげながらこちらを見ている。
今日だけで二度も殺しかけた少女だ。戦奴に戻ることになったとしても、長生きはできないだろう。
――だったら、答えは出てる。俺が機体に乗る方が、シュメルが戦奴でいるより、生き残れる可能性が高い。
そう考えて、幹斗は覚悟を決める。
「分かった。軍人になる。だけど、本当に俺には人を殺せない」
「構わないと言っているだろう。それに、いざとなればお前も殺すさ。一人でも殺せば、あとは日常になっていくだけだ」
「そんな日常が来ないことを願うよ」
「願うだけなら自由だ、来たりし者」
そう言ってネイダー大佐は通信機を口元に寄せた。
「王都に伝えろ。『百年ぶりの来たりし者は所属不明機による攻撃で死亡した。任務続行不能および戦力低下のため、基地に帰還する』とな」
通信機を放して、ネイダー大佐は続ける
「聞いての通り、お前は死んだ。もう来たりし者とは呼ばん。名を聞こうか」
「紀州幹斗だ」
「どちらが姓か名か知らんが、興味もない。フルネームで呼ぶぞ」
「それで問題ない」
「では紀州幹斗、階級と経歴はおって報せる。まずは基地に帰還だ」
* * * * * * * * * * * * * * * *
幹斗は『基地』と呼ばれる場所にある、細長い建物の一室を与えられ、シュメルと隣合わせで椅子に座っている。
部屋の中は、シュメルが隣にいることがどうにか視認できる程度の明るさしかない。
「電気とかないのかこの部屋は」
「電気……?」
「えーっと、明かりだな。照明とか」
「明かり、つけます」
シュメルが机の上で何らかの動作をすると、小さな明かりが白く荒れた手を照らした。
手に持った小さな炎を金属製の何かに入れると、多少大きな光へと変化する。
幹斗は、その照明器具としてはあまりに非力な装置を眺めた。
どうやら、中で燃料が燃えているようだ。
曇ったガラスは、その炎を保護するためのものらしい。
かなり原始的な装置のようだが、ないよりはましといったところだろうか。
この星の文明は、これまで確認した限りでは、かなりいびつな状態になっているように思える。
巨大な機体を製造する技術がある一方で、平屋が中心の建造技術はそれに見合った水準に達していないように見えた。
車両は機体のブーストと同じものを利用し浮いてはいたが、その他の部分は最低限の骨組みに布を張ったような有様だった。
照明に関しても、機体に使用されていたバックライトの技術があれば、もっと上等なものを用意できそうなものだ。
もしかすると、機体の動力源に貴重なものを使用しているのかもしれないが、この照明の中で何らかの燃料が燃えていることを考えると、代わりのエネルギーはあるはずだ。
そうした試みを行っていないところに、この星のテクノロジーの進歩がいびつなものになっていることが表されている。
――千年前は、地球でいう中世あたりだったのかもな。
その程度の技術水準しかないところに、あの資料集が届いた。
数十年か数百年をかけて再現だけはしたものの、あまりに飛躍した技術だったために、本質を理解することができず、応用も出来なかった。
そして、機械仕掛けの神オンラインに関連するものだけが抜きん出て、他のテクノロジーの進歩は止まってしまった。
そうして出来たのが、この惑星の現状なのかもしれない。
そんなことを考えながら横を見ると、シュメルの顔が数秒おきに倒れかけては、起き上がることを繰り返していた。
「シュメル、眠いのか?」
「少し、眠いです。でも、大丈夫です。シュメルですから」
「眠いなら無理しなくて良いよ。俺も今日は疲れたし、もう寝よう」
「はい」
そう言ってシュメルは、壁に寄りかかりながら、足を抱えるようにして床に座った。
「……もしかして、いつもそうやって寝てるのか?」
「はい、そうです」
「今日からはベッドで寝るといい」
「ベッド……?」
「そこの白くて大きいやつ」
「分かりました」
幹斗が指差した先で、シュメルは先ほどと同じように座った。
「いや、せっかくベッドなんだから、座るんじゃなくて、こう、寝転がった方がいいよ」
幹斗が机に伏せるように表現すると、シュメルはベッドに体を倒した。
不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる。
「……柔らかいです」
「だろ? その方が多分よく眠れる」
「幹斗は……まだ、寝ませんか?」
「いや、俺も寝るよ。あっちの床で寝てるから、もしなにか困ったことがあったら起こしてくれ」
「床は、冷たくて、硬くて……痛いです」
「あー大丈夫だ。よく考えたら俺昨日徹夜でゲームやってたし、今日はてんこ盛りだったし、床でも余裕で寝れそうなくらい眠い」
「幹斗が痛いのは……嫌です」
「いや、でもなー……」
ベッドはセミダブル程度の大きさで、二人並んでも多少余裕がありそうだ。
しかし、一緒に寝るというのは純粋さを利用しているようで気が引ける。
「幹斗が、一緒が、嫌なら……シュメルが、床で寝ます」
「いや、うーん……分かった。一緒に寝よう」
「はい」
「もうちょっと壁側に行ってくれるか?」
シュメルは頷いてベッドの中央辺りまで這い進み、体をこちら側に向けた。
幹斗はその横に体を倒すと、シュメルに背を向ける。
「幹斗、痛く、ないですか?」
「うん」
「幹斗……嫌じゃ、ないですか?」
声がする度に、首筋に温かな風があたる。
「うん」
声が止み、やがて寝息が聞こえ始めると、そのリズムに合わせて首筋に吐息を感じるようになった。
――床でも余裕で寝れるくらい眠かったはずなんだけどな……。
そう考えながら、幹斗は額の汗を拭った。
二日目の眠れない夜が始まろうとしている。




